落語「よしこ1/2」
1=よし子 (主婦、主役、ミーハー、四捨五入すると40代)
2=夫 (サラリーマン、見栄っ張り、場当たり主義、色白で小太り)
3=雅敏(息子、小4、気弱、ボンボン派)
4=カシミール・ユミコ(よし子の兄、オネエ系、メイク師、豪腕、夫が好き)
5=中西 (夫の後輩、標準語、収納博士、おだて上手)
6=太平 (雅敏の友達、乱暴者、単細胞)
7=靖人 (雅敏の友達、裏切り者に非情、生徒会長、ホラー好き)
<居間>
1 なんやのあんた、ぼーっと座ってからに
2 うん
1 「うぅ」て。「うぅ」やないがな。なんやの。・・・・・・そうか、いつ言われんねやろと思てたわ。この不景気やし覚悟はしてた。私もなあちょっとは蓄えあるし、雅敏を引き取って実家へ帰るわ。あんたは一人で強く生きや。めげたらあかん、リストラくらいで!
2 まだ何も言うてへんぞ
1 あれ、ちゃうの?ほたら浮気?左遷?デート商法?
2 どんだけ悪く思とるんや。大体そんなことやったら、お前に相談せえへん
1 なにを威張ってんの。ほたら何や。
2 ・・・オレの会社の後輩に、中西、ちゅうやつがおってな
1 中西さん?知らんなあ
2 入社して一年でうち辞めたからな、それからはまったく音信不通や。正直顔も忘れ賭けとったわ。それがつい昨日、外回りしとるときに、ばったり再開したんや。
とりあえず喫茶店いって、話聞いて見た。
1 そんな暇あったら仕事しいや!
2 話の腰を折るな!なんでも中西のやつな、インテリアの仕事をしとるらしい。なんやよおわからんけど、収納に便利な家具作ったり、収納術とかいうの教えたりしとるんやと。テレビにもちょいちょい出とるらしい。
1 ちょっと待ちや、あんた、中西さんって中西ヒロフミさん?
2 ん?そうやけど
1 いやー!わたし大ファンやないの!かっこいいし知的やしなあ。お昼の情報番組で引っ張りだこやで。わたし毎週見てるがな「収納博士のお宅大手術!」。
2 そない有名なんか、あいつは。
1 そやで。わたしもビックリやがな。まさかあんたが収納博士と知り合いやなんて。久しぶりやで、あんたと結婚してよかったと思たん。
2 お前はいちいちオレを傷つけんと話がでけんのか?
1 それでそれで?
2 じつはなあ、中西、今週の土曜日に、うち来んねん。
1 えええ!博士うち来るの!!嬉しいわあ嬉しいわあ。生収納が観れるんやね。台所か居間か玄関かお風呂場か寝室か、どこ片付けてもらおかしら
2 自分で掃除せえ!毎週なにを学んでんねや
1 冗談やがな、もう。美容院いってドレス出して、お茶菓子も買わんならんなあ。あーいそがしなるわあ。楽しみやわー!!
2 ・・・・・・はしゃいでるとこ、ほんまにすまんのやけどな。中西には会わんといてくれ。
1 ・・・・・・なんでやの、あたし大ファン
2 中西のやつなあ、生き生きしとったんや。会社におったころとは比べ物にならんくらいな。そんな姿見てたらオレ、なんやこお、すべてにおいて負けてる気がしてなあ。だからつい、心にもない嘘、ついてしもたんや。
1 嘘?
2 ・・・・・・「オレの嫁は、もんのすごい美人や」ちゅうて。
1 ・・・・・・はああ?
2 ほら、中西って独身やろ?そこしか勝てるところない、と思たら、いくらでも嘘があふれ出てきてな。松島奈々子より松島奈々子に似てる、もんのすごい美人やちゅうて。
中西のやつ、えらい食いつきよってなあ。「そんなにお美しいかたなら、ぜひ一度、お会いしたいです~」なんてこと抜かしよってな。「じつは土曜日がオフなんです、お邪魔させてもらえませんか~」ちゅうてな。あいつ、あほやで。
1 アホはあんたや!
2 せやから頼む!中西に会わんといてくれ!旅行でも入院でも、理由はこっちで考えるがな。土曜日は家空けてくれ!頼む!
1 ・・・・・・ひとつ聞いてええか。
2 何や。
1 あんたさっきから、「あたしが美人じゃない」っていう前提で話してるよな
2 何んやて?
1 そらあたしは、松島奈々子に似てる、と思たことはないわ。でも、だからわたしが美人じゃない、ということにはならへんわな。それやったら中西さんが、あたしを見て「美人やなー」と思うことも、ひょっとしたら、あるんちゃう?
2 はっはっはっは・・・・・・ご冗談を
<場面転換>
(よし子、怒りながら2階の寝室へ向かっている)
1 あー怒ったわー。あんなに怒ったの久しぶりや。ばかにしやがって、ほんまに。
もう今日は寝てまお。寝て忘れてしまお
3 (唐突に)お母さん
1 うわ!びっくりしたあ!なんやの雅敏、幽霊みたいに突っ立って
3 お母さん・・・・・・先立つ不幸をお許しくださいー!(泣く)
1 また面倒が増えたでこれ。お母さんが話、聞いたるから。
<雅敏の部屋>
3 今日な、太平君と靖人君と、3人で遊んでてん。休憩してるときにな、靖人君がお菓子くれたんや。すごいおいしかった。マドレーヌっていうんやって。
1 ふうん。
3 どうしたん、って靖人君に聞いたら、お姉ちゃんが焼いてくれた、って言うてな。
そしたら太平君が、いいなあ、靖人のお姉ちゃんは美人で優しくて、うらやましいよなー雅敏、って言われたからな。ぼく、つい、ポロッと言うてしもてん。
1 ・・・・・・デジャブ?なんていうたの?
3 うちのお姉ちゃん、めっちゃ美人やでー、って。
1 やっぱり!なんでそんな嘘つくの!あんた一人っ子やないの!
3 太平君にもめちゃめちゃ詰め寄られてな。めっちゃ嘘ついてしもた。うちの姉ちゃんはタレントのローラにそっくりの、優しくて自慢のお姉ちゃんや、って。
1 言い訳までそっくりやがな。親子やなあ。
3 そしたら太平くんがな、それやったらお前の姉ちゃんに合わせろや、もし嘘やったらただじゃおかない、人間サンドバックの刑や、って。太平君ちボクシングジムやねん。ぼくもうあかん、サンドバックにされて・・・先立つ不幸をお許しくださいぃ・・・・・・
1 どこで覚えてくるんやそんな台詞。
うそでしたごめんね、って、謝ったらええやないの
3 無理だよう!靖人くんは生徒会長でな、ふだんは優しいんやけど、裏切りを決して許さない男で、四組のナチスドイツと呼ばれてるんや。もう学校いかれへん!
1 あんたの友達そんなんばっかりか!ほたらどうするの
3 お願いやお母さん!お姉ちゃん作って!
1 できるかいなそんなこと。なんやの二人して!
ああ、もう、どうしたらええの~
<喫茶店>
1 そういうわけなのよ。どう思う?
4 あはは、主婦ってたいへんなのね~。(喫茶店の店員が来る)あ、ありがとうございます。レモンスカッシュがそっち。ロイヤルホイップ抹茶ラテがこっち。ありがとう・・・・・・おんなじような境遇でおんなじ嘘つくなんて、親子ねえ。
1 しょーもない家族やわ、ほんま
4 いいじゃない、にぎやかで。いち独身貴族からすれば、けっこううらやましいわよ。
で?つまりアレでしょ?私に協力してほしいんでしょ?
1 話が早くて助かるわあ。そやねん。プロのメイク師の腕を貸してほしいんよ。
4 ・・・・・・あのねえ、私けっこう忙しいんやけど? ま、たった一人の妹の頼みだもん。わかりました、協力してあげる。
1 ほんと?助かるわあ。ありがとう、貫太郎兄さん。
4 お礼なんていいわ。あと、大声で本名呼ぶのやめて。
1 あ、ごめん。ええと何やっけ、カコナールやっけ?
4 カシミール。メイクアップアーチスト、カシミール・ユミコ。
1 ・・・・・・そっちのほうがよっぽど恥ずかしいやろ。
4 おだまり。来週の土曜日ね。ちょうどオフだし、一日あけとくわ。
あんたの家の近く、駐車場ってあったっけ?
1 あー近くにはないんよ、20分くらい歩かんと・・・って、兄さんうち来るの?
4 当たり前じゃないの。昼間はアイドルで夜は美人女優、メイクの仕方がまるっきり違うのよ。おまけに元があんたの顔でしょう?肌色肌質骨格パーツの配置、どれをとっても、中の下よ。観てると悲しくなる。あんまり観ないで頂戴。
1 ひどすぎるやろ!兄さんも似たような顔やねんで。
4 そんな大仕事をロハでやってあげるんだから、感謝しなさい。
お礼?いいわよ別に。雅敏くんにも久々に会いたかったし。
・・・・・・で、も。そんなにいうなら一つだけ、私の頼みも聞いてもらおうかしら。
<ふたたび家>
1 ええか。兄さんのことは姉さんって呼ぶんやで。あと十分くらいでくるからな。
2 おお、しかしお前に兄弟がおったとはなあ。まったく知らんかったぞ。とんだ秘密兵器があったもんやな
1 秘密にせざるを得なかったのよ。黙っててごめん。
謝るついでにいうてまうわ、兄さんの頼みなんやけどね。
兄さんね、色白で小太りで、眼鏡で、猫背で、さえない、まさにアンタみたいな男がタイプなんやて。
2 さりげなく馬鹿にすなよ・・・おい、その姉さんの頼みってもしかして
1 うん、あんたと一日デートさせてくれ、って
2 いややあ!俺を巻き込むな!
1 あたしを巻き込んどいて何言うてんの!
2 ちょっとまて、お前はそれでええんか。コレって浮気やろ。
1 浮気なの?
2 浮気、かなあ?と、とにかく嫌やからな!なんかしてきたらドツくからな!
1 ええけど兄さん、空手黒帯やで。北海道でのあだ名が「熊殺し」
2 熊殺し?
1 秋田に転勤したら「なまはげ殺し」、奈良に越したときは「大仏殺し」やった。
2 ご当地キャラ殺しやないか。あかん。勝てる気せえへん
1 ええから大人しく、兄さんの相手してや。雅敏も分かったな。
2 ・・・・・・お母さんさあ、本気なの?本気でお姉さんのフリする気なの?
1 何が
3 だってお母さん、ことしで三十
1 おだまり。ええか雅敏、女は化粧で大変身するんや。セーラームーンみたいにな。
3 お母さん・・・いまはプリキュアだよ。年がばれるよ
1 年が年が言わんといて!まずは雅敏のお姉ちゃん、次にあんたの松島奈々子な。
これでなんとか、うまくいくわ・・・・・・。
2 (電話している)ああ、そんなことか、大丈夫大丈夫。うん、じゃあな~。
すまんな、聞いてなかったわ。
1 どうしたん?
2 中西から電話。うち来るの、昼過ぎになるってさ。
1 ・・・・・・このアホ親父!
2 うわ!なんや!
1 昼は雅敏の友達が来るんやないの!サンドバックとナチスドイツが!
同時に二役なんてできるかいな。ああもう、どないしょう・・・
と、大騒ぎの吉田家の前に突如、爆音がとどろきます。
あわてて扉を開けてみると、一台のスポーツカーが停まっている。
ぽかんとする3人の前で、中から降り立ちましたのは、身の丈は抜群に優れ、ながいウィッグは左右に垂れ、サングラスはらんらんと輝き、鼻はあくまで高く、手にはシャネルのバックを下げた大オカマの姿。
4 お・ま・た・せ
1 兄さん!
4 駐車場がわかんなかったから、直接乗り付けてきちゃった。ごめんね。
どーも、よし子がお世話になってます。カシミール・ユミコです。
雅敏君も久しぶり~!ずいぶん大きくなったわねえ。
1 こ、こんにちは、おじ、おば(首をひねる)・・・・・・親戚の人!
4 やだ何この子おもしろい~!まかせて。お姉さん、頑張っちゃうわん。
それじゃあよし子、さっそくメイク、はじめちゃおっか。
1 それが兄さん、困ったことになったんよ。
4 何なにどうしたの?うん、うん、なにそれダブルブッキングってこと?ちょーやばいじゃないそれ。言ったじゃないメイクの仕方ぜんぜん違うのよ、どうしましょ
2 すみません御兄さん、わたしのせいでこのようなことに
4 ほんとに困っただんなさんだわ。妹の変わりにオシオキ!(強引に唇を奪う)
さてと、ギャラは前払いでいただいたし、張り切って仕事にかかるわよ
2 でも
4 大丈夫よ、ようは二人いるように見えればいいんでしょう?
カシミールマジック、見せてあげるわ。鏡台はどこ?
1 兄さん・・・・・・ありがとう。
3 お母さんお母さん!お父さんが動かへん!泡吹いてる!・・・・・・大人が怖いよう!!
<中西が尋ねてくる>
5 ぴんぽーん、こんにちはー。ぴんぽーん
1 あかん、中西さんや。姉さん、ちょっとどっか隠れといて。
どっか絶対見つからんところ。ぜんぶ終われるまで隠れといて。頼んだで。
(夫へ)あんたもいつまで気絶してんの!早よ迎えに行き!!
さてと・・・・・・作戦、開始や。
<玄関、中西が尋ねてくる>
2 おお、よくきたな中西、まあ入ってくれ
5 おじゃまします・・・・・・わあ、いい家じゃないですか
2 収納名人に言われると、お世辞でも悪い気はせえへんな。
5 お世辞じゃあないですよ。奥様、掃除がお上手なんですね。
2 お前が来る、っていうから、必死で掃除しただけやって
5 またまたあ。家事も上手でしかも美人なんて。うらやましいなあ。
そりゃあ、ラブラブなのも当然ですね。
2 なんやニヤニヤして
5 先輩、口紅がついてますよ。それも顔のあちこちに。熱々じゃないですかあ。
2 やめろっ!思い出させるなっ!
5 ・・・・・・すみません。なんで震えてるんですか。
2 いや、こっちの事情や。とにかく居間へ、あがってくれ。
<居間>
2 ま、ゆっくりしてくれや。いま、女房を呼ぶから。
5 ついにお会いできるんですね。楽しみだなあ。
2 あいつも芸能人に会うから、って、そうとう緊張しとるわ。
5 そんなこと言われると、ぼくも緊張しちゃいますよ
2 俺も若干緊張しとる
5 ?なんで先輩が緊張するんですか?
2 こっちの話や。いま呼ぶからな。おーい、良子~!!
1 はーい!
(演者は手ぬぐいをたらし、顔の前に「壁」を作る。
よし子、壁の向うから、顔の右半分だけを覗かせる。)
1 こんにちは中西さん。今日はわざわざお越しくださってありがとうございます。
どうぞごゆっくり、おくつろぎくださいましね、ほほほほ(引っ込む)
5 ・・・・・・先輩?あの、奥様でいらっしゃいますか?
1 ああ、なんや随分と恥ずかしがってるみたいでな。
5 あ、そういうことですか?なあんだ。もったいないなあ。もっとお近くでお会いしたかったのに。そのう、お話どおりお綺麗でしたから。
1 おお、そう思ってくれるか
5 ええ、目がすごく大きくて力強くて。日本の方ですよね。
いやいやわたし、てっきりハーフかと思いまして。
1 ハーフ・・・・・・まあ確かにいまは、顔がハーフだけどな
<太平と靖人が尋ねてくる>
6 おっじゃましまーす!
7 おじゃまします。
3 ああ、太平君、靖人君、いらっしゃい
6 おい雅敏、ほんまに姉ちゃんに会えるんやろな。昨日興奮して、眠れんかったんやぞ。
なあ靖人!
7 うん、なあ正敏君、こないだ今月のクラス目標決めたやろ。
「うらぎりもののたましいは、ブタに食わせろ」覚えてるよな?
3 もちろんだよおっ(引きつった笑顔で)
あ、リビングはあかん。お父さんの友達が来てんねん。2階の僕の部屋へあがって。
<雅敏の部屋>
6 う、嘘やろおい、これコロコロや思たらボンボンやないか!
めっちゃレアやで!おい靖人、おまえもこっちで、ボンボン、よもか。
7 大平くん、目的を見失ってるで。お姉ちゃん。
6 あ、そやった。おい雅敏、はやくお姉ちゃん連れてこいや
3 わかってるよ。いま呼ぶからな・・・・・・お姉ちゃん!お姉ちゃーん!
1 はーい!!
(演者は手ぬぐいを顔の前にたらし、壁を作る。
良子、壁から顔の左半分だけを覗かせる)
1 みんなきてくれてありがとー!まさとしとぉ、遊んであげてねー!えーと、それだけー!おっけー!うふふー!ばいばーい!(引っ込む)
3 (小声で)下手糞・・・・・・ほらね、お姉ちゃんいただろ
6 いやその・・・・・・あかん言葉にできへん、靖人たのむ。
7 うーんと・・・・・・ずいぶん化粧がその、派手なお姉さんやね
3 女は化粧で変身するんだってさ
7 変身かあ、仮面ライダーみたいやね
3 どちらかというと、キカイダーや
<居間>
5 そういえば先輩、いい車をお持ちですね
2 車?
5 お邪魔するときに観ましたよ。赤いスポーツカー。かっこいいなあ。
あちら、先輩のじゃあないんですか?
2 ・・・・・・ああ、そうや。駐車場がなかなか見つからんくてなあ
5 うらやましいなあ。僕みたいなフリーランスの人間からすると、車を買うのって結構、勇気がいるんですよ。先輩みたいな余裕たっぷりの生き方、あこがれます。
2 余裕なんかない。いまもどんどん追い込まれてるところや・・・・・・俺はいつだってこうや!なんで変わられへんねん!(泣く)
5 どうしたんですか先輩!?何のスイッチが入ったんですか?
<雅敏の部屋>
6 なんや下で泣き声すんで。お前のオトンちゃうんか
3 向うは向うで大変なんやろ
6 なんやそれ・・・・・・まあええわ。俺ちょっとトイレ
3 トイレ!?・・・・・・(階下に大声で)太平君がトイレに行くよおおおお!!
6 やめろ!なんちゅう声だすんや!
3 いや、家族に知らせなあかんから
6 なんで知らせんねん!恥ずかしいことさらすなアホ。
(一回へ降りる)わけわからん・・・あれ、トイレどっちやっけ。あ、お姉さん。
1 (良子、とっさに壁に張り付く)おねえさんだよぉ。
6 ・・・・・・どうも。あの、トイレってどっちですか?
1 (壁に張り付いたまま、体をねじるようにして)あっちだよぉ。オッケー。
6 ・・・・・・ばいばーい・・・・・・きっしょ!なんやあいつの姉ちゃん!
エジプトの壁画みたいになってたがな!なんやねん!
1 危ないところやったわあ。真正面から見られたらおしまいやからな。
それより早く、中西さんにサイン、もらいにいこ
<居間>
1 あのう、ちょっとよろしいですか
2 (びくっとする)おお、どないした。
1 すみません中西さん、そのう、サインをいただきたいんですが(色紙を夫に)
2(色紙を受け取りながら)なんだよ仕方ないな・・・・・・いいか、中西
5 え、ええ。かまいませんよ。これでいいですか
2 ありがとう・・・・・・ほら、色紙だ。
1 うれしい!ありがとうございます。家宝にしますね!(引っ込む)
5 え、ええ。喜んでいただけたら何よりです・・・・・・
2 まったく、ミーハーで困るわ。すまなかったな。
5 あのうなんですか、奥様はこの部屋に入ってこられない理由でもあるんですか
2 3人でいると、狭いからちゃうか。
5 そんなことないでしょう。このテーブルも四人がけじゃないですか。
2 いやその。あれやろ、ごちゃごちゃしてて物が多くて、恥ずかしいんやろ。
5 なあんだ、そういうことですか。
先輩、収納スペースっていうのは、作るものではなく、活かすものですよ。
2 どないしたんや急に。なんやその口調。
5 すいませんつい仕事モードになっちゃって。そうだなあ、先輩のお宅の収納スペース、たとえば押入れのある部屋ってどこですか?
2 ここを出たら和室があるけど
5 じゃ、ちょっとそちらへ向かいましょう。
2 ちょっとまて!?俺が案内する。
<押入れのある部屋>
2 さ、これが押入れや。
5 できればよい機会だし、奥様にお話したいんですけど。
2 話は俺が聞く。いやほら、俺かて収納上手になって、自慢したいがな。
5 そうですか?それじゃあ、収納って言うのは小さな工夫の積み重ねなんです。
服の畳み方、しまい方をちょっと返るだけで、大きなスペースを作ることができるんですね。ちょっとこの中、見せていただきますね。
(中西、押入れを空ける。中にはユミコが隠れている)
4 うー・・・ごめんとっさに逃げ込んで寝ちゃってたあ。もう終わったの?やだもうヒゲ
伸びちゃってるじゃないのよ(中西と眼があう)・・・・・・誰よアンタ!!
5 (押入れをしめる)先輩、いまの何ですか。
2 何があ?
5 押入れの中に、人がいました。
2 ・・・・・・いや、俺は何も見とらんけど。
5 うそつかないでください!それじゃなんですか、あれは幽霊だとでもいうんですか。
2 幽霊・・・・・・?(急に深刻な顔を作って)そうなんや。あれ幽霊やねん。
この家でむかし、殺人事件があったんや。被害者はオカマバーの店長でな。
夜な夜な犯人を探して化けて出る、ちゅうて、買い手のなかった家をリフォームしてすんでるんや。お前が見たのはきっとその亡霊やろ。
5 ・・・・・・気にはなっていたんです。先輩や奥さんの、何かを隠しているようなそぶりが。そんないわくがあったんですね。
2 黙っていてすまんかった。嫁が部屋に入れんのも、押入れをあけたがらんのも、全てオカマの亡霊が怖いからなんや。
5 ・・・・・・いや、とても信じられません。きっと何かの見間違いですよ。
2 やめろ中西!くそう亡霊め!中西を襲うなよ!ぜったい襲うなよ!
聞こえてるか亡霊、これはダチョウ倶楽部のやつや、絶対に襲うなよ!
5 先輩落ち着いてくださいよ。幽霊なんかいるわけないでしょう。
と、手をかけた瞬間、押入れがバリバリーっ!丸太ん棒みたいな腕がニューッ!
中西の頭をガシーッ!!、押入れの中へズボーン!
ニューハーフの顔がギューン!!
4 ブハハハハ!貴様もニューハーフにしてやろうか!
5 ぎゃあああああああ!!
<雅敏の部屋>
6 おい何や悲鳴が聞こえたで!雅敏、なんかあったんちゃうか。
3 知らん・・・・・・知りたくもない・・・・・・
1 (壁から顔を出す)ちょっと雅敏―!?救急箱もって来てー?
ふすまに突っ込んで、兄さんと中西さんが血だらけやのー!
はやく救急箱出して。あんたの部屋にあるがな。机の、ほら漫画の入ってる棚の上。こっから見えてるやないの。ああもう、だからその隣(部屋へ入ろうとする)
3 入ってくるなあああああッ!!断面が見えるやろッ!!
7 断面っ?いま断面って言うた?
3 そういうわけやから太平くん、靖人くん、ぼく薬箱持っていくわ。
戻ってくるまで絶対に、部屋から動かんといてな。絶対やで。
6 ・・・・・・どう考えても怪しい。おい靖人、見にいこうや。
7 太平君、やめとこ
6 なんや声作って。
7 昨日の夜遅くテレビで、やっていた映画を観たんだ。クレイジーズって映画でな。
新種のウイルスが、アメリカの田舎に流れ込んでくんねん
6 ウイルス?
7 そのウイルスに感染するとな。いきなり頭がおかしなって、メチャメチャ暴力的なゾンビみたいになって、最後は狂い死にしてしまうんや。
6 お前、ようそんな映画見れたな。小4やで俺ら。
7 なあ太平くん、いまの状況、クレイジーズに似てないか。
6 はあ?
7 雅敏といいお姉さんといい、下の悲鳴といい、明らかにオカシイやろ。ひょっとしたら僕らも巻き込まれるかもしれんで。早く逃げたほうがええんちゃうか。
6 アホか。映画と現実いっしょにすなよ
3 (戻ってくる)・・・・・・ただいま。
6 ・・・・・・まて靖人、俺に任せ・・・・・なあ雅敏。下で何があったんや。
3 何もなかったよ
6 何もないわけないやろ。なあ、俺ら友達やないか。ほんとのこと話してくれ。
3 ・・・・・・太平くん、ごめん。僕も嘘ついてたんや。
ローラみたいなおねえちゃんは、実はお母さんの半分でな。もう半分は松島奈々子やねん。一階にいるおばさんは実は力持ちのおじさんでな。収納名人を押入れに引きずり込んだんや。二人は血まみれで、お父さんは土下座したまま動かへん。
ぜえんぶな、ほんまの話やで(わらう)
7 あかん太平くん!もう感染してる!
6 にげろ靖人!うわあああああ!!
<ふたたび、居間>
1 で?二人はそのまま帰ってしもたんか?
3 うん。何でかはよくわからへん。
1 お姉ちゃんがおるって嘘は、ばれへんかったんか?
3 なんかそれどころやなかった。たぶん、ばれてへん。
2 はっはっは、よかったやないか雅敏
1 あんたは土下座しとき。一生土下座しとき。
なんで中西さんが気絶しとるんや。ええ?どないすんの。
4 ごめんね良子、非常手段だったのよ。あんまり責めんといたげて。
1 ほんまに愛想が尽きたわ。なあ兄さん、このダメ親父引き取ってくれへん?
4 それは素敵な提案だけど・・・・・・それより良子、いまのうちに化粧直さない?
雅敏くんの友達、帰ったんでしょ。この人にもばれてないみたいだし。
1 そうやな、いっぺん化粧落としてくるわ。姉さん頼むで。
5 う、うーん、いやだ、いやだあ(意識を取り戻す)
2 あ、中西!?おねえさんソファの陰に隠れて!
5 は、ニューハーフはいやだああ!あれ、ここは?
2 気がついたか中西、大丈夫か。
5 先輩・・・・・・なんで土下座してるんですか?
2 ありとあらゆる全てに謝ってる。すまなかった。
1 ああもう、へんな化粧したせいで肌がボロボロ、声はガラガラやないの。ちょっと兄さん、ぱぱっとやってやぱぱっと・・・・・・(中西と眼が合う)・・・・・・ああッ!
5 うわあっ!
1 あのいえこれはちゃうんです。驚かせてすんません、中西さん。
5 いえ、こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした。
<サゲ>
5 はじめまして、おばあ様。 <了>