シナリオ「144分の1」
登場人物
出久根由美(29)OL
浅間浩二(28)芸人、由美の元カレ
時任マイコ(31)プロモデラー
山名泰三(47)由美の上司
吉花雅人(26)由美の後輩
ハイパーたかし(28)芸人、浅間の相方
①由美の部屋(深夜)
床にへたり込む出久根由美(29)の背中。
由美の声「はじめまして。出久根由美と申します」
由美、疲れ果てた表情。
由美の声「突然ですが、わたくし、今」
由美の目線のさきにあるテーブル。
乱雑に散らばった箱、ニッパー、ゴミ。
その中央に、ガンダムのプラモデルがそびえたっている。
由美の声「人生を、見失いかけております」
②トミノ印刷・オフィス
由美、黙々とパソコンで書類を作っている。
③同、会議室
吉花雅人(26)と山名泰三(47)、会議室の机をコの字になるよう動かしている。
山名「スーパーボールだっけ?」
吉花「ハイパーボールですよ」
山名「売れなさそうなコンビ名だな」
吉花「そうですね。ましてやそれが出久根さんの彼氏っていう」
山名「信じられんな、全く知らなかった」
吉花「上司としてどうなんですか、それ」
ノックの音。
扉が開き、書類を抱えた由美が入ってくる。
由美「資料できました」
山名「おお、ありがとう」
吉花「自分、並べますんで」
吉花、書類を由美から受け取り、机に並べていく。
山名、書類を手にとる。
山名「いやあ、出久根くんの書類は本当に見やすいね。実に丁寧な仕事だ」
吉花「ほんとですね。さすが芸人さんの奥さん」
山名「こら吉花!まだ結婚してないだろ」
吉花「課長それ完璧にセクハラですよ」
山名「今のはお前が悪いだろ」
由美「別れました」
山名と吉花、硬直する。
由美、笑顔で
由美「別れました。昨日」
由美、一礼して会議室を出ていく。
硬直した山名と吉花、由美を目で追う。
扉の閉まる音。
山名「お前が悪い」
吉花「マジですみません」
吉花、頭を下げる。
④由美の部屋・玄関
灯りが点く。
帰宅してきた由美の姿。
⑤由美の部屋(夜)
一人で住むには若干広い部屋。
由美の声「私はもっと悩むべきでしょうか」
部屋の隅に並ぶ紙袋と段ボール。
その上には男物の服がかけられている。
由美の声「独り身になってしまった自分に」
壁に沿うように積み上げられたガンダムのプラモデルの箱。
由美の声「そして、過去の想い出の処分に」
X X X
由美の手が机の上にプラモデルを置く。
由美の声「私はもう、悩み過ぎて、おかしくなっているのでしょうか」
由美の手、プラモデルを作っている。
パーツをはさみで切り離す。
パーツをはめ込む。
どんどんプラモデルができあがっていく。
由美の声「だから」
ノーメイクの由美、上気した表情。
由美の声「こんなに楽しいのでしょうか」
テーブルの上に完成したプラモデル。
由美「なにこの達成感」
由美、作り上げたガンプラを触る。
由美「いたっ」
由美、手を引っ込める。
プラモデルの表面に、うまく切り取れなかったバリが数か所出ている。
由美「お前も私を傷つけるのか」
⑥ミハル模型店・店内
デパートの中の模型店。数人の客がいる。
⑦同、紙やすりコーナー
多種多様の紙やすりが並ぶ。
⑧同、店内
由美、私服姿で買い物かごを提げている。
買い物かごには数点の紙やすり。
⑨同、店内
店員の声「ありがとうございました」
由美、ビニール袋を提げて店を出ようとし、足を止める。
由美の視線の先にはジオラマが収められたガラスケースが並んでいる。
いずれも見事な出来。
由美「おー」
由美、ジオラマに見入る。
由美「あれ」
ジオラマの下部にタイトルと製作者の名前が書かれた名札。
『束の間の休息/時任マイコ』と書かれている。
由美「女性もいるんだ」
ジオラマは森の中で待機中の舞台を描いたもの。
塗装や傷の加工はかなり凝っている。
由美「へえー」
マイコの声「いいでしょ、それ」
由美、振り返る。
時任マイコ(31)由美の真横で嬉しそうな表情をしている。
マイコは黒っぽい服装で、髪に一筋赤いメッシュを入れている。
マイコ「自信作なんですよ」
由美「えーっと?」
マイコ「あ、すみません。作者です私、時任マイコ」
由美「ああ」
緊張が解けて笑い合う由美とマイコ。
⑩フードコート
テーブルの上には
『モデラ― 時任マイコ』
と書かれた名刺。
にぎやかなフードコート。
由美とマイコ、向かい合ってファストフードを食べている。
由美「モデラー、ですか、モデルじゃなくて」
マイコ「正直それも狙ってます。ちやほやされたいんで」
由美「女性の、モデラ―?って、やっぱり珍しいんですか」
マイコ「あんまり聴きませんね。もったいないと思いません?」
マイコ、自分の唇を指しながら
マイコ「塗ったり貼ったりは女の方がよくやってるのに」
由美「確かに」
マイコ「だから嬉しいんですよ。模型屋さんに女の人がいると。つい声かけちゃうんです。出久根さんもそう思うでしょ」
由美「いや、私は本当に素人なので」
マイコ「紙やすり買ってるじゃないですか」
由美「三日前なので。作り始めたの」
マイコ「何が起きたらそうなるの」
由美「ですよね」
由美、苦笑する。
⑪お笑いライブ会場
舞台に登場する浅間浩二(28)とハイパーたかし(28)。
浅間はスーツ姿。
ハイパーたかしは半ズボン。
浅間「はいどうも、ハイパーボールです」
たかし「今日もぴょんぴょん飛び回るぜ!」
浅間「元気な相方です。よろしくお願いします」
たかし「あのさあ!えーと、なんだっけ」
浅間「セリフがとんどるがな!」
浅間、たかしの頭をどつく。
マイコの声「ハイパーボール?」
⑫フードコート
マイコ、首を振る。
マイコ「ごめんなさい、知らない」
由美「でしょうね。売れてないので。ナンパされて付き合って同棲して別れて、その間ずーっと、売れてないので」
マイコ「その元彼がプラモ好きだったの?」
由美「いや、それも違って。当人にも危機感はあったみたいで、ある日」
⑬(回想)由美の部屋
積み上げられたプラモの箱。
浅間、立ち上がって堂々と宣言する。
浅間「俺は、プラモキャラでいく!」
⑭フードコート
マイコ、音を立ててストローを吸う。
由美、頭を抱えている。
由美「やっぱり腹立ちますよね」
マイコ「良い気はしない」
由美「全然、配慮とかできない男だったんです。結局ひと箱も空けないまま、浮気が発覚して」
マイコ「うわあ」
由美「プラモ作らずに女作ってたんです」
マイコ「傷ついてます?」
由美「どうなんでしょう。色々ありすぎてよくわからなくって」
由美、天を仰ぐ。
由美「144分の1スケールになればいいのに。悩みも、焦りも、全部」
マイコ「よし!」
マイコ、手を叩く。
驚く由美。
マイコ「逆襲しましょう、シャアのごとく。協力するよ、同じ女モデラ―として!」
由美の手を握るマイコ。
困惑する由美。
由美「シャアって何?人?」
⑮由美の部屋
浅間が入出してくる。
浅間「荷物取りに来いって何だよ」
壁際のプラモの箱の山がなくなっている。
浅間、硬直する。
テーブルの上に大判の、笑顔の浅間の写真。
その写真に大量のモビルスーツが銃を突き付けている、鬼気迫るジオラマ。
浅間「(悲鳴)」
浅間、跳び退いて、足をひねり悶絶する。【完】
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