オフィス移転・開設に伴う社内インフラ関連作業をまとめてみた
元同僚から「オフィスを増床(=移転or新設)する場合、社内インフラってどうすればいいの?」と質問を受けることが多いので、一連の流れをまとめてみました。
私自身もはじめて担当した時は右も左も分からずに苦労したので、未経験で困っている方の助けになれば幸いです。
■前提
・「物件の選定・契約が完了した時点」を起点とし、情シスの実務的な観点
で書いています(登記や各種届け出など総務的な内容には触れません)
・物件の選び方、コスト、オフィスデザインなどについてはそれだけで
大きなトピックかつ情シス専門外の内容になるので今回は触れません
・数千人規模のオフィスや自社ビルではなく、数十名~数百名規模の
賃貸オフィスをターゲットにした内容となっています
■知っておいた方が良い専門用語
初めてオフィス増床関連の打ち合わせに参加した時は、
「B工事…?OA床…?欄間…?EPS…?」
と専門用語の嵐でちんぷんかんぷんでした。
建築関係の専門用語をすべて理解するのはさすがに無理があるので、最低限知っておいた方がいい用語だけ解説します。
1.工事区分
オフィスの工事には、「工事区分」という区分が設けられています。
工事区分によって、費用負担や業者指定の有無が変わってくるので、必ずビル管理会社に工事区分について確認しておきましょう。
2.什器(じゅうき)
いわゆるデスクや棚など、オフィスや店舗のおける家具のことを指します。
3.欄間(らんま)オープン/クローズ
パーテーションや造作壁など、オフィスの間仕切りの天井部のスペースを空ける造りを「欄間オープン」と呼びます。(逆は「欄間クローズ」)
欄間クローズでオフィスを仕切った場合、防災区画が区切られてしまうので、スプリンクラーや感知器などの増設が必要になります。空調や照明、無線アクセスポイントの追加なども場合によっては必要です。
欄間オープンの場合はそれらの増設は不要なのでコストは下がりますが、逆に防音は犠牲になります。どちらもメリット・デメリットがあるので、基本的にはレイアウト設計会社にこちらの要望を伝えつつお任せするのが良いかと思います。
4.OA床、フリアク(フリーアクセス)床
打ちっぱなしの床ではなく、電源やLANなどの配線用に、床下のスペースを確保するためのパネルを敷設した床のことを、フリーアクセス床・OA床などと呼びます。(言葉だけだとイメージが湧かないかもしれないので、Wikipediaの画像を見た方が早いかもしれません)
近年のオフィス用ビルであればOA床になっている物件がほとんどですが、地方の築20~30年くらいのビルになってくると、むき出しの床だったりベニヤ板張りになっていたりすることもあります。
OA床かどうかによって、電源・LAN・電話などの床下配線のコスト・工期が大きく変わってくるので、必ず確認しておくようにしましょう。
また、OA床でない場合でも、OAパネルを敷き詰めることでOA床のようにすることは可能です。(その分コストはかかりますが)
5.EPS
ビルの各階に設置されている、電気やLAN・電話線などのフロア間配線を収容するスペースのことを指します。ビルの図面を見ると、各フロアに最低ひとつは設置されているはずです。(ビルによってはMDF/IDFと分かれている場合もありますが、最近はEPSとしてまとめられていることが多いです)
ビルのフロアを跨ぐ配線はEPSにすべて収容されているので、インターネット回線・電話線・電源などは、EPSを起点に各テナントに配線されています。
EPSは基本的には施錠されているので、電源工事やインターネット回線の開通工事の際はEPSの解錠をビル管理室に依頼する必要があります。
6.墨出し(すみだし)
什器や間仕切りを入れる前に、それらの位置が分かるようにレイアウトを養生テープなどで目印をつける作業のことを指します。
床下配線などは什器を墨出し後~什器搬入前に実施することが多いので、作業工程の打ち合わせなどでよく出てくる言葉です。
他にも知らない言葉が沢山出てくるかもしれませんが、知ったかぶりをせずにきちんとその場で教えてもらうようにしましょう。
■全体スケジュール
オフィス増床に関する全体スケジュールは、以下のようになります。(あくまで一例です)
オフィスの規模によってかなり変わってきますが、
「デザイン会社を入れて、内装にこだわったオフィスにしたい」
といった場合は最短でも6ヶ月。
「サテライトオフィスなど、とりあえず最低限の業務環境でOK」
といった場合は最短でも2ヶ月は見ておいた方がいいです。
ちなみにオフィスを退去する際のオーナーへの申し出は、「6ヶ月前まで」という契約になっている場合が多いです。現オフィスの賃貸借契約書を確認しておきましょう。
各工程について、簡単に説明していきます。
1.デザイン会社コンペ
予算との兼ね合いにはなりますが、本格的なオフィス設計の場合はデザイン会社を入れるべきです。
素人が設計したオフィスと専門家が設計したオフィスでは、クオリティに
天と地ほどの差があります。
特に本社オフィスの場合は、
「従業員にどのような環境で働いてもらいたいか」
「どのような会社のイメージを打ち出したいのか」
という経営者のビジョンが強く反映されます。
何年も使うことになるオフィスですので、複数社のコンペの中から最もフィットした会社を選びましょう。手戻りも多いので思うように上手く進まず、数ヶ月かかる場合もあるかもしれませんが、オフィス稼働後の保守も含めて長いお付き合いになるので、ここは時間をかけてもいいところだと思います。
また、デザイン会社を決める際は、プロジェクトマネージャ(以下PM)としての役割も費用に含まれるかどうかはよく確認しておきましょう。何度かオフィス増床の経験があり小さな規模の場合は自身でもPMはできるかもしれませんが、内装業者や工事業者など複数社との調整が発生し、かつ専門知識が必要になってくる領域なので、慣れていない場合はPMも任せてしまった方が無難です。
2.レイアウト設計、見積、取締役会決議
さて、デザイン会社が決まったら、いよいよオフィスのレイアウト設計を細部まで詰めていく工程に入ります。
オフィスのデザインは総務が担当することが多いですが、情シスもレイアウト設計の段階から参加しておいた方が絶対に良いです。
基本的に総務担当はオフィス関連のスペシャリストではありますがITに関してはそうでない場合も多いため、「複合機ってLANが必要だったの?」
「サーバーラックの電源は系統を分けておかないといけないの?」など、すべてお任せしていたら後になって見落としに気付いたということも少なくありません。
逆に情シスは契約・什器・防災・EX(Employee Experience)などについては詳しくないことが多いので、総務と情シスの二人三脚でプロジェクトを進めるように心掛けておくようにしましょう。(情シス的観点からのレイアウト設計のポイントについては、後述の「設計フェーズ」セクションにまとめます)
とにかくボールの投げ合い・お見合い状態になってしまわないように、自分の領域に固執せずに積極的にタスクや考慮漏れを拾いに行く姿勢が大切です。
レイアウト設計が固まってきたら、内装工事・電源工事・LAN工事などの見積を各社に依頼し、概算費用を取りまとめましょう。原復(原状復帰)の見積も合わせて依頼しておくと無駄がないのでオススメです。
また、この段階で地味とスケジュールを引っ張るのが社内決済です。
会社の決済権限規定にもよりますが、数千万を超えるような決済は取締役会決議になっている会社がほとんどだと思いますので、オフィス移転のような高額案件については月に1度しか決済のタイミングが無かったりします。
忘れずに取締役会に附議して承認を得るようにしましょう。
3.発注
決済が無事に降りたら、各社への発注を早めに行っておきましょう。
発注が遅れれば遅れるほど、部材の納期や作業員の確保が遅れ、スケジュールがブレる要素が増えていきます。
なお、ベンチャー企業が高額発注する場合は与信が通るのに時間がかかったり前払いが必要な場合もあるので要注意です。
4.インターネット回線リードタイム
全体の工程の中で、外部要因でなんともならないのが「インターネット回線の納期」です。
都内では数週間で敷設できるインターネット回線でも、地方では敷設できる回線の種類が限られていたり、NTTの作業日が埋まっていたり、1~2ヶ月ほど待たされることもあるので、インターネット回線のリードタイムは2ヶ月は読んでおいた方が無難です。(閉域網など特殊な回線を使用したい場合は3ヶ月ほどかかる場合もあります)
回線の手配は物件の住所が確定次第、すぐに申し込みをするくらいのスピード感で動きましょう。ルータ等のネットワーク機器や、LANの設計・構築も依頼するのであればそれらも合わせて早めに発注しておくのをオススメします。
稼働日に「什器が足りない」や「一部工事が終わってない」程度であれば何とか業務可能ですが、「ネットが繋がらない」ではまったく仕事になりません。
なお、回線の種別については、フレッツなどの一般共用回線は安定性もパフォーマンスも低いので、敷設できるエリアであればUSENやNUROなどフレッツ以外の固定回線を推奨します。フレッツ回線はWindows Update配信日などトラフィックが多い日は使い物にならないくらい重くなることがあります。
5.工事業者現地下見・キックオフ
工事業者が決まり、物件の下見ができるようになった段階で、最初に現地の下見兼キックオフを実施し、業者間の顔合わせと全体スケジュールのすり合わせを行っておくことを強く推奨します。
下見の際は「天井がシステム天井になっているかどうか」「床がOA床になっているかどうか」なども業者と一緒に確認しておきましょう。
工事区分の確認、音出し工事の実施可能時間帯、什器の搬入経路やエレベーターの占有可能時間帯、作業届の出し方・提出期限など、工事関連の細かな規則もこのタイミングでビル管理会社から各社に共有しておいてもらいましょう。
6~8.各種工事
いよいよ実際の工事・構築の工程に入ります。
こちらの内容については後ほど「構築フェーズ」セクションで説明します。
9.入居・引っ越し
オフィス新設の場合は入居、移転の場合は引っ越しとなります。
必要な什器や荷物の運搬は引越し屋さんに依頼することが多いですが、サーバーやネットワーク機器は引越し屋さんは触りたがらないケースも多いので、既存オフィスの物を流用する場合は別途ネットワーク業者に移設を依頼した方が無難です。
当日のドタバタも非常に多いので、最後まで気を抜かずに頑張りましょう!
以上が全体工程のおおまかな説明です。
続いて、特に重要な「設計フェーズ」と「構築フェーズ」について述べて行きます。
■設計フェーズ
全体の工程のうち、「レイアウト設計」の時点でオフィスの善し悪しのほぼすべてが決まります。総務と協力しつつ、情シスとして特に気にしておきたい点をいくつか挙げておきます。
・電源
デスクの電源については見落とすことは少ないですが、複合機・ウォーターサーバー・電子錠・受付や会議室用タブレットなどは見落としがちです。
オフィス内に設置する機器をすべてレイアウトに反映して、電源の漏れが無いように図面にプロットしておきましょう。
また、サーバーラックや電子レンジ・自動販売機など消費電力が大きい箇所は、ブレーカーが落ちないように他の箇所で使用しない単独の系統で敷設するように依頼しておくこと。
・LANの設計・構築
LANの構築が未経験だったり自信が無い場合は、LANの設計・構築も業者にお任せした方が無難です。
一度オフィスが稼働してしまうと、構成変更やメンテナンスの調整が大変で、セキュリティ的にも設定ミスがあるとリスクが大きいので、インフラエンジニアやネットワークエンジニアとしてネットワーク構築の実務経験が無い場合は素直に委託しましょう。DHCP、NAT、ルーティング、VLAN、パケットフィルタリングあたりの知識と設定経験があれば、自前で設計・設定を行って費用を抑えるのもありだと思います。
インターネット回線の提供業者であればネットワーク構築も請け負っているところも多いので、回線と合わせてネットワーク構築も依頼してしまいましょう。
ネットワークが停まると業務も停まるので、各機器の冗長性は担保しておきたいところですが、回線まで含めて完全に冗長化するにはそれなりに費用がかかるので、オフィスの大きさや影響度も考慮しつつ検討してください。(最低でもコールドスタンバイの予備機くらいは用意しておいた方が安心です)
・有線LAN
最近は無線LANが主流ではありますが、各デスクに有線LANを敷設するかどうかは事前に検討しておきましょう。無線LANのみにした場合は無線LANのクリティカル度が高くなり、無線LANのトラブルシュートは難易度が高いので、有線LANもデスクに敷設しておいた方が無難かと思います。
初期構築時にLANケーブルを敷設しておく程度であれば工事費用も安いですし、後から「やっぱり有線LANも敷設しておけばよかった」となると調整もコストも無駄に増えてしまいます。
有線LANを敷設するとデスクの配線が増えますが、配線スペース付のデスクやケーブルホルダーなどを活用すればごちゃごちゃせずに見た目もスッキリします。
また、将来的に島を増設する可能性がありそうな箇所には、予め床下までLANケーブルを引いておけば、都度工事が不要になり将来的なコストが削減できます。
・無線LAN
無線LANのアクセスポイント(以下AP)の設置数・設置箇所については、レイアウトの影響が非常に大きいので、入念な設計が必要です。
無線LANには2.4GHz帯と5.0GHz帯のふたつの周波数帯がありますが、
「2.4GHzは遮蔽物に強いが、電子レンジやBluetoothなど干渉物が多い」
「5.0GHzは遮蔽物に弱いが、802.11ac対応で高速かつ安定」
といった特徴があります。
2.4GHzは実用に耐えないことが多いので、5.0GHz前提で設計することをオススメします。
なお、5.0GHzの電波は分厚い金属やコンクリートを通過できないですが、ガラスは通過できます。「間仕切りを欄間オープンにしておく」「会議室の壁やドアにガラス部を入れておく」などの工夫で、APの数を減らすこともできます。
また、5.0GHzは外来波の影響も受けやすいので、「DFS帯のチャンネルを避ける」などのチューニングも実施した方が望ましいです。(この辺りの話は長くなるので、今回は割愛します)
無線APはPoEで給電する物が多いので、PoEスイッチorパワーインジェクタの準備も忘れずに。
・サーバールーム、サーバーラック、ネットワークラック
フロア内のLAN配線を集約するためのネットワークラックが各フロアにひとつ必要になります。ネットワーク機器だけであれば19U程度のネットワークラックがあれば十分なサイズで、専用空調も不要なので、フロア内の邪魔にならない箇所に配置し、そこを起点に各箇所にLANを敷設しましょう。
サーバーをオフィス内に設置する必要がある場合は、独立した空調と電源が用意されたサーバールームが必要になってくるので、かなり大掛かりな工事になります。可能であればオフィス移転までにデータセンターやクラウドへの移行を検討しておきましょう。
※オフィス内にサーバールームを抱えるリスクについては、以前に
こちらのエントリにまとめていますので参考にしてください
・ディスプレイ、プロジェクタ等の映像配線
会議室の映像出力はプロジェクタよりディスプレイの方がオススメです。
プロジェクタは「部屋の照明を消さないと鮮明に見えず、会議の雰囲気が悪くなる」「レンズが消耗品で高額なため、維持費がかかる」といったデメリットが大きいため、60インチ程度までであれば液晶ディスプレイの方がコスパも良いと思います。最低でもHDMI、できればUSB Type-Cの端子に対応しているディスプレイを選定しましょう。
ラウンジなど勉強会で使用するスペースには天吊プロジェクタ&スクリーンが必要になりますが、何年か使用しているとHDMIケーブルの先端がダメになることが多いです。HDMIケーブルはLANケーブルと違い再成端が難しく、壊れた場合はケーブル自体の敷き直しが必要になってしまうので、プロジェクタとPCを直でHDMIケーブルで接続するよりも、登壇者用PCの位置にHDMIのメスコネクタを出しておき、ケーブルを取り換えられるようにしておくと良いです。HDMIはケーブル長による減衰や規格の問題もあるので、業者さんと相談して決めた方が安心です。
・ストックルーム、キッティングスペースの確保
意外と軽視されがちなのが、ストックルームやキッティングスペース。
PCのキッティング効率に大きく影響してくるので、必要最小限のスペースは確保してもらえるようにお願いしておきましょう。
「とりあえず空いてる座席で頑張って」と言われても、気付いたら人が増えて座席の奪い合いになって、キッティングスペースが無くなってたりなんてこともあります。
設計全般に言えることですが、オフィスレイアウトの変更や運用の変更は稼働後も頻繁に発生するので、機能性・拡張性・保守性を考慮しながら設計しておきましょう。
■構築フェーズ
一番の山場である構築フェーズ。
移転日や稼働日を遅らせることはできないので、スケジュール内に必ず終わらせるように、全体の工程をよく見ながら動く必要があります。
PMが誰であれ、工事工程では必ず日単位の作業工程表を作成しておきましょう。(以下はサンプル)
なお、こちらの工程表は大きな内装工事が無いケースを想定しています。
オシャレなオフィスにするために、板張り・ガラス張り・スケルトン天井など大掛かりな内装工事を実施する場合は、この前段に基礎工事や間仕切り工事などで1~2ヶ月ほど必要になる場合もあります。
構築フェーズでは複数社が並行して動くので、工程表が無いとひとつの工程がズレるだけで大混乱になってしまいます。また、実際の現地作業で予想外のトラブルはつきものなので、各工程にバッファを持たせておきましょう。
また、先述の通り工事内容によっては実施できる曜日・時間帯が制限されている場合があったり、床下配線はLAN・電源・電話で日程を合わせて実施した方が効率的だったりもするので、キックオフで各業者にスケジュールをすり合わせて段取りを決めておいてもらった方が楽です。
地方拠点の開設の場合は、何度も現地に行く出張費用や時間がもったいないので、最低限の回数の出張で構築が終わるようにスケジューリングし、必要な荷物の発送なども事前に済ませておきましょう。
Amazonや宅急便の配送は荒天などにより着日がズレて受け取れないリスクもあるので、什器は什器業者・ネットワーク機器はネットワーク業者に直接搬入してもらうか、小さな物であれば自分で持って行った方が確実です。
■その他
オフィス移転はインフラリプレースの格好の機会でもあります。
無線LANのリプレース、PBXのリプレースなど、普段は手を出しづらい領域をごそっと入れ替えるチャンスでもあるので、そのような案件も合わせて実施したい場合は、同時並行で進めておきましょう。(あまり詰め込みすぎるとキャパオーバーで炎上するリスクもあるので、無理のない範囲で)
オフィス増床は一大プロジェクトなので、プロジェクトマネジメントの手腕も問われることになりますが、一度は経験しておくとノウハウも身について良い成長機会になると思います。
特にベンチャー企業だと頻繁にオフィス増床が発生するので、突発的に発生しても一人で対応できるようになると、非常に重宝されます。
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