![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/152348575/rectangle_large_type_2_d41f916f4f4c35562385e60d5ad55a2f.jpeg?width=1200)
【寄稿】能條桃子さん(NO YOUTH NO JAPAN・FIFTYS PROJECT代表)/ 「もう一つの 参政権」獲得で若い世代の声が響く政治に!
のうじょう・ ももこ
1998年生まれ。2019年、若者の投票率が80%を超えるデンマークに留学し、若い世代の政治参加を促進するNO YOUTH NO JAPANを設立。Instagramで選挙や政治、社会の発信活動(現在フォロワー約10万人)をはじめ、若者が声を届けその声が響く社会を目指して、アドボカシー活動、自治体・企業・シンクタンクとの協働などを展開中。2022年、政治分野のジェンダーギャップ解消を目指し20代・30代の地方選挙への立候補を呼びかけ一緒に支援するムーブメントFIFTYS PROJECTを行なう一般社団法人NewSceneを設立。慶應義塾大学院経済学研究科修士卒。
▼実感した「日本の現在地」
参政権の獲得。これは、戦後の日本の男女平等実現への第一歩だった。
法の下の平等が記載された現憲法下、少ないながらも女性議員のいる国会で、雇用機会均等法、家庭科の男女共修や介護保険制度、DV防止法、最近であれば不同意性交等罪、盗撮罪の成立、困難女性支援法など、世の常識を形作る法律が成立してきた。市民社会の女性運動と国会での連携、また女性運動から候補者を送り出してきた積み重ねの先に、今の私たちがいる。
1946年、初めて女性が国会議員になった時、衆議院の女性議員は39人。それから75年が経った2021年秋、前回の衆議院選挙、当選した女性の数は45人だった。この75年でわずか6人しか増えていない現状に絶望しながら、男女の役割分業強化やジェンダーバックラッシュの時代を経た日本の現在地だと知った。
未だに選択的夫婦別姓、同性婚は実現しておらず、教育現場では包括的性教育も実施されていない。緊急避妊薬など性と生殖に関する健康と権利の諸課題も多く残っている。トランスジェンダー差別も激化している。
そもそも、女性議員がこれだけ増えないことに対してアファーマティブ・アクション(是正措置)が必要だが、クオータ制導入の議論さえ弱い。
▼若者の現実と乖離した政策
参政権の獲得。これは、若者の声が届く政治に向けた第一歩になる。
2024年現在、国会に10代20代の代表は誰もいない。衆議院は25歳、参議院は30歳にならないと立候補できない現在の法律の中で、日本国籍のある18歳〜29歳は、完全な参政権を持っていない。
2020年、コロナ禍が始まった時、メディアでも政治でも「若者」は感染を拡大させる悪者で、言うことを聞かせなければならない存在になった。若者が出歩いてしまうのは、若者がコロナウイルスに危機感がないからだと決めつけられた。政策決定においては、若い世代の代表性が担保されないまま、若者をどう「ステイホーム」させるか、議論が進められていった。
感染拡大を防ぐために、と掲げられた「ステイホーム」で想定されていたのは、家族などと同居し、その家族と不仲ではなく、リフレッシュするだけのスペースがあり、何かあった時には近所に頼れる人がいて、お金の心配をせずにしばらくは過ごせる、オンライン授業になったとしても家にPCとインターネット環境があり、1人で話せる環境がある人たちであった。
一方で、家族と円満ではなく苦しい時間を過ごした人、上京し狭い六畳一間で頼れる人もいない中で1カ月誰とも直接話さずに過ごした人、学費が払えずバイトがなくなって生活費も確保できず大学を辞めるしかなくなった人がいた。
家族と円満で金銭的には苦労しなかった人からも、「家でぼーっとしていると涙が出てくる」という話をよく聞いた。貴重な10代20代の時間を「思っていた学校生活」が過ごせない中での苦しさ、痛みがあったが、このような状態は完全に無視され、議論の俎上にもほとんどのらなかった。
当時の私は、私の周りの景色と政治の景色のギャップに言葉が出なかった。あれから4年が経ち、ようやく、これは構造的な若者差別の結果だったのではないか、と認識するようになった。
私が2019年に留学していたデンマークでは、コロナ禍を挟んだこの5年で、若者のメンタルヘルス対策が進んでいた。それは、声を上げる若い世代が市民社会にいたことと同時に、その声を聞く政治があったからだろう。
構造的な差別の先にある、生きづらさや貧困、選択肢の違いといった課題に目を向け、次の世代に少しでもマシな状態を残すためにと、立候補を決意した人たちを応援していきたい。
私はコロナ禍を経て、若い世代の代表が、政治の場には必要である、と強く思うようになった。そして、「被選挙権年齢引き下げ」はその第一歩である。
現在、「立候補年齢引き下げプロジェクト」と題して、この問題について公共訴訟、ロビイング活動に取り組んでいる。若い世代が声を届け、その声が響く政治に向けて、衆院選で一つの論点になれば、と考えている。