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日本学術会議 独立性の危機──戦争への科学者動員を繰り返さぬ 歴史的反省はどこへ


小森田秋夫さん(2023年3月10日号)

2022年12月、内閣府は今国会での日本学術会議法改正を前提とした「日本学術会議の在り方についての方針」を日本学術会議(以下学術会議)に示した。これに対し学術会議は、同月21日の総会で、日本学術会議の独立性を危うくしかねない法制化について、強く再考を求める声明を発した。2020年10月、当時の菅義偉首相が行なった6名の会員候補者の任命拒否に続いて、学術会議の独立性が深刻な危機にさらされている。

▼独立機関としての科学的助言

学術会議は、210名の会員と約2千名の連携会員によって構成される。会員は、会員・連携会員や学協会などの推薦をもとに、優れた研究または業績がある科学者の中から学術会議自身が候補者を選考し、その推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する。「科学者の内外に対する代表機関」として政府からも独立して職務を行なう学術会議の主な活動は、提言・声明などの科学的助言である。

「コ・オプテーション」と呼ばれる選考方式によって、1997年には1・0%だった女性会員が、現在は37・7%にまで意識的に増やされていることを背景に、「男女共同参画社会の形成に向けた民法改正」(2014・6・23)、「社会と学術における男女共同参画の実現を目指して—2030年に向けた課題」(2020・9・29)、「性的マイノリティの権利保障をめざして—婚姻・教育・労働を中心に」(2017・9・29)、「生きる力の更なる充実を目指した家庭科教育への提案」(2018・12・14)など、女性やジェンダーに関わりの深い提言も増えてきている(全ての提言等は学術会議のウェブサイトで見ることができる)。

しかし、政府は多岐にわたる学術会議の見解に向き合うことをせず、その存在を軽んじてきた。

▼科学研究の軍事への動員に警鐘

ところが、学術会議の存在を無視できない事態が生じた。「軍事的安全保障研究に関する声明」(2017・3・24)がそれである。

2015年に防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」という委託研究の募集を開始したのを契機に出されたこの声明は、しばしば誤解されるように軍事研究や本制度への応募を禁止したものではない(学術会議にそうした権限はない)。

声明は、「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあること」に注意を促している。特に研究成果の公開性の担保を重視する観点から、大学等の研究機関に対し、「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度」を設けることを求めたのである。

この声明を受けて、少なからぬ大学が「安全保障技術研究推進制度」への応募に慎重な態度を自主的に取るようになった。このことが、自民党がプロジェクト・チームを設けて「提言」を発したのを合図に、政権が学術会議の「あり方」に手を触れようとするに至った動機のひとつだったと考えられる。

岸田内閣が前面に打ち出した「経済安全保障」の柱のひとつは先端技術開発の官民協力であるが、そこには軍事利用につながりうる先端技術についての機微情報(秘密)の流出防止が組み込まれている。その延長線上にあるのが、「政府と大学、民間が一体となって、防衛力の強化にもつながる研究開発を進めるための仕組みづくりに早急に取り組むべきである」(有識者会議報告書)という考えを踏まえた12月の「国家安全保障戦略」である。

学術会議の声明は、秘密性を内包する軍事研究と公開性を生命とする学問の健全な発展との緊張関係に注意を喚起し、科学研究の軍事への動員に警鐘を鳴らす意味を持つ。経済安全保障をめぐる国会審議などで複数の自民党議員が学術会議批判の発言をしたのはそのためだった。

▼失われる科学と政治の緊張関係

内閣府の「方針」は、学術会議が政府等と「問題意識や時間軸を共有」することを求め、「第三者委員会」を通じて会員選考や組織運営の自律性に介入しようとするものである。産業界出身の会員を増やすことなどで政権に有益と考えられる提言を提供する一方、好ましくない主張を行なわないような「新たな組織に生まれかわる」ことが求められている。それは、独立して職務を遂行する科学者の自律的組織としての学術会議の消滅を意味することになるだろう。

学術会議は、1949年、「これまでわが国の科学者がとりきたった態度」に対する反省とともに発足した。戦争への科学者の動員という歴史的経験だけではない。科学者(専門家)は独立した立場から見解を表明し、政府はそれに耳を傾けつつ、自らの責任において政治的決定を行なうという、科学と政治との緊張感のある関係の欠如がいかに政府の施策を歪めるかを、私たちは新型コロナ対策をめぐる混迷を通じて見てきたばかりである。学術会議の危機は、このような現実に対する警鐘でもある。



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