小説 『エゴイスティック』

「好きよ」
――どうして?
「どうしても」
 彼女は僕に言い放つ。いつだって、どこまでも透き通ったことば。それが僕は怖かった。
 いやだ。
 その純粋が僕を貫くの。
 いやだ。
 彼女は僕の肩を後ろから抱き寄せるのが好きだった。すこやかにのびやかな腕は、僕のすべてを許しているみたいだった。でも、許されたい訳じゃないの。
「好きよ」
どうして彼女は、そんなことばをくれるのだろう。
「おまえがあたしを嫌いでも、好きよ」
 そのことばと同じくらい透明な涙が頬を伝ったとき、僕ははじめて、彼女を見た。ずっと目を逸らしていた君を。ちがう。嫌いなんかじゃない。
「ほんとうなのよ、真実なのよ」
僕は君が信じられないのではない。僕は、僕が信じられない。僕が誰かに愛される理由が分からないから。僕は僕が嫌いだから。別に、愛されたい訳じゃないけれど。
「ね、しんじて」
ゆれる瞳。……ああ、そうか。いつも無遠慮に僕に触れるあの腕は、ことばは、震えていたのか。
やっとわかった。
君も、ずっと、怖かった。僕と同じに、怖かったのだ。
「好き」
許されたい訳じゃない。愛されたい訳じゃない。ただ、ひたすらに君が。