競馬漫画も競馬ゲームも通ってきた人間がJRA馬事文化賞の価値を語りたい。
JRA馬事文化賞、さすがに叩かれすぎでは?
JRA馬事文化賞、さすがに叩かれすぎじゃないですかね。
競馬に最近興味を持った方はともかく、競馬メディアに関わる方が誰でも言えるようなこと言っているのには正直閉口します。
サイゾー系メディアでは見事なこたつ記事が書かれました。
SNS、noteでは
「ウマ娘が受賞しない馬事文化賞に価値はない。
内輪向けの賞。
選考委員は頭が固い。
JRA賞はライトファン向けではないのか。
といった意見も見受けられました。
言いたいことはたくさんあるのですが、あまりネガティブなことばかり書いても仕方がありません。
拙い文章で恐縮ですが過去のJRA馬事文化賞の受賞作や、受賞された方の功績をいくつか紹介していきたいと思います。
1993年度「鍛えて最強馬を作る - ミホノブルボンはなぜ名馬になれたのか」
戸山為夫
まずは歴代の受賞作を見てみましょう。
この中でまず注目してもらいたいのが1993年度です。
ウマ娘から競馬を知った方なら、ミホノブルボンはわかりますよね?
そのミホノブルボンの調教師、戸山為夫は「鍛えて最強馬を作る - ミホノブルボンはなぜ名馬になれたのか」で1993年度にJRA馬事文化賞を受賞しました。
戸山調教師はミホノブルボン現役中から食道癌を患い、ミホノブルボンが敗北した菊花賞後に入院。病床の中でこの本を執筆しましたが、書き上げる前に亡くなり、戸山調教師のご家族や周囲の方々が加筆。亡くなられた一ヶ月後に出版されました。
「鍛えて最強馬を作る」
本のタイトルの通り、戸山調教師はハードなトレーニングを馬に行うことによって、よりその馬の能力を引き出すことをモットーとしていました。
時には馬を故障をさせてしまい、競馬メディアから批判を受けながらも、その集大成となるミホノブルボンをターフに送り出し、クラシック二冠を達成しました。
その戸山調教師のもう一つの集大成が「鍛えて最強馬を作る - ミホノブルボンはなぜ名馬になれたのか」と言えます。
ミホノブルボンのこと、真っ先に注目し、今では当たり前になった坂路調教等の調教論、馬や競馬への想い、周囲から反対されながらも取り掛かった調教師の定年制度のこと。
戸山調教師の事はもちろん、ミホノブルボンの事を知ろうと思ったら必読の書と言えます。ここで「ウマ女が受賞しないJRA 馬事文化賞に価値はない」と言う方にお伺いしたいです。
あなたはウマ娘のシナリオライターです。ミホノブルボンについてのシナリオを書くことになりました。
あなたはどうやってミホノブルボンの情報を収集しますか?
Wikipedia? ニコニコ大百科?
ではその記事を書いた人はどうやってミホノブルボンの情報を収集したのでしょう?
当時の優駿? 当時の競馬四季報? 当時の競馬新聞?
ソースとして悪くなさそうです。が、私ならまずこの「鍛えて最強馬を作る - ミホノブルボンはなぜ名馬になれたのか」を読みます。
実際にウマ娘のシナリオライターさんもおそらくこの本、ないしはこの本を引用した書籍や記事からシナリオ執筆しているはずです。
それでもJRA馬事文化賞って価値ないですか?
1990年度「サラブレッドの誕生」山野浩一
ここまで読んでこう思うでしょ。
「一冊で判断できるか」と。
そんなあなたにもう一つお伺いしたいです。
あなたはダービースタリオンの開発者の一人です。
ダビスタをやったことがある方なら「ナスルーラ」という名前は聞いたことがあると思います。あなたは1959年に亡くなったナスルーラのインブリードが発生した時のパラメータ設定をすることになりました。
当然、レースは見たことがありません。
どうやってパラメーター設定をしますか?
ウキィペディアを見て?
OK、ナスルーラがダビスタに初めて実装された時代に間違いなくウィキペディアはありませんでしたが、現在なら有効かもしれません。
ではナスルーラの記事の参考文献の欄を見てみましょう。
どこかで見たことのないお名前がありませんか?
「サラブレッドの誕生」で1990年に馬事文化賞を受賞した山野浩一氏は1970年代から競馬に関する著書を多数執筆した方です。
「サラブレッドの誕生」はサラブレッドにのみならず、馬がどのように誕生し、人と馬がどのように触れ合い、そこから競馬が成立し、どのようにサラブレッドへと品種改良されていったか、また近代競馬がどのように発展していったかが分かる良書です。
三代始祖から連なるサラブレッドの血統情報や名馬の情報に私たちが気軽にリーチできているのは海外を含めた膨大な競馬の資料を読み解き、読みやすい文体にし、「サラブレッドの誕生」やナススーラの記事で参考文献とされる「伝説の名馬」等様々な著書を比較的手に取りやすい値段で提供された山野浩一氏の功績があってこそです。
1998年度「競馬の血統学」吉沢譲治
その山野浩一氏に「サラブレッド血統辞典」で協力されていたのが「競馬の血統学」で1998年に馬事文化賞を受賞した吉沢譲治氏です。
「競馬の血統学」はセントサイモンからロイヤルチャージャーまで、過去に活躍した大種牡馬の紹介からサンデーサイレンスが成功した理由の考察。そしてサンデーサイレンスの後継種牡馬達によるこれまでにない内国産種牡馬の成功を予言した本です。
続編となる「競馬の血統学〈PART2〉」では、父系中心に語られることの多かった競走馬の血統について、牝系を中心にまとめた良書です。
1996年度「馬の文化叢書」江上波夫・木下順二・児玉幸多(原田俊治)
そんな山野浩一氏や吉沢譲治氏にも影響を与えたのが、山野浩一氏と同時期に競馬の著作や海外文献の翻訳を行い、「世界の名馬」「新・世界の名馬」を執筆した原田俊治氏です。
1996年度にJRA馬事文化賞を受賞した「馬の文化叢書」の10巻は原田俊治氏が担当されました。
(受賞者は全体の編集を担当した江上波夫・木下順二・児玉幸多氏の3氏)
「世界の名馬」「新・世界の名馬」は海外の名馬をまとめた著作として、「競馬の血統学」等、様々な本の参考文献となっています。
また、原田俊治氏が翻訳した「馬の進化」も「サラブレッドの誕生」の参考文献となっています。
ナスルーラ以外にも、過去の世界の名馬と呼ばれる馬達の事を調べようとするならば、原田俊治氏の「世界の名馬」「新・世界の名馬」等の著作は欠かすことができません。
もう一度お伺いするのですが、
まだウィキペディアもなかった時代、あなたはどうやってナスルーラや、その他過去の名馬達のパラメーターを設定しますか?
もしくは、どうやってゲームに登場させる過去の名馬を選択しますか?
ファミコンが生まれる遥か前から、時には海外の資料を翻訳し、読み解き、時には国内の資料をまとめ、整理し、本という形に残してくれた方々にもう少し敬意を払ってもいいのではないかなと思います。
そもそもJRA馬事文化賞≠JRA競馬文化賞
重要だと思ってることがあって、JRA馬事文化賞って「馬事文化賞」なんですよね。
「競馬文化賞」じゃないんです。
競馬ファンだから競馬と直接関係ないもの以外が目に入りづらいのは仕方がないのですが、近代競馬自体、あくまで馬事に内包されているにすぎないということは知っておいたほうがいいと思うんですよね。
またJRA馬事文化賞はJRAのWebサイトを見る限り、JRAの馬事振興の一環として行われているようです。
JRAの馬事振興への考え方を知れば、JRA馬事文化賞がどういった候補作を重視するか見えてくるかもしれません。
今年の受賞作が発表された際、正直読むに耐えない言葉が並びました。
誰も批判するな、とは思いませんが、せめて競馬メディアに関わる方であるならば、受賞作とご自身が賞にふさわしいと思っているものと比較が必要ではないでしょうか?
少なくともJRA馬事文化賞は選定にあたり、馬の博物館、競馬の博物館等を運営する馬事文化財団とともに、候補作品に対してのレポートの作成や、候補作品の客観的に評価等を行うための体勢を作っているようです。
2021年度「馬のこころ ──脳科学者が解説するコミュニケーションガイド」ジャネット・L・ジョーンズ
今年の受賞作、ジャネット・L・ジョーンズ氏が執筆した
「馬のこころ 脳科学者が解説するコミュニケーションガイド」の受賞理由は
「脳科学という新しい視点を用いて馬の行動を分析し、馬を最優先に考えた真のホースマンになるための方法を、自身の体験をもとにした説得力がある内容で、わかりやすく伝えているところが評価されました。」
とあります。
実際に内容を読んでいくと
「馬の知性は高いが、脳の作りとして限界がある部分もある」
「問題行動を起こす馬は脳の作りとして、問題行動を意図的に行っていない」
「馬の集中力を高めるために必要なことと、その注意点」
等、馬と接するための有用だと思われる情報がわかりやすく執筆されています。
将来的にこの本がきっかけで、馬の調教や生産、放牧時等に発生していた余計な事故の減少。また人間にとっても馬にとってもより効率的で負担の少ない調教の確立といったことが見込めるのではないかと思います。
馬事に興味がある方なら、ぜひ読んでみてほしいと思います。
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