障がい者スポーツに収まらない唯一無二のスポーツ『ウィルチェアーラグビー』
「怖くないですか?」
おそらく初めてウィルチェアーラグビーを見たであろう記者は、ウィルチェアーラグビー日本代表に女性として初めて選出された倉橋香衣にそう訊ねた。
女性が男性と同じコートに立つ身体的ハンデや、障がい者が激しいスポーツをすることの怖さを訊いた訳ではないと思う。
■車椅子ラグビーの魅力
ウィルチェアーラグビーは、他のスポーツにはない“怖さ”がある。
「ズドーン、ドォン!」
ウォーミングアップの段階から、会場には車椅子と車椅子の激しいコンタクトの音が鳴り響く。ウィルチェアーラグビーのメディア用参考資料には「マーダーボール(殺人競技)とも呼ばれているスポーツ」と記されていたが、決して大袈裟ではない。
まるでヘビー級のローキックがぶつかったような音が、会場に感嘆の声をわき起こす。ラグビーやアメリカンフットボールよりも鈍い音。クリンチだらけの打撃音が少ない格闘技の試合を見るより、胸がスカッとさせられる。
その反面、前進する車椅子に対し、真正面から突進するように車椅子がぶつかっていくという事故にも見えるコンタクトに、恐怖も覚える。ゆえに、「怖くないですか?」と質問せずにはいられなかったのだろう。
が、倉橋は屈託のない笑顔で「怖くないですよ」と答えた。試合中は「攻守の切り替えを早くして、良いポジショニングをとる」ことに腐心しているからだ。コンタクトはそのためのもの。決して力だけのスポーツではない。格闘技の要素はあるが、実際に重要になるのは将棋のような綿密な戦略である。
■ウィルチェアーラグビーとは?
たとえば、単にゴールを奪えば良い訳ではない。ゴールを決めるということは、相手チームからのリスタートになるため、相手にボールを渡すということでもある。1ピリオドは8分間だが、2分を切った所から、選手たちは時間も計算し始める。自分たちがゴールを決めたタイミングでピリオドを終了させるため、40秒を巧く使う(40秒以内にゴールできないと相手チームにボールの所有権が移る)。またゴールを奪う時は、相手の陣形も気にする必要がある。ウィルチェアーラグビーは、ラグビーでありながらも、オフサイドはない。前にパスをすることが許されている。つまり、ゴールを決められそうでも、自陣エリアに相手選手だけが残っていれば、時間を使い、味方を自陣に戻らせることも必要になる。
そして試合を左右するのは、コンタクトを使った難易度の高いターンオーバーだ。基本的にはボールを保持したチームが、そのままゴールを決めることが多いため、先制点を奪ったチームが流れ上は有利となる。が、その流れをターンオーバーがひっくり返す。ボールゲームの醍醐味である「インターセプト」はもちろん、強固な守備ブロックで「ボールを持っているチームが12秒以内にフロントコートまでボールを運べない」「ボールを持っているチームが40秒以内にゴールを出来ない」などを起こせればターンオーバーとなる。
このターンオーバーが、実際に試合を左右することになった。
■ウィルチェアーラグビーを観に行ってみた
残り2秒、会場が張り詰めた空気になった。
5月28日、千葉ポートアリーナにて2017ジャパンパラウィルチェアーラグビー競技大会決勝戦が行われていた。日本代表は準決勝で、リオデジャネイロパラリンピックで金メダルを獲得したオーストラリア代表と対戦。リオデジャネイロパラリンピックでは、準決勝で敗れた相手である。しかし、この日の日本には運もあった。スピードにパワーを兼ね備えた「世界ナンバーワンプレーヤー」であるウイリー・バットが怪我で欠場となった。エースを失ったオーストラリアを、日本は69-55というスコアで圧倒する。
勢いそのままにリオデジャネイロパラリンピックで銀メダルを獲得したアメリカ代表との決勝戦に臨んだが、ウイリー同様の実力者であるチャック・アオキの自転車並みのクイックなドリブルスピードは圧巻だった。対する日本も組織が個を活かして2点差まで追い上げ、試合終了残り4秒で池崎大輔がゴールを決める。
もう1点をとれば延長戦。残り2秒というギリギリで日本はターンオーバーを起こした。
■ウィルチェアーラグビーの綿密な戦術
ここから日本の緻密な作戦が始まる。ターンオーバーとなった瞬間、すぐにタイムアウトをとった。タイムアウトを利用し、ゴールを決める理想の陣形に作り変える。
そして、コートサイドからロングパスを入れると思いきや、一旦中央の池透暢にパスを入れて、再度タイムアウトをとる。リスタートの位置を前にするため、ロングパスの確率を上げるためのタイムアウトで、アメリカンフットボールのような戦略戦だ。
しかし、時間は残り0.6秒。ハイリスクハイリターンの状況である。観客は息をのむ。サイドコートから池が羽賀理之にロングパスを入れる。羽賀が見事にキャッチ。会場の時間が止まったかのように静かになったが、直後に鳴り響いたのは試合終了のブザーだった。コンマ数秒で、ゴールは生まれず、日本は1点差でアメリカに敗れた。
1点差での惜敗という結果に、日本選手たちは満足していなかった。
ミックスゾーンでは、多くの選手が「3チームが三日間戦った予選も含めてアメリカには一勝もできなかった」「これがメダルをかけた勝負だったら」と反省を口にした。
その表情、そして試合を観て、東京パラリンピックでのメダルに期待をせずにはいられなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?