オンライン講座The King Maker所感 本編Vol.18
本編Vol.18
繋がっている感覚
①一石無限鳥を目指せ。
②全ての事象には意味がある。
❶一石無限鳥を目指せ。
→ 一つの行いによって自分が幸せになる &
受け取った相手も幸せになる &
周りも幸せになる &
結果、世界に幸せが満ち溢れる。
その"繋がり"を大切にしよう。
真の優しさとは、身を費やすことなく溢れさせ続けることの出来る湧水のようなものだ。
「他社貢献」には2種類ある。
一つは無償の愛から生まれる『善意』と、
己を顧みず周りに何かを与えようとする『自己犠牲』だ。
前者は自分が心から同意して相手のためを思い起こした行動であるため受け取る側は当然嬉しいし、行動を起こした側も相手のそんな喜ばしい顔を見てハッピーになれる。
一方後者は、自分が辛くなっても構わないから他社に与えようとしてしまう。
これはとても心優しい人が陥りがちな罠だ。
目の前で困っている人がいるから、自分の身を挺してまで相手を救おうとする。
例えそれが自らを傷つけてしまう様な茨の道を越えてでも。
困っている人を助けたい…!という志はとても高尚で尊敬すべきものだが、それが己の不幸をも顧みず起こされる行動のため、受け取る側はなんとも言い難い気持ちになる。
「確かに助けてもらえることはありがたい。
感謝はしているが、助けてくれたあなたがボロボロになっているのを私が見たらとても心苦しい…」
そう相手に思わせてしまう。
100%の善意だとしてもその100%全てを受け取れないのだ。
誰だってそうだ。人の辛いところなんて見たくなんてない。
誰もがみんな笑顔でいて欲しいと考えている。
そういった観点から見ると口は悪いが、『自己犠牲』は相手の心を締め付けてしまう"呪い"の様なものだ。
助けられたはずなのに何だか嬉しくない。
助けたはずの側も、よい行いをした筈なのに自分の心や体がボロボロだ。
助けたいと思う気持ちは十分に分かる。
ただ、自分の領域を超えて相手に与えようとしすぎるな。
それは己の破滅を引き寄せる悪魔の囁きだ。
どうしても助けたいのに力が足りない…!と嘆くぐらいなら己を鍛え続けろ。
クヨクヨしている間に救えるものも救えなくなる。
今届かなくて悔しいのなら、その悔しさをバネにしろ。
安易に目の前の「助けたい」という欲求に呑まれるな。
耐えろ。耐えて溜め込んだその悔しさを力に変えてもっと多くの人を救え。
「悔しい」と感じられるのならその素質がある。
誰もが羨望を集めてやまないスーパースターにお前ならなれる。
❷全ての事象には意味がある。
→ 今目の前で辛い事が起こっているのなら、それは未来へ繋がる学びを与えてくれているのかもしれない。
人生に無駄なことはひとつもない。
無駄だと思っていたことも、実はその出来事のおかげで自分の与り知らぬ所で何か良い事が起こっているのかもしれない。
全く気にも留めなかった出来事のおかげで、脳内が整理されて知らぬ間にパフォーマンスが向上しているのかもしれない。
辛い経験があったおかげで、"辛さ"を乗り越えられる"強さ"を手に入れる事ができたのかもしれない。
人生という長〜いスケールで見た時、今目の前が辛く苦しくてもそれはただ成長の糧となってくれるよう表れたものなのかもしれない。
キツいけど、乗り越えられる ぐらいのちょうど良い壁が目の前に現れたのかもしれない。
壁を越えようとするその瞬間が1番、何よりもしんどい。
だって冷静に考えてやる必要無いじゃん?
しんどいことを乗り越えたから何かが変わる
の?
そんな囁きが耳元を過ぎる。
そりゃそうだ。
人間はどこまで行っても、楽をしたいという考えを持つ生き物だ。
未来の事が予測出来ないのに、先を見据えて行動をしようとするのは本能に反する。
だから脳が「不快」という信号を出して、その物事を避けた方が良いよとひたすら辞めさせようとする。
でもそんな苦痛を乗り越えた先には必ず今の自分には無い知識が待ち構えている。
苦難や困難があったからこそ、学びがある。
絶望して打ちひしがれてしまう時期があったからこそ、今を精一杯生きようと思える。
どんなに理不尽な出来事でも学びや成長を与えてくれた事に「感謝」を示せるようになろう。
きっとそれこそが大いなる成長の一歩目なんだろう。
今回はここまで。
なんだか記事を書くのに意味を見出せなくなってきたので、無期限で記事の更新をストップしようかと思います。
いつか気が向いたら再開するかも?
そんなわけで、また会えた時はよろしく。
じゃあな✋