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イレギュラー運航はポアソン分布に従うのか?


ハインリッヒの法則

「ハインリッヒの法則」をご存知でしょうか?「ハインリッヒの法則」は次のような法則です。

同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害(死亡や手足の切断等の大事故のみではない。)があったとすると、29回の軽傷(応急手当だけですむかすり傷)、傷害のない事故(傷害や物損の可能性があるもの)を300回起こしている。

職場のあんぜんサイト:ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)[安全衛生キーワード]
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo24_1.html

アメリカの損害保険会社で技術・調査に携わっていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが、ある工場で発生した数千件の労働災害を統計学的に調査した結果、この法則を導き出したそうです。

ハインリッヒの法則は航空の世界でもよく登場し、1件の重大事故の背景には、29件の軽微な事故が、さらにその背景には300件の「ヒヤリハット」が存在すると言われています。

「航空」の世界におけるハインリッヒの法則

航空機の事故が一度発生すると報道でも大きく取り上げられます。また、最近では「事故に繋がりかねなかった重大なトラブル」として「重大インシデント」もしばしば報道で取り上げられます。

イメージとしては、1件の事故に対して、29件の重大インシデントといった具合でしょうか。
(重大インシデントにもさまざまな原因があり、29件の重大インシデントの発生しても、それらが異質のものであれば1件の事故につながるものではないとは思いますが。)

では、航空機の運航において「1:29:300」の「300」に該当するものはなんでしょうか?
パイロットの「ヒヤリ」もありそうですし、「機器の故障など」なんかも該当しそうです。

イレギュラー運航

今回は「機器の故障など」に注目してみましょう。

日本国内での運航について、「機器の故障など」によって、計画していた飛行ができなかった運航は「イレギュラー運航」として国土交通省のホームページに公開されています。

国土交通省では「イレギュラー運航」の定義を以下のように掲げています。

 イレギュラー運航とは、航空機の多重システムの一部のみの不具合が発生した場合等に、乗員がマニュアルに従い措置した上で、万全を期して引き返し等を行った結果、目的地等の予定が変更されるものです。一般的には、直ちに運航の安全に影響を及ぼすような異常事態ではありません。

 次のような場合が、イレギュラー運航にあたります(ただし、航空事故又は重大インシデントに該当したものを除く)。
1.離陸後に目的地を変更した場合(※1)
2.出発地に引き返した場合(※1)
3.航空交通管制上の優先権を必要とする旨を通報した場合(※1)
4.航空機が他の航空機又は物件と接触した場合
5.航空機が滑走路から逸脱した場合
6.滑走路を閉鎖する必要があるような運航があった場合(※2)
  ※1:機材の不具合等によるものに限る。
  ※2:滑走路点検のために閉鎖するものを除く。

航空:イレギュラー運航の発生状況 - 国土交通省
https://www.mlit.go.jp/koku/15_bf_000191.html

ホームページでは、2020年2月からのイレギュラー運航について1件ごと詳細が掲載されています。今回はこれをもとに統計学の勉強をしていきたいと思います。

ポアソン分布とは?

個人的な理解では、「ポアソン分布」とは、「二項分布のうち、発生確率がかなり小さいが、試行回数が多い事象についての発生件数を表す分布」。

「計画通りに運航できた」を成功、「計画通りに運航できなかった」を失敗とし、ある一定の確率によって成功・失敗が出現するとした場合、「1つの運航」を試行と捉えた二項分布と考えることができます。日本国内ではかなり多くの航空機が日々飛んでいる中、イレギュラー運航に該当する運航はかなり少ない印象。そこで、このイレギュラー運航の発生がポアソン分布に従うのではないか、というのが今回の出発点です。

イレギュラー運航の発生回数はポアソン分布

2000年2月から2024年3月までの情報をホームページからデータを取得し、日毎のイレギュラー運航発生件数を計測した結果が以下の通り。

$$
\begin{array}{|c|c|c|} \hline
日毎の発生件数(件) & 日数(日) & 理論値 \\ \hline
0 & 5100 & 5059.84\\ \hline
1 & 2766 & 2815.42 \\ \hline
2 & 776 & 783.28\\ \hline
3 & 148 & 145.28\\ \hline
4 & 31 & 20.21\\ \hline
5 & 5 & 2.25\\ \hline
6 & 0 & 0.21\\ \hline
\end{array}
$$

イレギュラー運航が1件も発生しなかった日が5100日、1件発生した日が2766日…といった具合。
(掲載されていたデータの中に、6件、全く同一のデータが2つずつ掲載されていたので、それら6件については重複を削除して検証しました。)

日毎の発生件数はこの期間全体で平均0.556なので、$${\lambda = 0.556}$$のポアソン分布を当てはめたところよく一致してそうです。

イレギュラー運航の日毎の発生件数(ヒストグラム)とλ=0.556のポアソン分布の理論値

ここから先、本当は理論値と実測値の差を用いて、統計的にこのイレギュラー運航の日毎の発生件数がポアソン分布に従っているかを検定で確かめたいところですが、検定については今後学んで行く予定なので、それは後日に。

分布を知って何が嬉しいのか?

さて、イレギュラー運航の日毎の発生件数はポアソン分布に従っていそう、ということがわかりましたが、それを知って何が嬉しいのか、を考えてみたいと思います。

  • 今後、イレギュラー運航の件数を削減するためなんらかの対策を取ったとして、その対策の前後でイレギュラー運航の発生が減ったのか、変わらないのかを判断できる(可能性がある)。

  • イレギュラー運航が発生したときに対応する担当者が必要だとした場合、1件あたり対応にかかる日数を仮定すると必要な担当者数が分かる。

イレギュラー運航の発生確率は?

今回はポアソン分布を当てはめたので、期待値$${E(X) = np = \lambda}$$とし、全体としての試行回数$${n}$$や発生確率$${p}$$を求めませんでしたが、二項分布として捉えたときの試行回数や発生確率はどれくらいでしょうか。

今回は2019年の試行回数(運航回数)と発生確率を求めてみます。

全体の運航回数は、国の統計情報の「航空輸送統計調査」からの数値を利用しました。
イレギュラー運航の調査対象となる運航と航空輸送統計の調査対象の運航が必ずしも一致していないことには注意が必要ですが、今回はそこを無視して計算してみます。

2019年の全運航回数は、国内線が859,785回、国際線が156,959回で、合計が1,016,744回でした。

一方、2019年のイレギュラー運航の発生件数は189件でした。

従って、2019年のイレギュラー運航の発生確率は0.02%となりました。運航1万回当たり2件という確率ですので、ほとんどの人は一生の間で自分が乗る飛行機がイレギュラー運航になることはなさそうですね。

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