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人新世への覚書Ⅰ 夜明けに、雨鳥たちは
この思考に多くの緻密化や修正が必要とはいえ、一度「覚え書き」として整理し、手短に提示することにしました。ご意見あれば幸いです。書いてみて思うのは、この類の関心sorgeに学術的な手段を選んできた人たちのことを、私が学生でも学者でもないただの物好きという意味において、充分に敬えているとは言い難いということです。人間に反復される特異でありかつ些末なビジョンを、見渡してみたいと思わなくもないですが、それを生涯かけて探索するかもしれないし、しないかもしれない。
『人新世の存在論へ』
Ⅰ 絶滅 Ⅱ 幽閉 Ⅲ 格納~主体と環境の共生としての死なるもの
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覚書Ⅰ
「ようこそ、人新世へ。」
現代が、すでに〈 完新世 holocene 〉ではなく、別の地質時代に入っているとして、新たに提案されている〈 人新世 anthropocene 〉。人間による地球環境の大改変が原因だ。人新世ワーキンググループ(AWG)と、国際層序学会が公式化を検討しているが、いまだ想定上であれ、新たな地質学的環境が始まったなら、それは "1950年代" からだと科学者たちは合意している。これには科学的な客観性があるようだ。
産業革命と共に、戦争に特化した大枠の分業体制(国民国家)へと発達したヒト社会群が、二度の世界大戦を経て、そのマクロ・パワーを軍事から経済へとスイッチさせたのが、1950年代。生態系への人為圧力の甚大化と、厖大なる人工物の増殖は、これに始まった。このことは、人間による環境圧力の〈 大加速 great acceleration 〉と呼ばれ、社会段階と重症度に即せば、劇症化とも言える。
https://anthropocene.info/great-acceleration.php
人新世ワーキンググループ35名の内、人新世の採用を、3名は反対し、2名が棄権しているが、彼らは"変化の漸進性"に言及している。人間による環境圧力は指数関数で上昇してきた。始点に言及すれば、約12000年前に温暖で気候の安定した完新世が訪れ、初期文明の興亡が始まるまでに、陸上生態系の少なくとも4分の3が、旧石器時代の狩猟採集バンドによって植民地化されている。
今後、このまま現行の生態系が ” 6度目の大絶滅 sixth mass extinction” に至るならば、時系列としては、その現象はこの〈 ヒト 植民地の大規模化 〉に始まった。ともすれば、環境に対する人間の大歴史は、植民地の拡大 range expansionと、植民地の使用の強化(人工強化)の歴史として表れることになる。
Working Group on the ‘Anthropocene’ | Subcommission on Quaternary Stratigraphy
From the Cover: People have shaped most of terrestrial nature for at least 12,000 years - PMC
ヒトが、植民地化colonizationと人工化artificializationを通じて惑星を作り変えるまでのプロセスを、総じて〈 人間化 anthropization 〉と呼ぶ。新石器時代以降、農業は、自然を高度に人間化した。この人間化のプロセスは、社会が地上資源のフロー利用態から地下資源のストック利用態に移行(石炭・石油文明化)して以降、急性化する。産業革命以降、工業は、自然を重度に人間化した。
国民国家を媒介としたGreat Divergence(ヨーロッパの奇跡)と呼ばれる世界文明化の流れで、今日、人間化は〈 惑星都市 〉に至る。惑星科学者の松井孝典氏によれば、化石燃料や原子力を駆動力とした、現代文明の物の流れの加速度は約10万倍。我々の1年は、加速以前の地球システムの流れの10万年分に相当する。
だが、生命史上、最たる特異な生態系エンジニアecosystem engineer―――生息地の改変.構築者———であるヒトの技術-都市も、生態学的には、みすぼらしくてだだっ広い人間の孤城だ。珊瑚や蟻塚と違い、人間の都市は病的な砂漠に過ぎない。都市は、規定性としての廃墟であり、生態系のネットワークに寄与することなく重度の回復負荷をかけて、建設されつつ放棄されている。惑星都市に至った、現代世界のこの奇異なる技術化石technofossilsの増殖は、狩猟採集期の頃から土地改変を行ってきた人類の、劇症化した皮膚病的な末期症状といえるのかもしれない。(奇異と言うなら、すべての生物は奇異だろうが)
都市群がありそうもない美しい技術光を宇宙の夜に向かって投じているとしても、あの星団のような光の網は、生物圏を植民地化して破滅的に徴用している、10万倍速の物質循環となったヒトの技術圏(=文明)の表れであり、その奇光なのだ。
https://youtu.be/Q3YYwIsMHzw
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.091093698
SDGs(持続可能な開発目標)の基礎概念となったプラネタリーバウンダリーは、人間活動に引き起こされた環境危機を9つの要素に分類、整理し、人社会の安全な活動圏内を算出して図にしたものだ。事程左様に、気候変動climate changeは、9つの危機の内の主要な1要素であり、数値化や取り組みのし易さ、気候産業の延長で目立って、それが主だった環境問題であるかのように認知が進んでいる。すでに閾値を越えて軽視はできないにしろ、問題が複合的であると理解しなければ、あちらを立てればこちらが立たずといった具合に、総論なき各論としての炭素対策については徒労に終わるかもしれない。文明を包摂する、完新世の生物圏の再生・保全・継承が大目的だ。
〈 人間化 〉は、地球システムを完新世から人新世に移行させる、生物物理的な現象だ。〈人間化 anthropization 〉は〈人新世 anthropocene 〉を招致した。プラネタリーバウンダリーは、地球システムの人間化の諸内容と、閾値の超過を示して、そのことを根拠づけている。
また、その人間化を、生態系の回復resilienceを阻害する"症状"として捉えると、プラネタリーバウンダリーは、人間化の症状内容を意味することになる。加えて、20世紀半ば以降の〈 大加速 great acceleration 〉に至る、人間化の環境圧力が指数関数で増幅する統計のグラデーションは、人間化の重症度を意味する。
軽度・慢性から重度・急性へ。森から里へ、里から町へ、町から都市へ、都市の重層へ。人新世の時空化が進んでいく、このヒト・コロニー・システムの層位的な環境発達(ニッチ構築)を〈 人間化の亢進 〉と呼ぼう。地球システムの改変や大絶滅、それは当初から起きていたことの大規模化/強化の歴史に過ぎないのかも知れない。
次第にその全貌を明かし始めている、今日の "全体化した" 環境危機は、私たちが方向づけ、私たちを方向づけているものの総観される一つの結末のように思われる。
長い時間をかけ、近年急速に作り上げられた〈 人新世 〉の時空———人間が大地に織り上げた束の間のアラベスク———とは、生態系の回復力を人の改変力が圧し潰した 、〈 ヒト・後遺症としての自然 〉 のことだ。今日、私たちが見ているものの全景である。
![](https://assets.st-note.com/img/1737085548-jc4CaTgfOXPA6BeDFwQ8dKqt.jpg?width=1200)
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覚書Ⅱ
ここまでが、ヒトのニッチ構築がヒト以外の進化に与える影響、ないしその〈自然の変化と、その閾値〉について触れたなら、ここからは、ヒトのニッチ構築がヒトの進化に与える影響、ないしその〈社会の変化と、その閾値〉についてになる。環境危機には、この二つの閾が構造的に併行する。このことを、生命的文脈、身体的文脈における生態学的閉塞 (全体の行き詰まり) と呼びたい。生命と身体から取り残された知性的文脈が〈知新世 novacene〉に繋がるかどうかはわからないが、技術による生命・身体の高度なトランスが不可逆であるからには、ヒト - Homo sapiensは、かつてのネアンデルタールのような滅びゆく位相に置かれざるえない。ホモ サピエンスの黄昏だ。黄昏の歴史もまた層位的である。ヒトの歴史とは、複雑化する技術圏への幽閉の歴史でもあるからだ。どちらにせよ人間は、世界から身を引くことになる。
覚書Ⅱへ続く。