見出し画像

テネラル


 お見舞いに行った友人が透明になっていた。

「随分柔らかくなっちゃったよ。だから、まだ学校には行けない。」
と言い、友人はベッドに横たわったまま朧げに僕を見上げる。憂鬱にも眠そうにも見える微妙な表情だ。僕は、なんと声を掛けていいのか分からないまま、ベッドの傍に立ち尽くしていた。そんな僕の様子を見て、友人は「ほら」と苦笑いしながら手を開いて僕の方に向けてくる。肌が透明な膜のようになり、透かした向こう側に友人の血脈が見える。僕は、その絶え間なく流れる様子をぼんやりと眺め、綺麗だなあ、なんて思ってしまった。目の前の光景が現実のようには思えなくて。

友人は、『テネラル』になったらしい。『テネラル』とは思春期に誰にでも訪れる現象で、それまでの硬い皮膚を破って、新しく柔らかい皮膚が出てくるのだ。『テネラル』の時は、全身透明で白っぽくなってしまう。そのため皮膚が傷つきやすく、歩くこともままならない。しかし、「皮膚が柔らかく透き通っているほど上手に脱皮できたということだ」と、保健の授業で先生が言っていた。『テネラル』が終わればいよいよ大人になった証だとも。僕もまあ、いつかは来るんだろうと他人事のように聞いていた。実際、友人の姿を目の当たりにして本当に人が透けてしまうのだと驚いたぐらいだ。
ただ、普通、一晩で『テネラル』は終わるのに、友人は一週間も学校を休んでいる。
「傷つくことがいっぱいあるから、学校にはもう行きたくないんだ。」
と休む前日に、落ち込んだ様子で友人が言っていたことを思い出す。脱皮しても硬くなることのない体は、そんな友人の願いに応えようとしているのかもしれない。
「僕が透明な内に、また会いに来てよ。」
そう言って友人は弱々しく微笑んだ。僕は、逡巡した末に、
「・・・うん。」
と返事をした。そのまま、友人の姿から目を逸らし、俯いたまま部屋を出た。『君が傷つかないように僕が守るから。』と言えない無力な自分に心底嫌気がさす。僕は、友人に会いに行く資格なんてない。

次の日の朝、目の前は、透明なもやがかかっているように揺らいでいた。
窓の外に目をやると、向かいのマンションに光が反射しているのが、フィルムを通したように曖昧に見える。手を陽光に翳すと、脈々と真っ赤な血が流れていくのが見えた。
―そうか、僕も。

柔らかくて弱々しい皮膚は、僕らの心みたいだ。青春は、柔弱で澄んでいて瑞々しくて、一番美しい。

いいなと思ったら応援しよう!