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君はプレアデス⭐︎人
僕の住むアパートから徒歩五分。「プレイオネ」という新しいパン屋ができた。
早朝7時から開いている。
カフェコーナーもあるので、平日の朝、デュラムファインと惣菜パン、コーヒーを買って、食べてから仕事に行くのがお決まり。
小麦の素朴な甘みや香ばしさが味わえる素晴らしい店だ。
しかし、何より素晴らしいのは、一人で店を切り盛りしている彼女である。
人より頭一つ分飛び抜けた身長。すらっと長い手足。
くりくりと丸くて大きな目。
人形のように少しカールした栗色の髪。
こんな風に、垣間見ることしか出来ない僕にさえ向けてくれる優しい笑顔。
毎朝、彼女の「行ってらっしゃい」という言葉を聞くためにお店に通っているのだろう?と言われても否定はできない。
ーきっと彼女はプレアデス星人だと思う。
上手く人の中に紛れ込んで何事も無いように笑っているけれど、僕の目は誤魔化せない。
だって、人間だとしたら完璧過ぎる。
そんな疑念を募らせていたある日の朝。
僕はいつもの様にゆっくりとコーヒーを飲みながら、『今日の「茄子とツナのチーズマヨパン」は、茄子が旬だから瑞々しいだろうな』なんて考えていた時、
「あの、星とか好きなんですか?」
突然彼女から尋ねられた。
「えっ、す、好きってほどでは・・・・。」
素っ頓狂に裏返る声。
驚いて反射的に立ち上がってしまった。
立った勢いで眼鏡がズレたのを慌てて直す。
キョドったって思われるかな。ダサすぎ。
頬がかっと赤くなるのが分かる。
「でも、いつも読んでますよね。その本。」
彼女は慌てふためく僕を見ても気にせず、僕がページを開いたままテーブルの上に置いている本を指さす。
本のタイトルは、『星座事典』
「これは…その…最近調べたいことがあって。」
しどろもどろ答える僕に、
「何を調べているんですか?」
と彼女は間を置かずに尋ねてきた。
ぐっと言葉が詰まる。
『君がプレアデス星人じゃないかと疑っていて調べていたんだ。』
なんて、言えるわけない。
黙ってしまった僕を、彼女はキョトンとした様子で覗き込んでくる。
まずい、何か答えなきゃ…。
「あ、昴ですよね!私、一番好きなんです。」
僕が開いていたページを見て、彼女はにっこり微笑んだ。
昴はプレアデス星団の和名だ。
プレアデス星団にはプレアデス星人が住んでいるという。
プレアデス星団が一番好きだなんて、やっぱり彼女は…疑念が確信に変わっていく。
「僕も、一番プレアデス星団が好きです。」
すると彼女は「ええ!同じですね!」と嬉しそうに目を輝かせ、徐ろに顔を近づけてきた。
「…あの、十二月十四日、プレアデス星団が一年で一番綺麗に見える日らしいですよ。一緒に見に行きませんか?」
え?突然の展開に頭が追いつかない。しかし反射的に、
「行きます!」
と答えていた。
食い気味に言って引かれていないかな?と心配になったが、彼女は「やった!」と可愛らしくガッツポーズをした。
カランコロン。お客さんが来たことを知らせる扉の鈴が鳴る。
「では、ごゆっくり召し上がってください。」
と言いながら彼女は軽やかにレジの方へ去っていった。
―夢かな。まさか彼女から声を掛けられるなんて。ましてや、『星を見に行こう』と誘われるなんて。
そう思い頬をつねる。痛い。現実だ。というか十二月十四日っていつだ。スマートフォンでカレンダーを確認する。
「明後日だ・・・。」
迎えた十二月十四日(土曜日)の21時。
僕は、どぎまぎしながら「プレイオネ」の扉の前に立っていた。
『明日は早めにお店を閉めるので、21時にお店の前で待っていてください。』
平日にしかお店に来ない僕のことを見越してか、彼女は昨日そう言ってきたのだ。
暫く経って、
「お待たせしました。」
と彼女が駆け寄ってきた。
いつもは一つ結びをしている髪を降ろしていた。
夜闇の中で色素の薄い長い髪がふわふわ揺れている。
「全然待っていないですよ。お仕事お疲れ様でした。」
僕は買っておいた温かい珈琲を渡した。
彼女は「ありがとうございます」とそれを受け取って、
「おすすめの場所があるので早速行きましょうか。」
と心の弾みが伝わるような表情で言ってきた。
そのままお店の裏にある浜辺の方へ向かう。
潮の香りが近づく。
ザザン、ザザンと静かな波の音も聞こえてきた。
彼女の後について暫く砂浜を歩いて行くと、彼女が「着きました。」と立ち止まり僕の方を振り返る。
「へえ、こんな場所があったんですね。」
展望デッキのようなものが目の前にあった。デッキの階段を上ると一つのベンチ。二人でベンチに座った。
「そうなんです。海面に映る星が綺麗で、お店を閉めた後によく見に来るんですよ。」
「確かに、海が宇宙みたいだ。」
天の川のように揺らぐ波間に、星が煌めている。
僕は思わずその美しさに目を奪われた。
海面を凝視する僕の様子を見て、
「海の星もいいですけど、空も綺麗ですよ。ほら。」
と彼女は可笑しそうに言う。
「そうでした。プレアデス星団を見るのが今日の目的ですもんね。」
指摘された恥ずかしさを感じつつ、僕は夜空を見上げた。
遮るものが無いからか、いつもより空が広く感じる。
今日は晴夜なので、星もありありと見えた。
「プレアデス星団、どれでしょうね。」
「まず、おうし座を見つけましょう。」
なんて言い合いながら、彼女と一緒にプレアデス星団を探す。
「あ!」
二人で同時に声を上げる。あった。おうし座の「肩」の辺り、蒼く澄んで輝くプレアデス星団が。
「綺麗・・・。」
彼女はそう言って、大きな瞳をいっぱいに開き、六連星を見つめている。
僕も、密かに彼女の横顔とプレアデス星団を交互に見る。確かに綺麗だ。
「プレアデス星人って知っていますか?」
そう切り出したのは、驚くことに彼女の方だった。
「は、はい。」と答えながら、まさか自分自身の正体についてカミングアウトするつもりだろうかと少し身構える。
「私、自分のこと変だなって思っていたんです。なんか、人と同じ景色を見れていない気がするというか、周りに上手く溶け込めないというか・・・。まるで私は全く違う世界から来た人なんじゃないか、なんて。そんな時に『プレアデス星人』の話を聞いたんです。『地球は地球人が生きていくために作られているから、プレアデス星人の魂を持っている人にとっては、住みづらさや生きづらさを感じやすい』って。その話を聞いた時に、『ああ、私はプレアデス星人なのかもしれない。だから、全部仕方なかったんだ。』と思えたんです。気持ちがすごく楽になりました。それに、プレアデス星人は地球を平和にするために来ているらしいので、私も何か特別な使命があって存在しているって思うようにしています。だから一度、プレアデス星団を見てみたかったんです。」
どこかもの悲し気な微笑を浮かべながら彼女はそう語った。いつもの快活な姿からは想像できなかった。彼女が悩んでいたなんて。
なんだか僕も、正直に思いを伝えないといけないような気がして、
「僕、実はあなたのことを『プレアデス星人』じゃないかって思っていました。でも、それは変だからとかでは決して無いんです。外見も内面も人間とは思えないぐらいに完璧だと思ったんです。実は、僕も『生きづらい』と思うことが多くて・・・でも、そんな素敵なあなたに毎朝励まされているから生きてこれました。でも、今お話を聞いて僕と同じなんだなあって思いました。そして、今度は僕があなたの力になりたいとも。」
と勇気を振り絞って打ち明けた。
彼女はふふっと照れくさそうに微笑んだ。
「私もお客様も、もしかしたらプレアデス星人なのかもしれませんね。」
二人で顔を見合わせ、笑顔を交わし、プレアデス星団をもう一度見上げた。
―今この時、あなたと僕は、同じ光景を見ることができていますね。そう彼女に伝えようか迷いながら。