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蛇にキス③

お酒を飲みすぎてしまったのだろうか。気づいたら薄暗い部屋の中。見慣れているような全く知らないような。ここはどこだろう。・・・あれ?

隣にはポールダンスをしていた彼女が座っていた。上から不敵な笑みで僕の顔を覗き込んでいる。
「うわ!」
僕は、思わず跳ね起きて彼女を正面からまじまじと見つめた。
月の光に照らされ、発光するうなじ。顎下で切りそろえられた黒髪。微笑みをたたえる血が透けたように真っ赤なくちびる。
「あなたは何故ここにいるの?」
気付けば口に出していた。彼女は、黙ったまま僕のことを見つめていた。黒目の大きな瞳。長いまつ毛に縁どられている。真っ黒な水面にぼうっと僕の姿が映し出されている。その瞳に魅入られて、僕は動けない。蛇に睨まれた蛙のようだ。ややあって、彼女は唇を開いた。
「君のことを知りたくて。ねえ、教えて。」
ふっと鼻につく百合の匂い。たくさんの百合に包まれると安楽死できるらしい。彼女からは何故か死を連想させられた。
「僕・・・僕のことなんか知ってもつまらないよ。・・・普通に学校行って、普通に就職した感じ・・・彼女もいないし・・・たいしたことない人間で・・・。」
「君って、卵の殻の中にいるみたいだね。」
言葉を遮るようにキスをされた。ひんやり冷たいキスだった。彼女の舌のピアスが僕の口の中でかちゃかちゃと音をたてる。
「一つの世界を壊さないと、本当の意味で生まれてきたとは言えないの。」
妖艶に舌を動かしながら彼女は言う。
「自分を諦めないで。藻掻いて戦って。その先で待ってる。」
「待ってるって、どこで?」
むせかえるほどの百合の香りにつつまれて頭がくらくらする。

***

目が覚めると自分の部屋にいた。彼女の姿はない。
「夢だったのか・・・?」
ピロン。メールの着信音。画面を見ると、関西弁上司からだ。
『昨日は楽しんだ?飲みすぎたみたいやね。今日はゆっくり休んで。』
上司の顔が思い浮かぶ。いつも寝癖が付いているものの艶やかな短い黒髪、ビン底眼鏡の奥でいたずらっぽく煌めく瞳。
「あれ?もしかして。」

殻を破ったその先は、意外と近くにあるのかもしれない。

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