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賽の河原も令和だからさ 2話 「積みゲーしかない時代じゃないんだからさ」

「もう積みゲーしかない時代じゃないんです。親不孝な子どもに適切かつ効率よく苦痛を与えるには別の方法が必要だと考えます」

 賽の河原青森エリアを任されている餓鬼《がき》がプロジェクターに向けてポインタを振る。理路整然とした主張は、曲がった背中と異様に出っ張った腹には不釣り合いに映る。
 まずはここまでで質問はありますかと餓鬼は聴衆に尋ねる。すると、審査員のひとりである菩薩が顎を触った。

「僕もね、最近は救いの幅が小さいなって思ってたんだ。なんていうの、サプライズ感? このままじゃあ威厳ってやつを保てないと思っているんだ」
「ありがとうございます。では次のスライドをご覧ください」

 棒グラフが表示されると、菩薩を始め部長の閻魔も身を乗り出す。

「これは賽の河原に送還される人間の"世代"に関する情報です。親に先立って死んでいる若い世代の多くは、現世では"Z世代"と呼ばれています」

 Z世代とは、1990年代後半から2012年に生まれた世代だ。彼らはデジタルネイティブで、物心がつく前からインターネットとSNSがその手にある。

「我々が石積みで与えていた苦痛は、もはや彼らには通用しません」

 餓鬼の断定に、菩薩の眉が寄り、おでこの白毫《ほくろ》が動く。
 隣に座る閻魔部長も信じがたいとばかりに目を閉じて首を振っていた。怖い顔にいっそう畏れを増した。

「そこまで言うなら、もちろん餓鬼くんにはソリューションがあるんだよね」
「あります。ポイントは、徹底的に彼らの嫌がることを突くこと。我々は苦痛を与えるプロフェッショナルです、お任せください」

 言って、餓鬼は満を持してスライドを送る。訪れた勝負所にポインタを握る手が汗で滑りそうになるのを堪える。万一失敗すれば、菩薩に改心させられるかもしれないのだ。こんなことで職を失うわけには行かないと平常心を装う。

「これはZ世代の特徴を示したものです。彼らのデジタルネイティブという特徴は、"自由なつながり"という世代文化を生みました」

 スマホとSNSが当たり前にある世代ならではだった。彼らは自分の好きなことで他者とつながり、価値を感じないものには興味を示さない。逆に価値があるとわかればそこへの投資は惜しまない。
 これがどうしたというのだ、と閻魔部長が声を上げる。

「私が考える施策はこうです。まず、石積みであろうとなかろうと彼らを同じ河原で作業させません。ひとりきりにすることで、強い孤独感を与えます。次に、我々が閲覧していた"前略地獄"をサ終します」
「前略地獄ってプロフィールを共有するWebサイトだろ?あれで子どもの状況を把握してたじゃないか」
「あっ、いや、あれ管理者側で使ってるの部長くらいですけど……。しかし今回調査したところ、子どもたちが秘密裏に使っていたことがわかりました」
「えっ、みんな使ってないの?」
「前略地獄はSNSの要素を持っているので、このクソみたいな河原では十分機能してしまっているようです」
「なるほど。確かに誰も使っていないと思っていたから気にもとめなかった。一応写真も共有できるし、うまく共有することで石積み作業がSNSコンテンツになっていたということだね。どれだけ神々しい光を放っても効果半減なわけだよ」
「菩薩さんも?使ってないんですか?あのっ」

 さらに、と餓鬼は話を続ける。「彼らの秘密をリークするという形で暴くのです」とニヤリ口角を上げる。「鍵垢の運用をしていた子どもであれば、それこそ大きな苦痛を与えることができます。なるべく身内からのリーク風にして、恥ずかしい秘密を拡散して炎上させる。あとは勝手に周りの子どもたちがフルボッコにしてくれるでしょう。これだけで菩薩さんに泣いて救いを求めるほどの痛みが発生すること間違いなし。――ああ、それを狙うのであれば。フヒヒ、あえて同じ河原で作業させてつながりを作らせたほうが効果はあるかもしれませんね!」

 徹底した鬼仕草が得意な餓鬼らしい企画に、会議室が唸る。餓鬼は至福の瞬間を迎えたのか高らかに笑った。
 
「餓鬼くんさあ、大王が言うのも何だけど、本当に鬼畜だよね」
「あ、いえ、私は餓鬼道なので……」

 んなことはわかっていると喉まで出かけたが、閻魔は机に置いてある熱々の銅と一緒に飲み込んだ。

「提案内容が本当にひどい仕打ちでいいね、シナジーっていうか。石積みという伝統を守りつつながら、現代の文化を取り入れた良い案じゃない?ねえ閻魔さん」
「ええ、これは驚きです」
「転送されてきた子どもたちには現世で使っていたアプリを使わせることで、よりリアルな苦しみを与えられます。まさに天国から地獄、フヒヒ」

 菩薩と閻魔部長が顔を見合わせ、ささやき声が聞こえたあと何度か頷きが見える。
 鬼瓦は、餓鬼とプレゼンとは方向性が違うことに安心していたが、今にもこの企画が採用されそうな勢いに冷や汗がにじむ。待ってくれまだ何も始めていないんだ、と心が叫ぶ。

「青森エリアの提案がベストなのかと思っているが、他にこの案を超えられるという者はいるか。いればチャンスをやろう――」

 閻魔部長が会議室を見渡したチャンスを逃さず、鬼瓦はまっすぐに手を挙げた。このプレゼン大会は誰が提案したと思っている、逃してたまるものか。
 
「鬼くん。では、新潟エリアの意見を聞こう」
「新潟佐渡ヶ島エリア担当の鬼瓦です。よろしくお願いします」
 
 鬼瓦は丁寧にお辞儀したあと、プロジェクターを操作し自分のスライドを映した。

「私から提案するのは"鬼ごっこ"です」
「ほう、鬼が鬼ごっことは。面白いことを言うじゃないか」

 青森エリアの提案が頭に残る菩薩は、鬼瓦の発言を鼻で笑う。

「まあそうおっしゃらずに。鬼ごっこの遊び方はご存知ですか」
「鬼と人間に分かれて鬼は人間を捕まえる。捕まった人間は次の鬼となり、鬼は人間になる」
「その通りです。"この鬼になる"を、役割ではなく"本当の鬼になってしまう"としたらどうでしょうか」

 菩薩はハッと息を呑み「まさか」と声を上げた。

「名付けて"Demon Game"!ゾンビ映画は古来からありますし、現代であればゲームと称して殺戮を繰り返す作品がたくさんあります」
「流行りのデスゲームものか!これはこれでアリだ。彼らが死ぬ前に、この僕が救いに行くのだろう?」
「ええ、もちろん」
「フフンいいじゃないか続けてくれ」
 
 菩薩の鼻息が荒くなったことで鬼瓦は手応えを掴む。姿勢を正すと、鬼瓦は畳み掛ける。

「ちなみに、鬼ごっこを提案した理由はまだあります。鬼ごっこの起源をご存知ですか?」
「いや知らないな。閻魔さんは?」
「ああ、あれは"ことろことろ"ですね。"子を捕ろ子捕ろ"とも書いたりします。あれは平安時代だったかなあ。親・子・鬼役で分かれて、鬼が親から子を奪う遊戯なんですよ、懐かしいです」
「閻魔部長さすがです。見てきたかのような説明お見事」
「いや紛れもなく見てきたんだけど……まあいいよ。それで、ことろことろがどうしたって」
「我々は大昔から賽の河原で子どもに対して苦痛を与えてきました。その理由は何だったでしょうか。――そう、親より先に死んだことへの償いです。身を持って、お前の罪は重いと知ってもらう狙いがありますね。ことろことろは親から子を奪うゲームです。このゲームを通じて、彼らは『子を現世から奪われた親の苦痛』を疑似体験することになります」
「親役は守っていた子どもを奪われて食われ、鬼に変えられるというわけか」
「子役は二度死ぬ苦しみを。親役は奪われる苦しみを。彼らの苦痛が限界に達し、救いを求めて来たら――」
「なるほど。この僕、菩薩の出番か」
「はい。私のライティング技術で、これまでで最も神々しく写してみせます」
「おおッ!」
 
 菩薩は思わず立ち上がる。勢いで椅子が後ろに吹っ飛んだ。

「この鬼ごっこなら、本来あったはずの賽の河原の役割を維持しつつ、鬼・菩薩本来の存在意義も果たせるでしょう」
「本質的だ」
「ただいたずらに苦痛を与えるとハラスメントになる時代ですからね。地獄に法律はないですが、あまりやりすぎると菩薩殿にも迷惑がかかるかと」
「フフンそれもそうだ。せっかく確約されている如来ルートから外れるのは僕としても困る」
 
 鬼瓦は青森エリアの餓鬼を一瞥する。餓鬼の口から赤い呼気がモアモアと火事のように上がっているのを見てほくそ笑んだ。

「しかし鬼にされた子はどうやって救うつもりだ?」
「鬼が食った瞬間に菩薩殿の元へ転送しましょう。それで、救ってください。もちろん他の子にはバレないようにやりきる必要があります」
「いいだろう」
 
 菩薩は手を叩くと、指先を天に向けて神々しい声音で結論を説く。
 
「現世の親へ思いを馳せ、鬼となった友の心を引き継いで救われる。これワンチャン映画化あるのでは?ゲーム始めたらコンバージョンレート《救済率》は確認しておいてくれよ!」
「では、この企画で行きますか?」
「どうですか閻魔さん。僕としてはSNS炎上も発想は面白かったけど、こっちはよりハートフル展開になりそうで気に入りました。何より、SNSをやっていない人はいても、親がいない子は存在しないですからね。より大きなインパクトを見込めると思います」
「ですかねえ。新規性はないですが、あえて起源を持ち込みつつ現代の流行りを取り入れているのはいい発想です」
「部長鋭いですね。Z世代にはレトロブームの文化もあります」
「オッ、そうなのか。レトロなら若い連中に知識は負けんよ?」

 ガハハ! と閻魔部長の笑い声が会議室に響き、新潟エリアの鬼ごっこ企画の採用が決定した。

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