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ゴーギャンの妻(15)[小説]

 この男、国語や算数の授業もそつなくこなしていたのだが、校長が驚いたのは「校長先生、講堂のピアノを弾いて良いですか?」と問うた時である。講堂には村の篤志家が寄付したピアノがあるのだが、村の誰にも弾けるものがいない。まして男である。
 
「え、いいですけど先生が弾くんですか?子供に聴かせるんですか?」
「いえいえ。それでまず高学年にダンスを教えようと思いまして。」
「え?ちょっと待ってください。ダンスは学校では困ります。」
「はは。大丈夫です。フォークダンスをやります。」
「フォークダンス? でも男女がくっつくでしょう。」
「男女七歳にして席を同じゅうせず、ですか? 校長先生、もう戦争は終わったんですから、西洋と同じく席を同じゅうせよ、です。」
「わかりました。そうですよね、まったくその通りだ。まあ高杉先生に一任して、もし父兄から文句が出たら私がそう言って対応します。」
 
 ありがとうございます、と言うや否や、和夫は講堂に40人しかいない5、6年生をあつめた。そしてピアノを「両手で」伴奏しながらときおり「マイムマイムマイムマイムマイム・ベッサンソン!」と歌ったので生徒たちは口をあんぐりと開けてそれを見た。
 和夫はまず5人ほどの子を選んで自分を入れて隣の異性と手をつながせ、円をつくり、回ること、ステップすること、円を縮めること、1拍拍手してとなりの子とハイタッチすることをやってみせる。他の子も食い入るようにそれを見つめ、覚えようと必死になった。
 
 大成功だった。40人が2つの円をつくり、見よう見真似で踊り始めたが、和夫のピアノに合わせてほとんど完璧な楽しいダンスになっている。見ていた先生たちは大拍手を送り、校長先生も感動にぼーっとなっている。
 
 このニュースは狭い村をあっという間に駆け巡った。
 
 体育館の隅は「見学者」という名の村中の若い女性でいっぱいになった。彼女らの目当ては「パーマをかけた外人のような背の高い先生がやってきたのを見るため」にであり、その人が「ピアノを両手で弾いているのを見るため」にである。
 
 ダンスの方は「マイムマイム」の次に簡単な「ハートオブダイヤモンド」をやった。これは男女が腕を組みブレッシングステップをして回るだけの簡単なもので、男女が一緒に踊るなどありえなかったI村(日本全国の学校がそうであったろうが)に新しい戦後の時代が到来したことを皆に知らせる象徴だったのかもしれない。
 
 桐谷詩子と高杉和夫が「仲良くなった」ことはすぐに村中に知れわたった。

>続く

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