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ゴーギャンの妻(2)[小説]

 昨夜「ヒロカズ~~!、ウタ子さんから電話ーー。」と祖母が呼ぶので(え・・・また面倒な用事か?)と思いながら出ると、案の定、母は「話があるから、明日2時に帝国ホテルのロビーに来て。」という。この人は僕が受験生であることさえ認識していない。もう慣れたけれど。 
 母が一方的に電話を切るから、翌日は勉強を減らし帝国ホテルへ向かう。どうせまた家庭裁判所の書類の英訳だろう。母はハワイの日系弁護士のエージェントをしていた。エージェントと言えば聞こえは良いが、要するにこまづかいであり、仕事は日本人の血を引く赤ん坊を養子として欲しがる日系米人の案内役にすぎない。 
 
 2時15分前にロビーに入ると、母はまだ来ていない。母はブランドの服しか着ず、ホテルと言えば帝国ホテルが最高だと思っている、そういう人だ。さらに、「昔は、帝国ホテルのフロントで受付をしていたのよ。」と口癖のように何度も何度も言う。 
 
 そんなのはウソに決まっている。
 
 母はアルファベットもろくに読めないのだ。ハワイから養子縁組に来るのは日系人だしアメリカ領事館の人はこちらが英語ができないとわかるとすぐに日本語に切り替えるのでなんとか用は足りるのだが、帝国ホテルのフロントならネイティヴのように英語が読め、英会話もこなさなくてはならないはずだ。まあ、たぶん他人にあまり言いたくない仕事をしていたのだろう。女ひとりで都会で生きていくのは楽ではない。僕は少しませた高校生だったので、この点を突いたことはない。
 
  ロビーのソファにおずおずと座っていると母はすぐに来た。

>続く 

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