#91 ‘脱’地域密着が進むVCのスタートアップ投資
ベンチャーキャピタルが地域密着型のローカルビジネスであることはよく知られています。それぞれ地域の人々と関係を築き、彼らが作ったスタートアップに投資するのが基本モデルだからです。シリコンバレーは、最も有名な例です。シリコンバレーを指すサンフランシスコ・ベイエリアは今もVCの投資が最も活発に起きている地域です。たくさんのVCとスタートアップの創業者がここサンフランシスコ・ベイエリアに集まっています。
それは、IR資料やリサーチレポートから情報が取れる株への投資とは違って、VC投資における情報収集は創業チームから直接会って話を聞くか他のVCなどから教えてもらうしかないからです。たくさんの投資家や創業者がシリコンバレーに集まったのもその理由です。サンフランシスコのカルトレイン駅のすぐ近くにあったThe Creameryというカフェは、長年VCと創業者が会う場として愛用されていました。そこに座って周りの話を聞くだけで色々な情報が取れたという人もいるくらいでした。私もそこで多くの創業者と投資家に会っていたのを今もよく覚えています。
しかし、もうお察しの通り、このトレンドは変わってきています。今、VCたちは自分がオフィスを構えていて、人を張っている地域以外での投資も増やしつつあるのです。
コスラ・ベンチャーズ(Khosla Ventures)とファウンダーズ・ファンド(Founders Fund)は、シリコンバレーのトップクラスのVCです。彼らのチームメンバーのほとんどは、サンフランシスコ・ベイエリアに集中しているにも関わらず、全体投資におけるカルフォルニア州以外での投資の割合が年々高まってきています。
それは、2つの変化によってもたらされていると考えます。1つ目は、今や成功的なスタートアップはどこでも生まれてくるということです。この記事やこの記事でも取り上げたように、今はどこでも良いスタートアップが生まれます。例えば、2016年フィラデルフィアで設立されたdbt Labsというスタートアップは、現在$4.2B(約6,000億円)のバリュエーションがついている急成長中のスタートアップです。また、オハイオ州のコロンバスで設立されたOliveも$3.9B(約5,600億円)の評価額はがついているスタートアップです。これら以外にも今まではスタートアップ界では不毛の地だと考えられていたところでも次から次への成功的なスタートアップが生まれてきているのです。
もう一つの変化は、VCと創業者が同じ物理的な場所にいなくても、お互いを見つけ、会うことができるようになったということです。例えば、データ分析を通じたディールのソーシングも一般的になってきている中、必ずしも誰かに会わなくても投資案件を見つけることができるようになりつつあります。また、Zoomのような生産性向上ツール使用の定着は、誰もがどこからにでも自由にコミュニケーションができるようにしてくれています。
これは国境を越える場面ても起きています。シリコンバレーのトップクラスのVCの中には、必ずしも海外にオフィスは持ってなくとも、他の国のアーリーステージへの投資を増やすところも出てきています。
もちろん、誰もがこのトレンドに追随しているわけではありません。グレーロック(Greylock)のような他のトップクラスのVCは、今でもシリコンバレーのスタートアップに主に投資しているのです。
しかし、多くのVCにおいてそれぞれ地域への依存度は益々弱くなっていくでしょう。このような流れの中、これから10年後もVCとしての高い競争力を維持するためにはどのような強みを持つべきかを考えるのは、全てのVCにとって重要なトピックになると思います。
The Creameryは2020年、潰れてしまいました。あの場所で色々なVC・創業者に会って投資の話やスタートアップの話をすることはもうできなくなりました。
References:
A requiem for The Creamery - https://techcrunch.com/2020/08/17/a-requiem-for-the-creamery