仮想現実の写真家-現実と仮想現実をつなげる写真展
2016年はVR元年と言われ、以降、多くの人がVRゴーグルを使って仮想現実に足を踏み入れた。あれから8年が経ち、仮想現実の世界には多くの文化が芽生え成長している。そのうちの1つ、バーチャルフォトグラフという仮想現実の写真文化を紹介したい。
仮想現実の写真家(バーチャルフォトグラファー)として活動し、現実と仮想現実の境を超えて写真展を開催するAmaNeko氏に話を聞いた。その取り組みからは、多くの人を惹きつけてやまない仮想現実の魅力が見えてきた。
Virtual Photography Showcase 2024
2024年5月5日、東京都渋谷区にある弘重ギャラリーには40名ほどの人が集まっていた。4月30日から始まった仮想現実の写真展Virtual Photography Showcase 2024(VPS2024)の会場だ。会場内には約30点の写真が作品として展示されていた。現実を撮影したものではなく、仮想現実の人や世界を映し出している。全てコンピューターグラフィックスの写真だ。
写真展にはバーチャルフォトグラファー、VTuber、クリエイターら6名が出展した。加えて、大丸・松坂屋アバター企画展”tsunagaru”が会場内で開催。この日は写真展の最終日で出展者のトークイベントもあり、会場は満員の様相だった。
仮想現実の写真とは
仮想現実はVRゴーグルを使って見ることができるもう一つの世界だ。現実と同じような見え方が再現される。現実との違いは、そこがコンピューターグラフィックスで作られているということだ。
仮想現実において、オンラインを通じて人と人が交流する世界をソーシャルVRと呼ぶ。その有名なプラットフォームの一つ、VRChatが今回開催された写真展の舞台。そこでは現実と変わらず写真を撮る。
「何か撮りたいという気持ちに対してシャッターを押す行為は、バーチャルもフィジカル(現実)も全く同じです」。
そう話すのは、仮想現実の写真展VPS2024を主催し、バーチャルフォトグラファーとして活動するAmaNeko氏だ。
ソーシャルVRでは多くの人が写真を撮る。友だちとの写真、自撮り、美しい風景など。スマートフォンなどを使って現実で写真を撮ることと何ら変わりがない。そして、現実に写真家がいるように、仮想現実にもバーチャルフォトグラファーと呼ばれる写真家がいる。構図を練り、色彩を洗練し、写真を作品へと昇華する人たちだ。
現実に展示する試み
バーチャルフォトグラフの作品は、多くの場合、WebサイトやソーシャルVR内で展示される。一 方で、AmaNeko氏が主催するVPS2024は、デジタルを飛び出してフィジカルでバーチャルフォトグラフを展示する試みだ。その狙いはバーチャル文化の発信であるという。
「日本では6〜7年前からVRChatのユーザーが増え始め、面白い文化が積み上がってきました。しかし、VRChatは、まだ限られた人が利用する特殊な空間です。VRChatを知らない人や、興味はあるけど体験することが難しい人にその面白さを届けたい。そのためにフィジカルでの写真展を開催しました」。
AmaNeko氏は”写真を通じてバーチャルとフィジカルをつなげる”をテーマに活動する。それでは、ふだんソーシャルVRと関わりがない人に、VPS2024の作品はどのように映ったのだろうか。
「知らない世界の写真だと感じた方が多かったようです。私たちの写真に関心を向けてくださる方がいて、コミュニケーションを取ることができました。バーチャルフォトグラフが写真に見えるのか、イラストに見えるのかという問いかけをすることもできました。かなりいい手応えを感じています」。
AmaNeko氏は1年前にも、現実にバーチャルフォトグラフを展示する個展「偽物の写真展」を開催した。今回開催したVPS2024は個展から共同展となり、1年前に開催した個展よりも2倍以上の人が来場した。着実にバーチャルフォトグラフの認知を広げている。
このような発展は、AmaNeko氏の粘り強い活動があってのものだ。仮想現実の写真を現実で展示する試みはまだ多くはない。実現にあたりAmaNeko氏は何もないところからスタートした。
「私はイベントの主催経験がほぼなかったのです。VPS2024に出展いただいた方とは、繋がりがなかった方も多く、飛び込み営業のように参加をお誘いしました。なかなか勇気のいることでしたが、世の中、頑張る人に優しい人が多く、みなさんぜひやりましょうと答えてくださいました」。
写真展の開催には、会場費や機材などお金がかかるもの。VPS2024では会場でグッズや図録などの物販も行われ、有志のサポーターからの支援も取り付けた。
「もちろん儲かるなんて話はないですが、写真展の開催で色々な方とつながることができました。 新たな取り組みが広がる可能性もでてきて、開催して本当に良かったです」。
多くの人を惹きつけるソーシャルVR
AmaNeko氏を始め、写真展に出展したバーチャルフォトグラファーの人たち、サポーターとして支援をした人たち、写真展には多くの人が関わり開催に至った。写真展の背景にあるもの。それは、彼らを惹きつけてやまないソーシャルVRの魅力だ。AmaNeko氏はソーシャルVRをもう一つの現実だと定義する。
「多くの人がバーチャルで生活し、新しい文化が生まれ、さまざまなジャンルの作品が発表されています。そこはもうリアルと変わらない場所です。だから僕はリアルという言葉を使わず、フィジカルという言葉に置き換えるようにしています。なぜかというと、バーチャルもフィジカルもどっちも人が生きるリアルだから」。
そして、ソーシャルVRの特徴は情熱だと語る。
「バーチャルの世界というのは、情熱を持った方が多い場所です。みんな何かしら諦めきれてなくて、何かをやっていきたくて、もがいている人たちがすごく多い。そういうところから生まれる作品だったり、活動や文化は美しく見えて、僕はめちゃめちゃ好きなんです」。
ソーシャルVRでは、さまざまな創作や研究が行われている。写真はもちろん、茶道、華道、演奏、ダンス、アイドル、学術、哲学、宇宙など挙げればきりがない。情熱的な人が多いので、それにあてられ一人、また一人と新しいことにチャレンジする人も増える。ソーシャルVRの特徴といえる。AmaNeko氏もその情熱にあてられた一人だ。
「バーチャルフォトグラファーを目指すにあたって、格好がつかない話ですが、この世界で自分も目立ちたいと思ったんです。尊敬するバーチャルフォトグラファーの方や、高い技術をもっている方々。その人たちに並びたい。どうしたらいいのか考え、僕のテーマとしてフィジカルでの写真展を思いつきました」。
かくして、AmaNeko氏はバーチャルフォトグラファーの道を歩み始めた。先人や書籍などから学び、経験を積み、現実での写真展の開催を実現する。
バーチャルフォトグラファーの今と未来
現在、AmaNeko氏はプロのバーチャルフォトグラファーとして活動を模索する。ソーシャルVRで行われるイベントの撮影スタッフの仕事も請け負った。だが、バーチャルフォトグラファーとして食べていくのは容易ではないという。
「実のところを言えば、バーチャルフォトグラファーの仕事は少なく、お仕事が欲しいなって思いながら、SNSに作品を投稿する日々を送っています。バーチャルの世界が発展すれば、バーチャルフォトグラファーの仕事も増えるかもしれません。僕はバーチャルでご飯を食べていきたい。難しいことだけど、そのやり方を探りながら頑張っています」。
AmaNeko氏はバーチャルフォトグラファーの活動を続け、2025年にも写真展を開催する予定だ。
「バーチャルの世界を知らないのは勿体ないと思いますし、見せてあげたいという気持ちもあります。多くの人がソーシャルVRにぜひ来てほしいです」。
ソーシャルVRで芽吹いた文化は成長を続けている。現実で開催された写真展はそのひとつの現れだ。現実で行われる仮想現実の写真展、一見、奇妙にも見える取り組みだが、その背景には、ソーシャルVRの魅力を伝えたいという情熱があった。現実と仮想現実をつなげる写真展が、ソーシャルVRを始める誰かのきっかけになることを期待したい。