自分がされて嫌なことは、どこまでいっても“自分が”されて嫌なこと
おはよーございます。ふつーに連続投稿さぼってます。
電車でカップルが前の座席に座ってて、ふと気を遣っていた昔の元カノを思い出しました。そこで、他人との境界が曖昧だったなーってこともついでに思い出しました。ていうか昔ほどではなくても今もそうです。
なのでその事について書きます。
他人との境界が曖昧っていうのは、例えば、自分が嫌な事を「相手も嫌だと思ってるんだろうな」と思い込んでしまうよーなことです。
俺の場合、距離が近くなればなるほど、仲良くなればなるほどそれが曖昧になります。他人と自分の区別が付きにくくなります。
一番印象的だったのは、冒頭で出てきた元カノです。
付き合う前は、テキトーな感じで接してたし、ラフに接することができるのが楽しかったのでいいなーと思ってました。向こうもふざけたこと言ってくるし。
でも、付き合ったら、なんというかザ・カップルみたいな感じになりました。特に相手が。それでも楽しいのは楽しいんですけど、付き合う前みたいな冗談は言えなくなりました。
イジったりしようもんなら機嫌悪くなったり、落ち込んだり。とにかく女の子というかお姫様として扱ってくれないと機嫌を損ねるみたいな。
そしたら「これしたら向こうは嫌がるんだろうな」とか「これ言ったら向こうは嫌がるんだろうな」とか分かるようになってきます。
でもその中に「相手がされて嫌なこと」じゃなくて「俺がされて嫌なこと」ってことが紛れ込んできます。
つまり相手は気にしてないけど自分がされたら嫌な事も相手にしなくなります。
例えば、自分は顔をベタベタ触られるのはあんまり好きじゃないです。ベタベタどころか軽く触られるのも苦手だったりする。
でも、好きな相手に顔を撫でられて喜ぶ人だっている。
同じ行為であっても、自分がされるのは嫌でも、したいならすればいいと思います。
上の例で言うなら、自分が顔を触られるのは嫌でも好きな相手の顔を撫でてあげたいと思ったら撫でればいいのです。
そこで相手に嫌がられたってそれは自分が悪いんじゃなくて相性が合わないだけだから。
ま、もちろん「しね」とかどうとっても悪口みたいなことを言ったりするのは論外だよ。
「人にされたら嫌な事は自分もしてはいけない」みたいなの子供の時に耳にタコできるくらい教えられたけど、「誰がどう考えても100人中100人がされて嫌な事は人にはするな」くらいの意味に置き換えて覚えとこ。
そうしないと、自分の意思で動けなくなるよ(自戒)
今日も投稿できてラッキー✌️