夢七夜(完結)
(ふりがな含めて編集時の文字数カウント15000字強の作品です)
収録先
表紙
※この小説には、挿絵(紙媒体で作成した個人誌……もちろん自作です……を元に撮影したもの)等、画像が入っています。
作品紹介
作品紹介
みちなき みちなる とびらを ひらいて
ゆめみし せかいへ ゆくみち しるす
さんかく とりいの やまのうえ
めぐり めぐりて やまのうえ
ねがいの かなう いどのなか
ねがい ねがいて のぞいては
みたまの ゆくすえ やみよに あんじて
ななしが うたう いついつまでも──
(『ななしのうた』三番より抜粋)
語り手である“私”は、わらべ歌に出てくる山の上で、見知らぬ小さな女の子と出会う夢を見た。“私”と女の子は夢の中で対話し、それは、七晩に渡り続けられる。そこで語られる中で次第に明らかになっていく、“私”と女の子の意外な繋がりとは──?
“今ここにあること”の“えにし”を結ぶ摩訶不思議な物語。
解説・夢現の物語 織宿
扉
ぼくらのわくわく大学園祭
PC三枝生 七偲(さえき しちし) G0044
プライベートテイル
『夢七夜』
~小説家なPCが小説を書いたら~
作:新名 在理可(P.N.)
(にいな ありか)
2006.7.7.🦋
挿絵・表紙イラスト:
夢現の物語 織宿(!?)
(むげんのものがたり おりおる)
(PCアート)
装丁・編集:
新名 在理可
目次
〈目次〉
表紙
作品紹介(裏表紙)
扉
目次
序章 現の栞
第一夜 夏服の女の子とおじさん
第二夜 底の見えない井戸
第三夜 願いの井戸と童歌
第四夜 小月と神隠し
第五夜 絶望を知るための祈り
第六夜 告白
第七夜 時を越えた願いは……
幕間 夢見月の舞台裏で
終章 蘭月の夢
あとがき 真の作者によるひとこと
解説 著者アートによる裏話
編集後記
著者(PC)および著者アート紹介
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『夢七夜』
三枝生 七偲 著
序章 現 の 栞
こんな夢を見た。
七晩で構成された一つの物語の夢を。
それは、七日間に分けて見ていたわけだが、翌日の晩に見る夢の始まりは、きれいに前の晩に見た夢の終わりのシーンとつながっていた。
ただし、「予告」とか「前回のあらすじ」などはなく、……そう、夢から覚めて起きている間を栞として挟んでは、その箇所から続きを読み進めるというような、そんな感じ、と言うとイメージしやすいかもしれない。
第一夜 夏服の女の子とおじさん
朱く塗られた三本柱の鳥居の傍らに腕を組んで佇んでいると、少し離れたところに、年の頃は七、八歳といった、一人の小さな女の子が佇んでいるのが目に映った。
その女の子は黒髪のおかっぱ頭で、袖無しの白いワンピースを着ている。梅雨明けを告げる蝉の声が辺りに響く七月の日差しの中、これであと、リボンの巻かれた麦藁帽子でも被っていればより理想的であるものの、よく似合っていて可愛らしい姿の女の子だな、と思った。
私は女の子の方に向き直ると、組んでいた腕を解いて、安心させるように笑顔を見せてから、
「ここで、何をしているの?」
と、尋ねてみた。すると、女の子もまた、
「……おじさんこそ、なにをしてるの?」
と、尋ね返してきた。
そう、おじさんは、ここで……。何をしていたのか、あるいは、しようとしていたのか。ふと気がついたら、この朱く塗られた三本柱の鳥居……三角鳥居の傍らに立っていた、と言う外無い。いや、それ以前に、
「あのね、ぼくはこんな恰好をしているけど、この間、二十歳になったばかりなんだよ」
と、「ぼく」こと私は抵抗してみせた。
確かに私は、夏用の薄物の長着に羽織と雪駄という、私の年齢くらいで日常着にしているほうが少数という和装姿でいる。それに、傍から見ていると違和感を覚えるだろうが、私を「おじさん」と言っても可笑しくない、自分と数歳しか年の離れていない義理の甥が一人いる。今は亡き、一番上の義理の姉の忘れ形見だ。他にも年下の親戚の子たちがいて、そのいずれとも血が繋がってはいないのだけれど、年の差に応じて「おにいさん」や「おじさん」などと呼ばれて、まあまあ、慕われてはいる。……私の五歳違いになる二番目の姉の、“しつけ”の賜物……なのかもしれないけれど。
それでも、知らない女の子から「おじさん」と、この年で言われることに慣れてはいないつもりだ。いや、慣れてしまうことに一種の怖れのようなものを抱いて、無駄な抵抗をしているな、と判っていながらも反発しているという感じである。
白いワンピースの女の子は、私の言葉に瞬きして、小首を傾げていたが、
「でも、おじさんは、おじさんでしょ?」
と、問い掛けの形であるものの、結論を出してきた。……やはり、女の子には敵わない、という事なのか。
「ははっ、参ったね。……でも、本当にきみ、ここに何をしに来たの? ここへは勝手に入って来てはいけないんだよ。特にきみみたいな子供が一人で来るとね、迷子になりやすいでしょう? 神隠しに遭ってしまうよ」
私が、そう脅しともつかない説明をすると、女の子は、
「知ってる」
と言った。
第二夜 底の見えない井戸
「だったら……」
どうして、と続けて問う前に、
「知ってるから、ここに来たの」
と、女の子から答えがあった。
「……へぇ、そうなんだ」
と、思わず私は受けた。次には、まるでそれが当然の成り行きであるかのように、
「じゃあ、神隠しにあってもいいんだね」
と、訊いていた。
女の子は、こくんと頷いて、小さなおかっぱ頭を揺らした。
「本当に、いいんだね? ……あとで、きっと後悔する……あの時、あんな事にならなければ良かった、こんなはずじゃなかった、と思うかもしれないよ? それでも、いいの?」
そう、念を押すように問いかける言葉も、すらすらと出た。むしろ、私の方が誘い掛けているようですらある。それでも女の子の意志は揺ぎ無いらしく、私の目を、まっすぐに見上げている。
「それで、ぜつぼうを知ることができるなら」
と、女の子は言った。
「きみは、絶望を知りたいの?」
と、私は訊いた。
女の子は、直接それには答えずに、すっと、私の傍らに立つ、朱い三角鳥居の真ん中を指差した。そこには、三角鳥居の三本の柱に囲まれて、石造りの井戸がある。
「そこをのぞいてみても、井戸の底は見えないでしょう?」
確かに、女の子の言う通り、その井戸の底は無いと言えるかもしれない。その井戸は、雨乞いの儀式用に特別に造られた空井戸で、しかも、底に当たる下の空間は、岩屋になっていて、そこには小さな社が建てられている。
岩屋へは別に入り口があって、井戸の底にあたる社の所までは何基ものたくさんの鳥居が連なる道がある。儀式のときには、岩屋の上の三角鳥居の井戸……真名井の井戸と呼ばれる……と、その下の岩屋の中の社……真名憑神社と呼ばれる……の両方が、井戸の穴を介して使われる。ようは、井戸の上、三角鳥居の立つ場所を天上界、井戸の下、岩屋の中の社の立つ場所を地上界とそれぞれ見立てている。そして、井戸の中に水を注ぐことで、社の屋根の上に水が降って来る……あたかも雨を降らせたかのように見せることで、雨乞いの神様に雨を願うのだ。……この場所は、その為の儀式場だと伝えられている。表向きには、だが。
とにかく、下の岩屋も含めて井戸の底であると言ってもよいが、普通の井戸としては底が抜けて無い。だから、底は見えない、と言っても間違いではない。
私は、女の子に同意して、
「そうだね」
と言った。
すると女の子は小さく頷いてみせてから、
「でも、一人でその井戸をのぞくと、その人のねがうものが井戸の底に、うつって見えるんだって。そうすると、そのねがいは、ほんとうになるの」
と話した。
第三夜 願いの井戸と童歌
「……その話、誰から聞いたの?」
おそらくは、雨乞いの儀式をすると雨が降る、という言い伝えが、雨乞いの「願いが聞き届けられる」という部分のみが強調された形に変形したのだろう。そういう噂は、けっこう昔からいくつかのバリエーションを持って、ある。けれど、その内容の真偽となると怪しいもので、語り口が真実味を増せば増すほど、どこかに落とし穴があったりするものだ。たとえば、「神隠しにあう」などがそうだ。
だが、女の子が話した内容の噂は、今から六年以上前に、この辺りの子供達の間で広まった童歌の元になったものだ。しかし、元の噂そのものを知っているのは、限られたごく少数の者たちだけで、今でもそれを記憶の底に留めているだろう人物は、私と、私の数歳違いの義理の甥、その二人くらいだろう。いや、もう一人、当時すでに大人だった人物がいる。その大人の彼の「願い」こそが、「井戸の底を覗き見ると……」との「噂」を生んだとも言える。ある協力者の意向を反映した上で、だが。
とはいえ、その大人の彼は、彼の生み出した噂とともに姿を消している。当時、この辺りを騒がせていた連続放火魔の噂も、彼が姿を消した同じ頃に聞かれなくなり、代わりに、彼が犯人だったのでは? との噂で一時、もちきりであった。
だが、その真相は当時も、今も謎のままだ。ただ、彼が消えた事だけは確かな事実となっている。
そのせいもあってか、童歌こそ「無邪気な子供達の歌う歌」として広まり、今でも時々、思い出したように子供達の間で歌われているのを聞くものの、本体となる「噂」は伝わっていない。真相に最も近づいた当事者であるところの、私の義理の甥が、それを避けたから、というのもある。……童歌の方は、その歌詞に込められた「願い」をお蔵入りにするのが忍びなく、私が広めておいたけれども。
そういった事情を考慮すれば、現在、七、八歳の目の前の女の子が、六年以上前の話、それも、当時も隠されていたも同然の事を知っているというのは、どうにも妙な事であるのだ。
この辺りの疑問も含めての「誰に聞いたのか」との私の問い掛けに、白いワンピースの女の子は、どう答えれば私に伝わるだろうか、と考えている様子で、少しの間の沈黙の後、口を開いた。
「……めいやお兄ちゃん。冬みたいにすごくさむかった日に……、ここで会ったの」
この場所に来れて、「めいや」という名前を持つ、私が心当たりのある人物は……一人、いる。それは、私の義理の甥に当たる「明夜」だ。そしてもし、女の子の言う「めいやお兄ちゃん」と「明夜」が同一人物であるなら……。
第四夜 小月と神隠し
そうだ。この目の前の女の子の名前は……。
「ところで話は変わるけど……さつきちゃん? って確か、小さい月と書いて『さつき』と読むんだったよねぇ?」
と、私は訊いた。すると女の子は、
「うん……そう、だけど……?」
と答えた。そして女の子……小月は、どうして自分の名前を、今になって確かめたのだろう、というように、不思議そうな顔をしている。
私が女の子の名前が「小月」であると言えたのは、私の生い立ちに関係するが、まずは私が小月を知っていたからだ。そして小月は、以前に神隠しに遭っていたのだ。その時に、私の義理の甥の明夜に出会ったことになる。その時、たまたま私は居合わせなかったけれども、今年の二月のある日に、この場所で、今日のように夏の服装をしていた小月を明夜が見つけたそうだ。だが小月は、一晩、この三角鳥居の立つ山の麓にある、明夜の母方の実家……私の養家でもある……で保護された後、神隠しにあったように姿を消してしまったと、後で聞いている。
その時、直接私が小月の姿を見たわけではなかったので、すぐには、目の前の女の子が「あの小月」であるとは気付けなかった。……そういう事なのだ。
一人、妙に納得している私に、「あの……」と、小月が声を掛けてきた。
「さっきの話の続きだけど」
と言って、いったん口を閉ざした小月に、
「さっきの話、というと?」
どこまで遡るのかと思いつつ、私は話の先を促した。
「……井戸の底にうつった願いがほんとうになるという話を、だれから聞いたかっていう話。わたし、めいやお兄ちゃんからも聞いたけど、他にも二人、いるの」
ああ、その話か、と私は思いつつ、それに続く小月の話に黙って耳を傾ける。
「それで、さいしょに話をおしえてくれたのは、もう、そんなこと、わすれちゃったのかもしれないけど……おじさん、なんだよ」
少し、怒ったような口調で、泣きそうな顔をして小月はそう告げた。私は、ただ、
「……そうだね」
とだけ、言った。
そう、きみが「あの小月ちゃん」であるのなら、本当にそうなのだろう。だからこそ、私は、ぼくは、ここにいられるのだから……。
(ぼくは、忘れていないよ。ただ、「思い出して」いなかっただけなんだ。ぼくにとっては、あまりにも遠い――まだぼくが、この世に生まれてもいない頃の記憶、なのだから……)
そう、この場で言い訳してしまうのは簡単、なのだけれど。私自身、まだよく分かっていない、一方では、よく分かり過ぎているこの気持ちを今、ここで打ち明けてしまう事は出来なかった。……小月にはまだ、小月自身で選択すべき道がある。その妨げに私がなってはならないのだ。
第五夜 絶望を知るための祈り
「……で、もう一人は誰なのかな? ぼくに教えてくれる?」
私は、心とは裏腹に、残酷な質問をした。それを私が知ったところで、さほどの意味は無い事だ。けれど、小月がそれを答える事には意味があるのに違いない。……そういう事なのだろう。彼女は……小月は最初に、ここに来た理由を、「それでぜつぼうを知ることができるなら」と言っていたのだから……。
「もう一人、の人は……知らない人。怖い人。ううん、とても悲しい人。独りなのが痛くて、それが、すごく怖い……ひと。だから、わたし……祈ったの」
「……何を、祈ったの?」
私は、小月のすぐそば近くまで歩み寄りながら、訊いた。小月の前まで行ってその場で腰をかがめ、小月の目線の高さと同じに合わせた。小月は、泣きそうな顔をしていたから、彼女の頬近くの髪に、そっと、手を触れた。けれどそれで、彼女の目の縁に滲んで溜まった涙を、拭うことはしない。代わりに、もう一度、訊いた。
「きみが神隠しにあう覚悟をしてまで、きみは、何を祈ったの?」
「それは、言ってしまったら、うそになるの。だけど、きぼうはあるって。きぼうは、いつでも、ぜつぼうの向こうにあるって……ぜつぼうを知らなければ、きぼうのほんとうのいみもわからない。それで祈ってもらっても、それは、つみだって。なにも知らないことは、知らずに、だれかを傷つけていることに気づかない、つみだって……」
と、小月は語った。
「“その人”が、そう言ったの?」
と、私が訊くと、小月は頷いて言った。
「じゃあ、わたしは、ぜつぼうを知ればいいの?」
「絶望なんて……知らないほうがいいよ?」
私は、微苦笑を浮かべて、そう勧めた。
小月は、ひとつ頷いて、
「うん……その人も、そう言ってた」
と、顔を上げて言った。しかし、
「だったら、わたしはどうしたらいいのか、わからないよ。それだけは、わかった、けど……」
と言ったまま、俯むいて黙ってしまった。
私は、しばらく小月のおかっぱ頭の旋毛を見ていたが、目を閉じて、小さく溜め息をついた。それから小月の頭に手を乗せ、優しく髪を撫でてやった。
しばらくして小月は、それで気持ちが落ち着いたのか、
「……だから、祈ったの。そして、決めたの」
と言って、顔を上げて見せた。その顔には涙の跡もあったが、今日、ここで最初に会った時のような、強気な表情も戻っていて、こう、続けた。
「ぜつぼうを知ろうって。それで、ここへ来たの。この井戸は、ぜつぼうのふちにも行けるって聞いたから……」
第六夜 告白
私は、一応確認のため、訊いた。
「“その人”が、言ったんだね」
「うん、そう。……前にも、おじさんから聞いていた気がするけど……この間、聞いたばかりなのは、そう」
「……小月ちゃん、“その人”は、『明智 鏡司』と名乗っていたんじゃない?」
ある確信を持って私は、そう尋ねた。
「うん、そう。見た目は、ウェーブのかかった銀色に近い金髪だったり、青い目をしていて外国人なのに、変なの。そんなの、おかしいんだって言ったら、『私は、帰化して日本人になったので、その時に、明智 鏡司と名前を変えています。ですから、私がそう名乗ってもおかしくはないのですよ、お嬢さん』なんだって」
小月は答えて、明智鏡司がそうだと名乗った時の様子を語った。
「……でも、どうして、『あけち きょうじ』の名前をおじさんは知っているの?」
と、小月は訊いてきた。私は、
「それは……」
と言っていったん口を閉じ、充分に間をとってから……、再び口を開いた。
「……もちろん、それはぼくが、明智鏡司という男の事をよく知っているからさ」
口許に笑みを浮かべる事を忘れずに、私は続けて言った。
「それだけじゃない。ぼくは、明智鏡司の存在をこの世から消してもいる。……追い出した、と言うほうがあっているかな?」
それを聞いても小月は、私の言葉の意味を測りかねているのか、何の反応もない。
私は、小月の目線の高さに合わせるために腰をかがめていた姿勢から立ち上がって、腰の後ろに手をやり、やれやれ、といった感じで溜め息をついた。そして、言った。
「つまりは、ぼくは奴を殺したも同然だって事だよ。ぼくが奴を……明智鏡司を殺したんだ。この手で、この場所で……ほら、そこの三角鳥居の井戸の中に突き落としたのさ。死体は発見されなかったけど、とうてい生きているとは思えない。少なくとも、『この世界』においてはね」
私は薄笑いを浮かべて、小月の方を見下ろして見やった。小月は、私の告げた内容にショックを受けたのか、沈黙したままだ。
「きみは、聞いていなかったのかい? 明智鏡司から。『三枝生 七偲という名の子供に騙されて殺された』って。そして、『それで君に、私自身が絶望を与える事になるのが、私にとっての絶望に等しい』とでも、言われなかったかい?」
小月は、何か思い当たる節があるのか、ハッとして目を見張り、口許に手を当てた。それを私は冷静に、表情を消してじっと見ていた。
「三枝生 七偲というのは、ぼくの名前だよ。ぼくは、きみのおじさんじゃないんだ。きみの『叔父さん』の名前は、同じ『三枝生』姓でも、下の名前は違うんじゃない?
……そうそう、明智鏡司がぼくの事を『子供』だって言っていたとしても間違いじゃないよ。今から六年半くらい前の出来事だからね。今、二十歳のぼくでも、当時は十三歳と六ヶ月かそこらで、充分子供と言える年齢だったわけだし」
そこまで言って、いったん、区切る。
……小月ちゃんがぼくと勘違いしていた、「おじさん」の名前は、通称「名無思之 未生」こと「三枝生 未生」さんと言う。小月ちゃんの父親の銀之助さんの父、つまりは小月ちゃんの祖父である玄司さんの養子となり、銀之助さんの義弟となっている。だから小月ちゃんにとっては義理の叔父さんになる……らしい。少なくとも世間ではそのように通っていた。
未生さんの亡き母親は、ぼくと同じく異世界アラヤシキの出身であるらしく、未生さん自身も半分はアラヤシキの住人であったようだ。父親は日本人で、やはりすでに亡くなっているものの、代々三枝生家のある地元の有力者であり、その正妻の子である長男は現在、清廉潔白で有能と評判の……その実、虚栄心に満ちた俗人物にして老獪なる政治家であるのだが、未生さんはその異母弟になるらしい。その真相は当時も今も伏せられ、秘密とされている。
しかしその事がかえって歪みを生み、別の要因からの事件とも絡んだ結果、それに巻き込まれる形で、未生さんは、ぼくが生まれる少し前に享年三十五歳でこの世から姿を消している……。
未生さんが小月ちゃんと親しく話すようになったのは、未生さんが二十七、八歳、小月ちゃんが七、八歳の時で、今の小月ちゃんにとってはつい最近の事になるだろう。その時にはすでに、未生さんはこの三角鳥居の井戸の“底”にあたる、真名憑神社と、この山の麓にある名無思神社……どちらも、三枝生家の一族が代々管理している……の神主を務めていた。また、正式ではないものの妻帯者であり、彼の女性型アートの「実生さん」を妻としていた。
この事もまた明智鏡司との出会いと同様に、その後の小月ちゃんにとって少なからぬ影響を与えていたことは否めない。彼女の淡い初恋を、未生さんは叶えられなかったのだから……。
仕方の無かった事とはいえ、当時の未生さんは、どうしてもっと少女の想いに配慮できなかったのか? と、自らがこの世に留まれなくなる瞬間まで悔やんでいたようだ。彼は少女が、……小月ちゃんが、彼自身と同じく孤独を抱えている事に気づいていた一人だったから。彼女を一度でも拒絶してしまった責任を感じていたのだろう。
その悔恨が、ぼくの中にもある。
小月は、この時点でもまだ、私と、叔父さんとの区別がついていない様子だったが、それも仕方のない事なのかもしれない。私と、小月の言う「おじさん」こと三枝生未生とは、まったくの別人と言うわけでもないのだから……。
第七夜 時を越えた願いは……
小月はまだ、黙ったままだ。それはそうだろう。頭の中で一生懸命に計算してみたって、出てくる答えは、常識的に考えて出てくる答えといくら突き合わせてみても、合うはずもないのだから。
「……つまりはね、きみがずっと暮らしていて、明智鏡司と出会った場所の時間と、今ここにいる場所の時間の流れ方は同じであっても、生きている時代が違うんだ。……明智鏡司は、きみから見てずっと未来になる時代から、きみのいる時代に行った。一方のきみは、きみのいた時代からみて未来になる、ぼくのいる、そして明智鏡司もかつていた時代の続きにある、この場所に来たんだ。きみは、ぼくから見て過去の時代から来た人間なんだよ。……ぼくの言っている事、分かるかい?」
少し意地悪な表情をしてそう尋ねた私に、小月は、やや間を置いてから小さく頷いてみせた。
「……でも、どうして?」
どうして、過去と未来を行き来できたのか、という事か? それとも、どうして、明智鏡司を小月のいる過去の時代へと突き落としたのか、という事だろうか? 私は、小月のその疑問へと答えて言った。
「それはきっと……ぼくが、きみがここへ来ることを望んだからだよ。その三角鳥居の中の井戸を覗いた時に、ね」
私はそこで、すべてを伝え切れない事へのもどかしさと、力の足りない自分への不甲斐無さ、悔しさへの感傷に浸りたい衝動を抑えて、苦笑した。私は、心で泣いていた。
「きみだって、祈ったでしょう? 絶望を知る事になっても構わないと思うほどに。自分が神隠しにあっても掬いたい、希望を求めて来たんでしょう、ここまで。だったら……」
私は、願った。それをきみに与えたいと。けれどそれは、生易しいことではないから。私はこう誘いかけた。悪魔が耳元で甘く囁きかけるように、
「きみは、ここで絶望も希望も忘れるべきだ。きみの『さつき』という名前以外、すべての思い出を忘れて、ぼくとこの時代で一緒に暮らさないかい? ……そうして、ぼくと同じ時を過ごすのならば、きみは、きみの求めた希望に巡り会うことが出来る。でも、それにきみは気づけない。それこそが、きみの知る絶望になるから……。きみは、そうするだけの覚悟はあるかい? もし、そうであるなら、ぼくはきみに協力する。きみの力になると約束するよ、小月ちゃん……」
きみは、過去の人間だ。それなのに、今、きみから見て未来の時代にいる……。きみには、きみのまだ知らない思い出があるんだ。……それと引き換えに、きみの祈りを聞いてもいいよ。きみの願いを叶えてあげるよ。
そして、小月の出した答えと私への返事は……。
──。
目が覚めた私の頬には、涙の跡があった。
目覚めの気分は、それなりに爽快だった。喩えるなら、雨上がりの庭の空気だ。
庭はまだ濡れたままで、屋根の縁や庭木の葉から雫がポタリポタリと落ちるのと、夜明けの次第に明るさを増していく様とが、庭に面して開いた障子戸の向こうに一枚の生きた絵となってあり、部屋のこちら側からそれを見ている。部屋の中は外に比べてまだずっと薄暗く、空気も重く澱んでいるのだが、わずかに朝の微風が、そっと忍び込むように入ってきて、それは雨が上がったばかり故の湿った空気を含んでいたが、それすらも、ひんやりとして心地好く感じた。……そうこうしているうちに、夜は明けきってしまい、憂いを帯びた景色は、カラリと晴れやかなものへと様相を変えてしまった。それは受容れ難くもある変化だが、まだ濡れた跡の残る庭木の葉たちが、キラキラと朝日を反射して光っているのが奇麗だ。それを眺めていると、いつの間にか、とてもさっぱりとした気分になって、つい、今し方見た夢の事など忘れてしまえる……そんな感じである。
もちろん、夢の事は忘れてはいない。今も、この胸に残っている。
これもまた、夢なのだから……。
○
幕間 夢見月の舞台裏で
「……ねぇ、りおさん、こんな夢を見たよ。もう、二年と三季節ほど前の出来事になるんだけど……懐かしいなぁ。ぼくも若いけど、小月ちゃんも今よりももっと小さくってさぁ、可愛かったなぁ。今でも、そうなんだけどね」
「……」
「でも、このままでいいわけない、か。まぁ、そうなんだけどね。こればっかりはさ、小月ちゃん次第で、“答え”を見つけるのはぼくじゃありませんから。ぼくはぼくで“答え”を持っているし、それを確かな形にしたい。どんな手を使ってでも必ず手に入れてみせる、と思っているけど」
「……」
「わかっているさ。あくまでぼくは、ただ語り掛けるだけ……。その中で“誘導”するくらいはしても罰は当たらないと思うけどね」
「……」
「わかってるよ。ぼくときみは同じ穴のムジナではあるけど、敵でもないけど味方でもないんでしょ? りおさんと何年、付き合っていると思ってるの? ……でも、ぼくに思う所があるならさ、ちゃんと面と向かって説教してくれなくちゃ! それが、長年付き合ってきた、りおさんの役目でしょ?」
「……おまえがわかっていてやめるつもりの無い事については、俺は何も言わん」
「え、ちょっと何、それ?! りおさんの中では、そういう判断があったの!? 何となく、薄々気づいてはいたけどねっ!」
「おまえは、そういう奴だ」
「……自分でもそう思ってるってのが、駄目な所だね、ハハッ。ぼくは最低俗悪な人間で腹黒さ百%の男です、ってね。アハハハッ」
「……だが、俺はおまえのそういう所に、救われている部分もある。……あまり、認めたくは無い事だがな」
「……。へぇ、そうなんだ。まぁ、それはそうでしょう。じゃなきゃ、ぼくだって、りおさんとここまでやっては来れなかったし。そうするつもりも無かったからね」
「……」
「! あー、また、そこで黙っちゃうわけ? ずるいなぁ、りおさんは!」
「……おまえに言われたくはないな」
「あははっ、確かにね。……でも、真面目な話、これからが問題だよ。相手がぼくたちに騙されていると気付いても、気付いていなくても、ぼくたちの意志だけじゃ、決定力に欠けるんだからね。うまく状況をかき回して“誘導”していかないと、すべてが台無しになってしまう。そうなると……想像するのも怖いね。せめて、ぼくにまだ子供がいないのが救いというだけで……そうならない事を、祈ろうよ」
終章 蘭月の夢
……ちなみに、その夢を見た後、一季節が過ぎるまでに、私の義理の甥の明夜の活躍もあり、小月の願いは叶った。その上で小月は彼女の本来在るべき時間の下へ帰ってもいる。
しかし、彼女が本当に大変なのは、その後なのかもしれない。彼女にとって、「向こう」で起きる事件はまだ、何ひとつ解決できていないのだから。
けれど、彼女が「こちら」で見つけた希望は、「こちら」での体験の記憶を失うことと引き換えに、確かに彼女の胸の中に……「夢」という名の記憶として、刻まれたはずだ。
だからこそ……そう、私はここにいる。……存在していられる。
「……だから、小月ちゃん。今度は、『小月姉さん』として、ぼくと会ってくれるかい? きみに初恋した、幼い頃のぼくに。そして、それよりも前、三枝生家の養子として引き取られてきみの義理の弟となる前の、名も無き思いの小さなぼくを……その名を冠する神社の前で、見つけ出して……くれるだろうか?」
私は、祈るように、三角鳥居に囲まれた空井戸の前に立ち、片手を陽に透かすように翳して、夏の空を眩しそうに見上げた。
(了)
この作品は作者の見た夢をモチーフとした物語であり、フィクションです。作品の性質上、一部(作者こと三枝生 七偲が存在する世界での)実在の人名・固有名詞等が登場し、事実と重なる部分もありますが、現実の事件・団体・個人などとは無関係であることを、とくにお断りしておきます。
(↑※七偲の物語の半現実化能力封じ文)
あとがき 真の作者によるひとこと
……こんな感じの文体で七偲は小説を書いています、との一例です。
(新名 在理可)
解説 著者アートによる裏話
「りおさん」こと、
夢現の物語 織宿
(むげんのものがたり おりおる)
……本来『夢七夜』は、未発表作品として、俺のマスターである三枝生 七偲によって書かれた。……つまりは、奴の創作ノートでもある俺に書かれていたものだ。
内容が内容なだけに、奴としては発表するつもりのなかったそれを、七偲のパッセで担当編集者でもある(!?)、新名 在理可が勝手に今回、このような形で発表したというのが真相だ。……とはいえ、「物語を半現実化する能力封じに、断りの文をおまじないで付けてくれるなら、まぁ、いいかな? あとでこれを読んだ明夜君に、ぼくは半殺しにされるだろうけどね……ハハハッ(笑いつつ、怒)」と、七偲本人もあとで許可を出しているから、問題ないが。
……因に、作品に登場する“明智 鏡司”なる人物は、主人公の“私”よりも、“女の子”や“義理の甥”との間に、より因縁がある。ただ、この物語ではその辺りの詳細が書かれていないので、その存在には謎が残った。また、作品中の出来事は、夢は(※2006年二学期からスタートのわく学祭ゲーム内時間を基準に)三年前の夏、夢を見たのが今年の春、後日譚が今年の夏休み直前、の事と想定されている。
……それにしても、七偲は作品中、「ぼくにまだ子供がいない」などと言っていたが。奴がこれまで書いてきた作品の登場人物はすべて……老若男女を問わず、人外のものまでを含めてで……、奴の子供も同然だと思うが。……その辺りの自覚が意図的にか薄いところに問題があるのだろうな。まったく……。
■■
○●○●○●○●○●○●○●○
□編集後記□
この作品は、一度紙媒体(袋とじ印刷にてのコピー本)で少数部数(4~5冊くらい?)を2006年7月7日に発行した、新名在理可/作の個人誌を元に、携帯用に書き写したものになります。
紙媒体時には、本格的な小説を目指して(!?)、縦書き&ルビ付き(本文の適当な漢字へ)の文章にして書いてみましたが、携帯では縦書きとルビを文章の脇に付けるのは(ルビに関して極一部を除いて)出来ないため、横書き&文章中の括弧内のルビ表記に変更しています(転載先であるnoteではルビに対応しているため、一部除いて文章の脇にルビが付く形に書き換え処理をしています)。
また、ルビを付けた漢字を適宜、増やしました(note版でさらに増やしています)。
文章中の改行が少ないのは……これも当時、本格的な小説を意識して少なくしたと思うのですが。
紙媒体時には行間が充分開いていて、読みにくい印象は無かったのが、携帯画面上ではやはり、「改行、少なすぎたかな?」と思いました。
しかし、元の文章の雰囲気を残すために、あえて改行を増やしておりません。
読みづらかったら、申し訳ありません。
さて、作品内容ですが、P.A.S.さんのPBM作品のひとつ『ぼくらのわくわく大学園祭』(わく学祭)から、「アート(その他、異世界や転生、タイムトラベル等)が存在する世界観」をベースに借りているとはいえ、ほとんどオリジナルの物語となっています。
要はPC(三枝生七偲)の過去エピソードであり、PC設定の超ロングバージョン(!?)と割り切って読んで頂ければ、よろしいかと……。
また、この話を思いついたのは、わく学祭と世界観が同じなパラレル作品になる『はぴがく』に、PC七偲(はぴがくバージョン)と、PC明夜・イルミナス(七偲の義理の甥で、先行して『ぼくらの学園夏休み』(僕夏)&『ぼくらの学園アドベンチャー2学期』(僕学2学期)から参加)の参加時であり、さらに「小月」たちの設定は、明夜が参加していた僕夏の時からあったものです。
そのため、今後、この作品中で明らかになっていない謎について言及する別作品(明夜を主軸にしたエピソードなど)を書く際に、起点となる年代の数値のみ、はぴがく以前のもの(例:わく学祭の2006年→はぴがくの2003年。ただし、キャラクターの年齢は2006年=2003年との設定)を採用するかと思いますので、事件年等に「ズレ」が生じる可能性があります。
ともあれ、広い意味でのファンタジーおよびミステリー風の摩訶不思議な物語を目指して書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけましたなら、幸いです。
新名 在理可
(2009.6.29.)
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著者(PC)および著者アートの紹介
三枝生 七偲
[G0044]
7月4日生まれ。蟹座。O型。23歳。裏で代々真名(しんな)を扱う神社の家の拾い子で養子な末っ子長男。通称「ななし」。「この世界は物語、浪漫で成り立っている」異世界アラヤシキの生まれで日本育ち。養家では三枝生流弓術の師範。現在、風見ヶ原学園大学院修士課程に在籍。学園では一応、社会心理学専攻。本業は小説家。筆名は本名(三枝生七偲)の他、「新邸ななし」など。人が悪いロマンチストで、物語を半現実化させる、はた迷惑な能力を持つ。
(アート)
アート名は、夢現の物語 織宿(むげんのものがたり おりおる)。モノスタイプで、無限のページを持つ黒い表紙の本。黒い蝶型の栞付き。見聞きした内容を物語に筆録し、挿絵として物語の場面を、飛び出す絵本風に具象化できる。
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