<ライブレポート>GEZANたちは「戦争反対」と叫ばなければならない時代に無数の種を蒔いた。次に繋げるのは私とあなた。(前編)
※これは<ライブレポート>ではない。
2022年3月5日、JR新宿駅南口で【全感覚祭 presents No War 0305】が行なわれた。
GEZANの自主レーベル十三月が主催する【全感覚祭】は投げ銭制のクロスオーバーカルチャーイベントだが、【全感覚祭 presents No War 0305】はロシアに侵攻されているウクライナへの支援と反戦を呼びかけるデモ。ミュージシャンのライブとスピーカーの演説によるリレーが昼から日没まで続けられた。
発案から開催までわずか5日。当日は会場に約1万人が集結し、オンラインの視聴者は4000人を突破したという。
「戦争反対」。原子爆弾を2つも投下されたこの国で、幾多の自然災害とパンデミックでいくつもの人命を失ってしまったこの時代に、何故「目が覚めたら瞼を開ける」というくらい当然のことを声高に主張しなければならないのだろう。
本当はこの文章を掲載する必要がなくなることを祈っていた。1日でも1秒でも早く終結することを願っていた。だが未だに侵略は止まらず、目を覆いたくなる報道ばかりが毎日更新されていく。
私はあの日、プレスの人間ではなかった。ボランティアスタッフにいくばくかの支援金を預け、イベントのロゴが刻まれた白いワッペンと引き換えに、フロア代わりの虎ロープの内側にいることを許された参加者の1人だった。
なのでこのレポートは、当日の冒頭に出演した篠田ミル(yahyel)からではなく、到着時に始まっていたカネコアヤノの演奏から書くことになる。
すでに思い思いのプラカードやメッセージボードを手に集結していた大勢の人々の背中の隙間から彼女の姿を見ることは叶わなかったが、悲哀と義憤が入り混じった「爛漫」「抱擁」「明け方」の歌声とギターのカッティングは遮るものを全て擦り抜けて、真っ直ぐに体を叩いた。
「顔を上げてくれよ 慣れてきた日々も 必ずいつか終わるのさ」「私は怒る すぐに 忘れちゃいけない すぐに怒る 愛していたいと」
人の生死や国家レベルの問題に対して、音楽に、カルチャーを拠り所とする人間に何ができるだろうという葛藤の生々しさ、それを振り切らんとする強さが漲るビブラートと慟哭が風を孕む。このイベントの趣旨が一音一音に凝縮されたような、肉迫したステージだった。
次に登壇したのは哲学研究者の永井玲衣。「こういう時、哲学は何か解決策を導いてくれるんじゃないかとか、そんなことを期待されたりします。ですが……今日は多分、そういうことは言いません」と断った上でスピーチを始め、サルトルの未完小説『自由への道』の一節を読み上げた。「戦争をしているって言えば、俺たちはみんなしているんだ。(中略)戦争が全てを捕らえる、全てを拾い集める。何も逃しはしない。思想でさえも」。
「私もまた、戦争の中に生活しているのだと思い出します」
新宿Flagsの巨大なビルの画面には、その週のミュージックチャートや、お笑い芸人のコントの動画の合間に、シリア難民への支援を募るCMが流れている。
「何度でも言いたいと思います。戦争は嫌です、戦争に反対します」。
ステージは複数の言語で反戦と平和を訴求する多様なイラストや写真、花々で装飾されていた。坂口恭平はそのイラストを提供したアーティストの1人だ。「絵だけじゃわかんないと思って、歌いに来まして、今ここにいるんですけども」と前置きし、年間3万人の自殺者を記録している日本の現状を受け止めて『いのっちの電話』という活動をしていること、「そのことが戦争だと思っている」と説明すると、石牟田道子の詩に曲を付けた「海底の修羅」を披露した。蕾が綻ぶように優しく、繊細な弦の揺らぎ、「陽が霧のように溶け込んできたので 天と海がそのとき ゆるりと入れ替わったのだ」というフレーズに最早何も他人事ではないのだと身につまされながら、朗々としたファルセットの包容力が暖かかった。
転換中はスタッフが絶えずマスクの着用とソーシャルディスタンスを保つこと、点字ブロックやNEWoMANビルの動線を邪魔しないこと、それぞれ持参したプラカードなどでアピールすることをアナウンスしていたが、ここで発起人のマヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)が登場し、改めてイベントのコンセプトを説明した。
「今、音楽を観て、それを聴くっていう形になってると思うんですけど、今日のコンセプトは1人1人が自分の意志でこの場所に来て、自分なりに【No War】に反応するっていうことなので」「自分が思うことがあったら、反応してほしい」「自分が持ってるプラカードとか一度上げてもらっていいですか? これは車だったりとか道を通り過ぎていく人たちに『この集まりがなんなのか』っていうことを示す重要なものだと思っているので、声をあげるっていうのは何も間違っていないので」と繰り返し訴えた。
参加者は横断歩道を挟んだ向かい側に添え立つルミネ側にも、NEWoMANビルの4階にも広がっていた。
ウクライナの国旗を纏って舞台に立った井上榛香は、2015年からウクライナの人々と交流し始め、2017年に留学し、“2番目のふるさと”であるというウクライナへの思い、自身のチャットがウクライナの知人や友人から攻撃を受けた街の様子、支援を求める声で埋め尽くされていると語った。
「忘れてはいけないのは、この戦争が今始まったばかりではないということです。2014年からずっと戦争は続いていました。その戦争の状況が今大きく変わったんです」
「こういった抗議活動をしても無駄だという人もいます。でもウクライナで毎日怯えながら過ごしている人たちに伝えると、こうやって一緒に立ち上がってくださる方がいること、応援してくださる方がいることが希望の光だと言ってくれます。だから、今日ここに来たこと、ここで感じたことをたくさんの人に伝えてください」。
片手に強く握りしめられたスマートフォンに綴られているであろう痛切な思いを読み上げる声が何台ものスピーカーから伝播していく。
灰色がかった青空の下に数羽の烏が飛び交い、踊ってばかりの国のセッティングが進行する中、下津光史(Vo&Gt)は「少しだけいいですか?」と話し始める。
「僕には子供が4人います。その子たちを見ていると、毎日何かしら間違って、お母さんに叱られては日々学び、大きくなっています。これは人間の歴史も同じことが言えると思います。ミステイクっていうこと自体は素晴らしいと思います、そこから生まれる芸術もいっぱいあるし。でも人間の歴史の中で一番犯したらあかん間違いが戦争やと思います。これまじファック!」「僕たちは戦争に殺されるために生まれたのではなく、他人の命を奪うために生まれたのではなく、僕たちは1人1人幸せになるために生まれたのであって、そろそろ世界は愛のために変わるべきやと思います」。
参加者の同意を表す拍手が鳴り響き、「(石原)ロスカル(GEZAN)、大至急ステージに来てください」という業務連絡の後、彼らのライブは「Notorious」「Hey human」「Mantra song」とゆらゆら揺蕩うダンサブルでサイケデリックなプロテストソングで「今、この状況で自分は楽しんでもいいのか?」と躊躇する人々の体を暖め、頬を緩ませ、リバーブで拡張した「それで幸せ」の空をつんざかんばかりの鋭さでもって人々の心臓に爪を立てて締め括られた。
間を開けずに登場した21歳の中村涼香は、核兵器の廃絶と反対を訴える活動をしている団体KNOW NUKES TOKYOの共同代表者。「ここまで核兵器の脅威、戦争の恐ろしさ、自分の無力さを痛感したことはありませんでした」と吐露し、親交のある被爆者が「戦争はしちゃいかん、核兵器は使ってはいけん」と涙ながらに語っていたことを振り返り、「核兵器は使われたら人として生きることも、人として死ぬことも許されないのです」「(核兵器の共有を主張する人々は)しきりに『国を守らないといけない』と言いますが、その“国”とは何なのでしょうか?」「時代は確実に進んでいます。私たちも変わることはできます。戦争がない、核兵器がない未来に向けて、私も引き続き頑張っていきたいと思います」と、凛とした表情で強調した。
ハミング混じりの歌と軽やかな運指で入念にモニターを確認した原田郁子(クラムボン)の柔和な笑みと挨拶の直後、披露したのはフィッシュマンズ「新しい人」のカバー。参加者や周囲を行き交う通行人のざわめきは一転して静寂に変わり、カメラマンのシャッター音だけが現実に引き戻す杭になった。鼻にかかった甘やかな歌声と突き刺すようなピアノの和音の追いかけっこ、ノイジーでスペイシーな間奏のアレンジ、「何もない 何もない」のリフレインに聴き入っている内にオリジナル曲「銀河」「波間にて」へと繋がり、ドラマティックな曲調と相反して聴衆の1人1人と対峙し、寄り添うような優しさと易しさがそっと降りてきた。“音楽で踊る”のではなく、“音楽と踊る”ひと時だった。
次にマイクを託されたのは、大学で政治学を学んでいるというシロタジュン。「こうしている間もウクライナは侵略され、戦争が繰り広げられています。多くの命が奪われました。そして今も多くの命が危険に晒されています。プーチンとロシア軍のやっていることは明らかな国際法違反であり、戦争犯罪です」と目の前の聴衆に、カメラの向こうの視聴者に対して訴え、日本国憲法の冒頭を朗読し、その理念を体現すべき時であると主張した。
彼に限った話ではないが、この日のスピーカーはこの短い期間でどれほどこのスピーチに頭を抱え、心を練り込んだのだろう。今にも泣き崩れそうな、怒りに駆られそうな脆さを背負いながらも、一語一語を全員に手渡すような強靭な声と言葉を放ってくる。本当に“空はどこまでも続いている”というのなら、この瞬間が早く戦地に届けばいい。
心が千々になりそうな真摯な演説の後は、野良着に身を包んだ切腹ピストルズのお出まし。東日本大震災をきっかけに“なるべく電気を使わない音楽”を志したトライバルパンク集団だ。
中心に躍り出た総隊長の飯田団紅は「知らない人もいるでしょう? とにかく切腹ピストルズ、かっこいいから。見てたらわかるから、『あ、この人たち天下太平望んでんだな』ってわかるから」と冗談めかして話したが、かっこよくないはずがない。虚空を切り裂く笛と電気三味線、平太鼓隊の打音の渦のど真ん中で危険も疲労も承知の上で踊り狂う快感と恍惚感を知ってしまうと逃れようがない。「「日本に生まれてよかった」などという紋切り型の定型句など瞬く間に粉々にし、国、人種、性別、年齢の壁をぶち壊し、全ての澱を吹き飛ばす痛快さには身を委ねて暴れるしかない。コロナさえなければ「反戦争の踊り」「どっちもこっちも殺すな」と共に吠えたかった。
おしまいに総隊長は「よくこういう集まりやっておりますと、『あいつら音楽ばかりやりやがってうるせえな』と、『それで何が変わるんだ』と、よく言われますが、ちょっと待ってと。俺たち別にこれだけで生きてるわけじゃないから! あれもやる! これもやる! それでいいじゃないですか」「とにかく色々な方法があると思いますから。とにかくここに来たってことはもう初めちゃってるから。当事者だから」と宣言し、あらゆる野暮と無粋を蹴散らした。