紆余曲折を経て店主が帰ってきたディープな古着好きが集う古着屋 「髭」
北千住 飲み屋横丁。足立区の猛者たちが真っ昼間から酒を交わし、ひしめき合う酒場からは笑い声が聞こえてくる。狭い路地にはキャッチから宗教の勧誘までエンカウントする下町のダンジョン。
ディープな雰囲気に溶け込みながら、だがしかし明らかに異質な雰囲気を漂わせる暖簾がある。古着屋「髭」である。
古着屋が密集する地域にはありそうでない絶妙なラインナップと、店主の特徴的な風貌。カオティックでアウトローな北千住の街を反映するかのようなユニークなお店だ。「髭」目当てでわざわざ北千住に訪れる古着好きも。
2017年のオープンからコロナ禍を経て、一時期大阪を拠点に活動していた山口駿さん。2024年4月末、大阪の活動に一区切りをつけ禊の私物放出を経て再び北千住に帰ってきた山口さんにこれまでの経歴や今後の展望、いま古着に対して思うことを伺った。
「在庫を全部買い取って自分でやります」
- ご経歴を教えてください。東京芸術大学の音楽環境創造科に通われていたことを他誌で拝見しましたが、音楽家系なんですか?
全然そんなことないです。親は公務員ですし。たまたま2、3歳からピアノをやってて入学できただけです。あの大学って就職先があんまりないし、たまたま物件が空いていたので古着屋を始めた感じですね。
- でも東京芸術大学ってたまたま入れるような大学ではないですよね。
音楽学部は芸術学部と違います。結局小さい頃の積み重ねがものを言いますし別に凄く才能があったという訳でもなかったので、楽器を演奏する器楽科とも違う音楽環境創造学科に入学しました。「自分は音楽を仕事にする人間じゃないな」ということには気づいていましたが、東京に来る理由が欲しかったから入学しました。
- 古着やファッションはいつ頃から好きだったんですか?
中学校ぐらいから古着屋さんには通っていましたね。昔は古着が安かったじゃないですか。大学に入学した頃に一度買わなくなった時期はありましたが、20歳ぐらいの頃に古着の魅力にもう一度気づいて、購入者側ではなく古着屋で働いてみようと思ったんです。
- 在学中にいくつかの古着屋で働かれて独立されたんですよね?
最初は中目黒のお店で働いていたんですが、まさかの初日で辞めることになってしまったんです(笑) オーナー間と店長などのスタッフの揉め事があり僕と入れ替わりで一人辞めていて、残った先輩から「俺も辞めるけど、そうしたらお前一人になってヤバいから一緒に辞めるぞ」って言われたので「わかりました」と(笑)。先輩が持っていたお店の鍵をボックスに突っ込んで、自分の意思とは関係なく辞めることになってしまいました。 これが古着屋としてのスタートと考えると今では懐かしいですが、壮絶でしたね。
その後はBerBerjinなど一時期働かせてもらったりして。結局地元の北千住に当時あった古着屋さんを手伝っていたんですけど、そこでもトラブルがありまして、そのお店のエアコンがある日突然壊れていまったんです。そうしたらオーナーが「エアコンの修理代が高いからお店を閉める」と言い出してしまって(笑) 当時は古着が全然売れてない時代でしたし理解はできるんですけどね。それでどうせ北千住のお店を閉めるなら「在庫を全部買い取って自分でやります」とオーナーにお願いして、この場所で『髭』をオープンすることになりました。
- 濃厚な経験を経てオープンに至ったのですね。
開業資金を貯めるためにたくさんのバイトを掛け持ちしましたね。特に意外なバイトで言うとオープンの1年前ごろから毎日0時から朝10時ぐらいまでラブホテルで働きました。条件もいいですし、掛け持ちにちょうど良いバイトでしたね。(笑) 昼間は寝て、夕方からまた別のバイトしての繰り返しの毎日を過ごしていたのでお金を使う時間もなかったです。なるべく開業費を下げるため、内装も自分で作るなど工夫して200万円の貯金を元手に節約して開店しました。そこから今まで続いている感じですね。
- 古着屋として独立しようと決心したのはいつですか?
大学卒業のタイミングですね。学生時代のアルバイトで古着に触れていたからこそ、一般企業への就職はイメージできなかったので迷わず古着屋を選択しました。
- 開店から7-8年経過していますが、当時から長く続けていこうと考えていらっしゃったんですか?
考えてなかったですね。「自分一人が食べていければいいや」ぐらいの感覚で最悪ダメなら就職などの選択肢もありますし。今でもそのスタンスはあまり変わらないです。どこまでやれるか。常にそういう緊張感もある中でのんびりお店やってます。
ありがたいことに売上伸びていて、浅草にもう1店舗構えていたんですけど、そこは従業員が辞めてしまって運営できる人間がいなくなってしまったのでお店を閉めました。 今はこの店舗と卸で続けていこうと思っています。北千住に来ることが難しいお客様もいらっしゃいますし、YouTubeやInstagramでの商品紹介とオンライン販売はより強化していきたいですね。
- 北千住は古着屋のイメージがあまりないですよね。なぜこの場所を選ばれたのですか?
どこで開くかっていう明確なイメージはなかったです。本当にたまたまここが空いていたので決めました。
大学が上野だったので上京してからずっと北千住に住んでいたんですけど、18-19歳の頃に隣のイタリア料理屋でアルバイトをしていて、古着屋の物件を探していることを聞きつけたオーナーが隣の物件が空いていることを教えてくれました。今でこそ北千住も人通りが多く若者も増えて昔よりも賑わってますけど、僕が始めた時はちょくちょく物件も空いていましたし、そう言う意味ではさほど物件選びに時間はかからず、即決しましたね。
- 『髭』という店名とロゴはどのように決めたんですか?
名前をつけるのがすごく苦手なんですよ。それで先ほどお話しした前に働いていた北千住の古着屋のオーナーに相談したら「外見のまま『髭』でいいんじゃない?」と言われたので即決しました。
ロゴはこの辺のお店のデザインを多く手掛けている北千住出身のデザイナーさんがいらっしゃって、その方に作っていただきました。実は古着屋だけではなく、以前はスナックも経営していたのですが、スナックの看板もその方にお願いしました。
- 古着屋だけでなくスナックも経営されていたんですね。
スナックを開店してすぐに新型コロナウィルスが流行してしまい、この通りでは僕の店だけ開いてる状況になってしまったので、泣く泣く半年でお店を閉めました。
スナックの経営だったり、大阪でのBRAND BUYERS /greatLAndさんとの協業などの経験を踏まえて、自分は不器用だから一つのことにしか集中できないことに気づきました。今後は手広くやらずにこの店舗に集中しようと思います。
- 大阪での活動を経て、この1年で相当知名度が上がり見られ方も変わってきたのではないでしょうか?
そうですね。あちらではメディア露出も多かったですし、それもあって大学生の子とかYoutubeを観ていた方が北千住に来てくれるようになりました。その方々が継続して来店してくれるように頑張っていきたいですね。Tシャツを目的として来店いただいている印象なので、他のアイテムも見てもらえるように工夫していこうと思っています。
現在の古着市場を『髭』山口さんはどう見るか?
- 古着業界全体も数年でかなり変化し、Tシャツ以外の古着も高騰しています。また著名人もこぞって古着を着ている状況です。現状をどう見ていらっしゃいますか?
正直こういう状況になることは想像もしていませんでした。古着屋を経営している身でも今後がどうなっていくのか予想ができません。ただ盛り上がっていることは良いことですよね。「そろそろ限界点を迎えているのかな?」と考えたりもしますが、来店いただけるお客様にしっかり古着の魅力を伝えられるようにしていきたいと思います。
- ここ数年継続して、そして今年に入ってからよりTシャツの人気と高騰が進んでいる印象です。
そうですね。ただ「Tシャツの流行がいつまで続くのか?」という懸念もあるので、10月以降もタイに買付に行くのですが、秋冬に季節も変わっていきますし、Tシャツにどこまで力を入れるかは今後の悩みどころですね。
- 流行が続くのか定着するものなのか目が離せないですね。新型コロナの影響もあるのか、若いオーナーの古着屋も増えました。
古着業界が盛り上がるのはよいなと思う一方、現在の古着が流行っているタイミングで開業するのは簡単じゃないだろうなと感じています。それでも頑張っている若いオーナーのその熱量には見習うところも多いです。 長く続けている方々からすると僕も若い方ではありますけど、まだ古着がここまで盛り上がっていなかった時代に数千円だったTシャツが今は数万,数十万になっていることもありますからね。仕入と売値のバランスもそうですが利益率を考えてもなかなか難しいです。
直接ではないですが、若い古着屋の子達が「思っているほどうまくいかなくてしんどい」と言っているなんて情報は人づてに時々聞きますので、それぞれが苦しい思いをしながらもそれでも楽しんでやっていられたらいいなって思います。
- コンセプトをしっかり定義できているお店が長続きする印象です。『髭』のコンセプトや、山口さんのピックしているアイテムの特徴を教えてください。
明確なコンセプトは定めていません。手伝ってくれている人達が良いネタを持ってきてくれていて、周りのセンスにすごく助けられていますね。
自分自身はとりわけこのカルチャーが好きというのはあまりなくて、一通り色々知ってるという感じです。逆に知らない人達が知らなすぎるだけで、僕らより上の世代の方々を見ていると、通ってきたか否か関係なく満遍なく知識を保有している印象です。
- 山口さんの外見も凄く特徴があってカッコいいなと思います。何かこだわりはあるんですか?
以前は髪型をアフロにしていたのですが「アフロの次はドレッドしかない」と思ったので、この風貌でいいかなという感じが続いてるだけです。次に髪型を変えるのであれば坊主にするぐらいですね(笑)
山口さんが考える”古着の魅力”とは?
- 何周も回って、私物の古着を全て手放されたいま、山口さんが思う古着の良さを教えてください。
難しい質問ですね。僕らの時代だとアメリカのヴィンテージへの憧れがやっぱり大きいですよね。年代が浅いアイテムやアメリカ以外の古着に関しても素晴らしいアイテムはたくさんありますが、僕自身はアメリカのヴィンテージへの憧れを追い続けている感じはありますね。アメリカには買付に行かないので丘サーファーみたいな感じですけど。(笑)
- いまプライベートで購入している服はどういったものですか?
僕自身は古着を新品と合わせるのが好きですね。新品だとPRADAをよく買っています。今履いているナイロンのショートパンツもPRADAです。タフなナイロン生地でどこに履いていっても大丈夫で古着と合わせても違和感がないので気に入っています。Tシャツに関しては、プリント物ではなく古着の無地を選んでますね。 50万円の古着を買うなら50万円を元手に仕入れた良い商品をお店に並べたいです。その方がお客様も楽しんでもらえますしね。
- 古着の裾野も広がってきていますよね。OLD GAPなど90年代の古着をどのように評価していますか?
面白いレギュラーという印象で、新しい概念としては良いと思います。ただその時代を過ごしてきたからかもしれませんが、Y2Kという言葉を自分が使うことには歯痒さを感じますね(笑) 結構同年代の人も思っている人多いんじゃないかなって勝手に予想しています(笑)
- そんな山口さんが10年以上持ち続けている物ってあったりしますか?
ピンとこないですね。人からもらった物はもちろん手元に残しています。あまり物に執着がないから古着屋を続けてこられたのかなと思います。
- 色々経験されて、あらゆるものが削げ落ちて高みに達したんですね。
全然そんなことはないですよ。肉が落ちて欲しいですけど。運動嫌いなんですよね(笑)
- これから古着屋を始めたい人も含めて若い人へのアドバイスはありますか?
いやほんとにアドバイスするほど偉くないですよ(笑) 先ほどのインタビューでもあったように難しい時にやっていてほんと大変だなって僕自身が思うので、その勇気と熱量は素晴らしいので逆に見習いたいくらいです(笑) 「有象無象ある中で大変ですがお互い頑張っていきましょう」と言うのが今の心情です!
- 最後に、これからお店に訪れる方へのメッセージと北千住のオススメの飲み屋を教えてください。
ご来店お待ちしています。InstagramとYouTubeで毎日商品を紹介しているので是非ご覧ください。ウチで古着を見た後は、近くの焼き鳥屋「五味鶏」が美味しいのでオススメです。
余談:このインタビュー後に実際に「五味鶏」にいってみたが、本当にお勧めしたいほど新鮮な鶏肉と焼き加減がちょうど良かった。大衆的なのに味は上品で高級焼き鳥店と引けを取らない名店でした。お酒もすすんでほろ酔いで帰宅。いい1日になりました。
髭
東京都足立区千住1丁目32−4 江森ビル 1F
営業時間:暖簾が出てから、平日:18時頃〜24時頃、休日:14時頃〜21時頃
Instagram:@hige_senju
YouTube:https://www.youtube.com/@hige_senju/videos
Online Store:https://higesenju.base.ec/