刺を溶かすスープを【校正希望】
どうしても肌に刺さる夜がある。
「眠れない」
声に出して誰が聞くんだろ、独りなのに。
笑いながら、寝返りを打ち鼓動の音を感じる。
大丈夫静かだから。
大丈夫眠っても。
三十路過ぎて何が悲しくて、自分に言い聞かせないといけないんだろ。
子供じゃあるまいし、何故隣に愛しい人が居ない。誰も愛していないから当然か。この空虚さを埋める誰かと一緒に居たい。そんな都合のいい存在なんてない、私にはそんな価値もないダメな人間だ。そんなこと考えてたら寝れないじゃない。
肌をピリピリと孤独が滑る。その場所は痒みとして残る、掻き毟りたい。そんな日が続いている。
「寝れないの、いっしょだね」
子供の声に飛び起きた。読書用ランプを灯すと声が出た。
「ひっ!
あれ、かわいい」
この非常時に何を言ってるんだ自分。泥棒かもしれないんだ、子供の丸っこくてぽってりとしたフォルム、かわいい。裸眼で輪郭がぼやけてしまうけど感覚的直観ダイレクトアタック"この子、かわいい。"
なんだ?30過ぎ「30代で~す」って明確な年齢を言えないようになって。恋人や夫も頼れる男ましてや友人も居ない。部屋は散らかってる。今日もコンビニ弁当食べたよ、肌荒れてるけど化粧品は安いの使ってるよ。
ああ今日食べたから揚げ弁当のから揚げの匂いがしてる。否そんなことじゃなく、あれか、母性が爆発してるのか。
かわいいその子は嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「そんな嘘言わなくていいよ」
吐き捨てるように言った。
「かわいいと思ったから かわいいって言っただけだって、
子供はだいたいカワイイもんだ」
「かわいくないよ」
腹が立つ。かわいいもんは、かわいいんだよ。ああでも子供の頃自分も、自分はかわいくないと思ってた。不細工で汚いって。
"かわいくない"は呪いだな。
何時からだろう自分の顏がソコソコ見られるものだって知ったのは、そうか恋人ができて、その人が私を好きだと言ってくれたからか。
愛される事ができると知った、レアケースかもしれないけど。
「なんで君は自分がかわいくないって思うの」
「かわいくないって 言われるから」
「男の子」
首を横に振る。
「友達?」
目をぎゅっとつむり横に振る。
「・・・・お母さん」
ポンチョの裾と目ををぎゅっとつむんでいる。
私が自分を可愛くないと思ったのも母親がそう言い続けていたから。
「私は君をかわいいと思う。
それは変わりません。」
「変な大人」
「ねえ君。かわいいって、どういう漢字書くか知ってる?」
フードの裾をヒラヒラさせ首を振る。
「か、昔の人はOKを可って言ってたの。
その"可"って字と。あい "愛"って字で可愛い。
つまりだ、愛せると思ったものは全部かわいいのだよ」
「はあ」
「どっから来たの?それともコレ夢?」
このこはすっと窓の方を指差した。ここ5階だぜ。
「外って幽霊」
「ちがう」
「そっかー違うのかー 安心」
安心できるかバカ薄汚れた白いパーカー着て、なんか 怖くなってきた。
幽霊じゃね?塩でも撒くか?
「帰らなくていいの?家の人心配しない?」
「誰も居ない、心配しない。要らない子だから」
あっちゃーネグレクトかい。この姿を見れば一目瞭然か、この寒いのに大人用のパーカー一枚、ワンピースみたいにして、この下スパッツでも履いてるかな?
そこから出た足は鳥ガラみたいに細くて、赤いまだら模様。痣?
「ぐーーぎゅるぐるぎゅる。」
「おなか減ってる?」
がっくんがっくん首を縦に振って、恥ずかしそうに、内またでもじつく。この子仕草もカワイイんだな。
「なんか食べる?」
嬉しそうに私を見上げて、こっくり頷いた。
ずっきゅん母性愛に目覚めて何が悪い!
さー何作る?結構寒い、あったかいものがいい。あ、暖房入れてあげなきゃ。
冷蔵庫には何がある。ほぼ何もない。明日の朝ご飯のサラダとおにぎり、常備の牛乳と卵。冷凍庫に何かあったかな?ガサゴソと漁る。かじって冷凍したセロリ。使いかけのホールトマト。これ使えるかなシーフードミックスに冷凍餃子。
「ふむ、お腹減ってるよね。とりあえずコレ食べて」
コンビニおにぎりをテーブルの上に置くと、寂しそうな顏をした。
「あっ あったかい方がいいよね」レンチンして手渡す。
ぺたんと床に座り込み。慣れた手つきでビニールを剥きおむすびを食べ始めた。その手はアカギレひび割れ見るから痛そうでいたたまれない。でも平然としている。彼女にとってそれが"普通"なんだろう。
さーこの間にスープの一つでも作ってあげまっしょい。
1・シーフードミックスをレンジで解凍。凍ったままセロリを刻む。解凍OKか。
2・雪平鍋に油を敷いて、チューブニンニク、シーフード投入炒めて火が通ったら、取り出して別皿に。出汁が出てる鍋に、冷凍のまんまホールトマトをガッポン投入、砂糖少々、コンソメキューブ一つに水を適量足す。冷凍餃子は沸騰してからかな、まあいいぶっこめ。
簡単男の料理。 でも男の人の方が繊細なもの作るし、主婦のが手抜き上手いし、私曲りなりに女、正真正銘 女の料理。 はっはっはー。やめよ悲しくなってきた。
少しずついい匂いがしてくると、あの子がおにぎり片手に傍に来る。
「コンビニおにぎりよく食べるの?」
「うん」
嫌そうに答える。
「何歳?」
指を立てて折ってをもじもじ繰り返す。4、5歳かな。にしては小さい気も。
やがて指を立てるのも折るのも諦めてグーを差し出してくる。
私も自分の手をグーに、あの子は私のぐーに自分のぐーをコツンと合わせた。
「ドラえもんの握手」
何を言われたのか一瞬分かんなかったけど、なるほど手先が球体のドラえもんは握手がげんこつゴツンだわ。
フードから覗いた顏はカピカピと肌荒れが酷く皮膚病の様。お風呂入ってるかな。入れたら流石にヤバいか。つーかこの状況男だったら確実に逮捕だね。
鍋に蓋をして、残りの工程はコンロに任せる。
「お名前は?」
「みー?」
「みーちゃん。私はハルよろしくね。」
「ハルおばちゃん」
「ハルお姉さん、もしくは ハルって呼んでね」
30過ぎるとおばちゃんですよね否定できませんよ。でもコメカミの血管ピクピクするのはショウガナイ。
「なんで?」
「うーん おばちゃんって言われると、女って基本仲良くなれない気がするんだ、
私はみーちゃんと仲良くして欲しいから、おばちゃんって呼んで欲しくないなあ。
あと女の人はだいたいそうだと思うよ」
「ハル」
ちょっと嬉しそうにはにかんだ、かわいい。
「みーちゃんってどこから来たの?」
椅子からぴょこんと降りると、トコトコとベランダに出る。
ベランダのパーティションをがさごそして外す。
「マジか外れるんだ。」
「入れない」
「えっ?」
「家、鍵」
そう言って隣のベランダを覗くと、 向こうには段ボールが数段置かれ見えない、
入れないって家の事だよね。「おじゃまします」と入ってみるけど段ボールが邪魔。子供でないと通れない狭さ。防災上ダメだよこんなトコに段ボール置いたら。
無理に通りぬけ見えたのは、暗い部屋。窓は締まりカーテンが少しだけ開いてる。戸口は開かない、苦い現実。突如かわいい子がきた!ってファンタジーに浸りたかったよ、ファンタジーでもこの子が辛そうなのは変わらないか。
「保護!
家の人が帰ってこなかったら、一緒に警察いこ」
イヤイヤと首を振って、みーの家のベランダから、私を追い出そうと押しだす。けど全然力がない、涙がでそうになった。
「嫌ならしない、もうスープできてると思うから飲もう」
できたてのスープをみーの前に出してやると にっこり笑ってスープ皿を触る。
アツっと慌てながらも、パーカーの袖で手をカバーして両手で大事そうに持って、フーフーとひとしきり息で冷ます。
ハルがスプーンをくれた。
おっかなびっくり あかいスープをのむ。
あったかい おいしい
ちょっとピりっとする なんだろ?
口のなかトマトのしると中にツブツブとやさいがいる。甘い じんわりする。
さむい、 さむいだけなら さむくない でもあったかいとさむい
泣くとおこられるけど 目からなみだがでてた。
おとなりさんが ぎゅってだっこしてくれて、だからもっとなみだがでた。
まえはママもこんなふうにぎゅっとしてくれたのにな。
ハルはおとななのに、ないてて「なかないで」っていってなでたらもっとないた。
「いつでもおいで、打ち合わせで外に居る時もあるけど、家で仕事してるから!」
「ないしょにして」
「うん、でもひどいことされたら 言ってね助けになるから」
スープをのんで、ぎゅっとして、あたたかくなったら ねむくなって、おきたらフトンの中だった。
ママはおこってない、だいじょうぶ。
ハルもいる だいじょうぶ。
さむいけどさむくない。
みーは子供の頃の私だ、私のぬぐいきれない寂しさの根っこ子供の頃、父と母が離婚した時みたい、母は夜の仕事、家には誰もいない。寂しさとストレスで、元々患っていた皮膚炎が悪化して、心身共にボロボロになった。それを責められたし、自分自身も責めた。あまり思い出せないけど、心が何回も壊れて、それは今も巣くっている。一度崩れた土台を直すのは独りでは無理だと思った。
あの子に関わろう。私には手を差し伸べてくれた人がいた。何もできなくても、現状が変わらなくても、救いはある。、代償行為や傷の舐め合いかもしれない。けど心が全部ダメになってしまうよりはずっといい。
それからノマド仕事を家でするようにした。みーは毎日のように遊びに来る。
みーはスープが好きだ、最近ではリクエストもしてくれるようになった。
「ハル、シチューの貝が入ったのたべたい」
「クラムチャウダーかな、材料ないなぁ。買いに行く?」
「うん」
ハルの手 ガサガサだけどあったかい手 握りながら夜の散歩。
「みーよるのそとスキ」
「なんで」
「よるはみーのじかんだから」
「ハルのにもわけてよ」
「よるは みーとはるのじかん」
みーは私の古傷を癒すために現れたんじゃないかって本気で思っている。
いや、私がみーのために現れたのか。
「スープの作り方教えてあげるよ」
「うん」
「ママにも食べさせてあげて」
「うん」
寂しさなんかに、心を刺させてたまるもんか!