Homecoming
北欧最大の映画祭、ヨーテボリ国際映画祭へ。
世界各地に散らばっているサーミに関する収蔵品を、サーミの地に新たに建設される博物館に「取り戻す」様子を追ったドキュメンタリー「Homecoming」を鑑賞。
サーミでもある監督が、各地の学芸員の方々やサーミの方々を訪ねていく。何故祖先の墓は暴かれ研究されなくてはいけなかったのか。何故研究にサーミは殆ど関われず、他者が行ったのか。人々の偏見を助長する展示。収蔵品の返還が持つ当事者にとっての意味。決して攻撃的ではない。地道に、丹念に追っていく中で、アイデンティティや権力性の話を鋭く差し込んでいる。そして北極圏の壮大な景色。
映画では訪問先の一つとしてベルリンのZoo(動物園)も出てくる。ベルリン在住としては、何故Zoo?と思った。見て衝撃を受けた。1800年代半ば、Zooではサーミの人間展示を行っており、生きたサーミ族の人々が展示スペースで生活させられ、テントの建設や狩りを実演させられていた。そしてそれは見世物として大人気だった、と。ドイツの学者の方がその当時の写真を見せながら監督に解説する様子が長回しで映される。白黒写真にはっきりと映る、柵の外からサーミを凝視する子供たちや大人たち。
当時植民地から連れてきた黒人を展示する話は知識として知ってはいた。しかしサーミもとは知らなかったし、写真としてビジュアルを見ると、言葉を失った。監督ももちろん絶句していた。当たり前だ。そこにいたのは監督の祖先かもしれない。
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サーミとは人種ではなく、先祖から伝わっている言語を軸に認定されているそう。けれども監督や映画に出演しているサーミの方々は、言語そのものよりも、祖先との精神の繋がりをとても重視しているように感じられた。
訪問先で収蔵品を見せてくれる学芸員に、監督は問いかける。「この収蔵品から、なにか感じますか」と。「私は祖先のエネルギーを感じます。語りかけてきているよう」。
別の学芸員の方が見せようとしてくれた収蔵品の箱書きを見た監督は、逡巡しつつ、「これは私が何かを語ってはいけないものだと思います」と拒否。監督はフィンランド方面のサーミで、収蔵品はスウェーデン方面のサーミ。慣習も違う、と。これは私が見てはいけないものだと思います、と畏れがあるかのように伝える監督は、そこに宿る精神性みたいなものも感じているのかなとも感じられた。
同時にサーミの多様性にもハッとさせられた。
多くの学芸員が「サーミ」として一括りで捉えているのに対し、サーミの方々にとってはリボンのスティッチ、帽子のデザイン、皮の鞣し方、一つ一つが祖先と自分たちを繋ぐディテール。集まってくる展示品を見ながら、これはどこそこの地域のものに違いないとか、誰それの祖先だなど、自分たちの文化について語る。これまでこうやって語る機会を奪われてきたのだ、と示すかのように。
サーミの話を越えて、植民地支配を通じて大量の美術品を本国に収集してきた大国の振る舞いについても考えさせられるし、日本人としてはアイヌや琉球のことを考えざるを得なかった。
ここがそのサーミによる、サーミのための博物館だそうだ。いつか訪れてみたい。
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