小木 VS フェミニストの戦いで残ったものが悲しかった件
今日、熱いニュースが目に留まったのはこちらの記事
「小木 VS フェミニスト」から始まった議論
内容は小木の発言を巡って、それがジェンダー問題なのかどうかというのを勝部元気という活動家がほかの活動家を集めて議論しよというのがスタートだった。
最近はやりの「clubhouse」で議論が始まると、小木さん本人がこのルームに参加し何名かの活動家と会話を始めたのだった。この会話内容はYoutubeにあげられている。私は別にclubhouseをやっていないから規約どうこうは関係ないので、ひとまずこの内容をすべて聞いた。詳しい内容については他の記事やまとめを見てほしい。まとめるとこうだ(超切り抜きだからちゃんとみんな動画を見てね!)
活動家「あなたのやったことや、発言は差別発言だ!」
小木「娘を虐待したと勝手にきめつけないで!家族に危害でるからツイートを撤回しろ!」
という似たような似ていない問題をお互いに繰り広げ、数的に多かった活動家の主張が「小木を殴りつけているように見える内容」だった。
結局、平行線で長々と続き、小木からも活動家の望む言葉を得られず。「お互い頑張りましょう」という言葉で締めくくって小木はいなくなり、その後に発言の許可を得た"たかまつなな"が現れる。
トーンポリシングはさらに熱い炎となって広がる
たかまつななはこう繰り広げる(超切り抜きだからちゃんと動画見て)
たかまつなな「第三者からは小木を攻撃しているように見えるから言い方気を付けたら?」
ここからさらに別の問題が発生し「トーンポリシング」という言葉が溢れかえる。活動家たちは「優しく言ってもしょうがない。なぜこっちが歩み寄らねばならぬのだ」と。
この展開がTwitterやYoutubeに広がり、「そういう指摘が言論封殺なんだよ」と活動家はいい始める。ちゃんと見ていない一般人はフェミニズム怖いといい始める。そして、お互いに攻撃し合う。
ここは泥沼か?
結局は「差別」
残ったのはお互いをいがみ合い「人格を否定する差別」しか残らなかった。思想を認められないという事は、敵というのを生み出し、最後には攻撃的な人間が先導し戦争になる。これこそが人権問題の本質ではないだろうか。
イスラム国やナチスも同じように、同じ思想を持つ仲間だけを集め他を排除していくのが最大の差別じゃないのかい?
お互いの歩み寄りを発言すると「性善説」という人間もいるが。私はそうは思わない。人間はみんな自分が大好きなのだから、ヒーローにも悪人にもなれる。
少なくても日本ではこの善にも悪にもなれる自由が残されている方であろう。私は今自分を守るために人に優しくしたいし、周りの人たちも優しい人であってほしい。
他者を攻撃することしか知らない悪人はいらない。
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この話題は他にも「SNSの問題」や「データの精度」などの問題をはらんでいるが、この辺りはまた違う機会に記事にしたいと思う。