【アーカイブ記事(2017/12/30公開記事)】「スパイクで放たれたボールは、床でどう跳ねかえるのか? 〜 #チャレンジシステム が見ているもの〜」 #コラム #volleyball2 #vabotter #vleague #Vリーグ #バレーボール #FIVB #volleyball
1.はじめに
バレーボールでチャレンジシステムが導入されて以来、その判定に対する不満(納得できる一定の判定基準が分からない、システム自体が信じられない)などの書き込みが、ネット上で目立つようになってきているように感じています。
判定基準が不明瞭であるとか、システムの技術的な限界がよくわかってないときは、疑心暗鬼になりがちです。また、前後のボールの挙動を考慮せずに「静止画像『のみ』で」判断すると、物事を見誤ることが少なくありません。
そこで本コラムでは、
・「ボールがバウンドするときの挙動」
・「チャレンジシステムのしくみ」
について、考察してみたいと思います。
2.ボールがバウンドするときの挙動
下に示した動画は、サッカーボールを床でバウンドさせたものを600fps(※1)で撮影したものです。ここでは低速でもボールが変形するように、空気圧を低くしています。
また、「着床点」と「離床点」を際立たせるために、後から加工して、それぞれに白線を付けています。
水平方向速度を持ったボールが床でバウンドするとき、ボールは必ず変形しながら、進行方向に移動します(転がります)。それを概念的に説明したのが下の図1で、ボールは着床時には球形を保ったまま床と接触しますが、そこから変形しながら進行方向に転がります。鉛直方向の運動エネルギーを弾性エネルギとして蓄積し、最大変形したところで、鉛直方向速度はゼロとなります。そこから、元の形に戻りつつ進行方向にさらに転がり、離床時には球形に戻って跳ね返ります。
バレーボールのスパイクであれば、ほとんどの場合、ドライブ回転がかかっているので、無回転のケースよりも、床に接地している間の進行方向への移動(転がり)は大きくなると考えられます。
次に図2では着床時、最大変形時、離床時のボールの形状を示しています。着床時と離床時は床と「点」で接触し、変形時は床と「円(面)」で接触します。ボールは変形しながら進行方向に転がりますので、全接地面の履歴は「楕円」になります。
3.ホークアイ社のシステムが見せているものは?
詳細な技術情報が公開されているわけではないので、以下では一般的に見ることができる情報から著者が推測したものを記述します。ただ、現段階では技術的にやれることは限られているので、「当たらずとも遠からず」のお話だと思います。
以下の動画は、テニスボールがバウンドするときの挙動をホークアイ社が公式に説明したものです。
00:51付近からの映像をご覧ください。ボールがラインギリギリに接触する場合、ラインのかなり外側でボールがバウンドすることが分かります。
ただし、この動画はあくまでサンプル動画であり、かなり低速のボールを撮影していると思います。男子のプロ選手のサーブですと、160km/h(44.44m/s)~200km/h(55.555 m/s)ぐらいのスピードですので、1000fpsで撮影すると、「前の画像」と「現在の画像」では、ボールが最低でも44mmも動くことになります。従って、実際のプレー中の画像で、ボールがラインに触れた瞬間の画像(着床点の画像)を得ることは、かなり難しいと思います。男子のサーブでは、ほぼ不可能だと断言してもいいくらいです。
では、バレーボールの場合を考えてみましょう。図3に、ジャストインのときのボールの状態を示します。
着床した瞬間というのは、図3(b) のように「点」で床と接触し、時間軸上でも「点」になります。それゆえ、ハイスピードカメラで撮影したとしても、撮影できるのは図3(a) や図3(c) のような、着床の直前か直後になります。図3(b) のようにラインのギリギリに着床した場合、ボールがラインに触れたか触れていないかを判別するには、ハイスピードカメラで撮影したとしても、かなり困難な作業になります。人間の眼でも、機械の眼(ハイスピードカメラ)でも、ジャストインをとらえるのは、極めて困難であることが分かります。
それでは、ホークアイ社のシステムは何を見ているのでしょうか?
ホークアイ社のシステムは、複数のハイスピードカメラを同期して別角度から撮影し、複数の2次元静止画像からボールの3次元位置座標を計測していると考えられます。各所にトラッキングデータ(ボールの軌跡を追いかけたデータ)を提供しているようですので、3次元座標を取得しているのは間違いありません。おそらく、原理は「光学式モーションキャプチャシステム」と同じだと思います。
前述のとおり、着床した瞬間をとらえるのは困難なので、その前後の座標を取得していると考えられます。
図4に着床点を予測する場合の概念図を示します。計測した点からボールの軌跡を(近似関数、数値シミュレーションなどを用いて?)計算し、着床点と離床点の座標を予測しているものと考えられます。
先日、チャレンジシステムでは「イン判定」であるのに、実際にはラインの外にボールが接地しており、システムがおかしいのではないか? というツイートがありました。
この状況を図5で解説したいと思います。
図を見れば一目瞭然ですが、写真ではボールがほとんど変形していないことからこの写真は離床する直前をとらえたものである、と考えられます。着床点がラインギリギリであれば、離床点の直前の静止画像は、ラインの外側になって当然です。
ホークアイ社のシステムが実際のゲーム中に撮影している画像の中に、「着床の瞬間」をとらえたものはほとんど存在しないと考えますが、1台のハイスピードカメラで判断するより、はるかにリーズナブルで高精度に着床点を計測できている(予測できている)システムだと考えられます。2002年からテニスの公式戦でずっと使われ続けているシステムなので、他社よりもノウハウも蓄積されているでしょうし、安定性も優れているでしょう。
しかしながら、一般の観客の皆さんは、何がどのように計測されているのかが分からない方がほとんどであると思います。
企業機密の部分もあるでしょうが、疑心暗鬼を払拭するためにも、どれぐらいの精度で予測できているのか? などの、技術的な最低限の情報公開、仕組みについての丁寧な説明はすべきだと思います。
4.ハイスピードカメラのみで判断する場合
前述のとおり、着床の瞬間を捉えるのは、ハイスピードカメラであっても、なかなか困難な作業となります。ラインギリギリに着床点がある場合は,カメラがとらえた静止画像は、図3(c) のようなラインの外側で変形したボールとなることが少なくないと考えられます。ラインの外側で接地している静止画像1枚だけでは、インであるかアウトであるかは判断できません。
では、下記のような変形したボールがラインに触れるか触れないかの画像の場合はどうでしょうか?
図6を見てください。ラインギリギリでボールが変形して接地しているのであれば、着床点はライン上にあるのは、ほぼ確実なので、このケースは全て、「イン判定」としても問題ないと思います。
以上の理解をふまえ、ホークアイ社のシステムを使用せずに「ハイスピードカメラのみを用いる場合」における、個人的な「判定基準」を提案したいと思います。
(1)静止画像を目視して、ラインの外側にボールが接地していると判断できる場合は、
ラインの近くであればインである可能性もありえますが、静止画像だけでは判断できないので「アウト」と判定する
(2)静止画像を目視して、変形したボールがラインギリギリに接地している(ラインに触っているかどうか判然としない)場合は、
ボールの挙動を考慮し「イン」と判定する
どちらにしても、ボールの挙動を考慮したうえで、Vリーグが「一定の判定基準」を示すべきであると考えます。
5.まとめ
機械だろうと間違いはあります。操作する人間、開発する人間が介在するわけで「不正」の可能性はゼロではないでしょう。それは人間が審判をやったとしても、間違いはあるし、不正の可能性もゼロでないのと同じです。究極の話をすれば、どこまでやっても「ゼロ」にはならないです(「ゼロ」にするには神になる必要があります)。
ただ、テクノロジーを導入することで、人間よりも正確な判断ができていることは間違いありません。感情的に文句を言っても何も問題は解決しないので、複数の「知識を持った人間」が信頼性を検証する必要があると考えます。
疑心暗鬼に陥っている人が増えてきていると感じられるので、FIVBや日本バレーボール協会、ならびにVリーグ、ホークアイ社などが、丁寧な説明、丁寧な対応をしてくれることを望みます。
(※1)「fps」は "frames per second" の略であり、「1秒あたりに処理する静止画像数」を表す単位である。1秒間に処理できる数、という意味のため、サンプリング周波数の単位である「Hz」が用いられることもある。
photo by FIVB
文責:三村 泰成
2004年の鶴岡高専への赴任以来、バレーボール部の顧問となり、それをきっかけにバレーボールの研究を始める。
専門は機械系の科学技術計算であり、バレー競技経験はない(サッカーが本職)が、経験者とは少し違った視点から、バレーボールと関わっている。