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愛はきらめきの中に

2023年2月15日。七五三掛龍也くん、入所14周年、おめでとうございます。去年入所日のお祝いnoteを書いたとき、一年後にこんな未来が来るなんて、想像だにしていなかった。その17日後の渡米発表もやっぱり衝撃的で、この一年間、思えば本当に予測のつかないことばかりだったれど、今、こうして「デビュー組」としてのしめちゃんの入所日をお祝いすることができる「今」を迎えられて、本当に嬉しい。人生の半分以上の年数において、「アイドル」という仕事を続ける選択をしてくれてありがとう。

今のしめちゃんの姿を思うと、デビュー組のアイドルとして、プロアイドルとしての矜持を強く感じる。ブレず迷わず、頭のてっぺんから爪先までをまっすぐに貫く覚悟や信念が見える。

近年のしめちゃんは、凄い。去年の入所日から今までの一年間を振り返っても、何度「プロアイドルだ」と思ったか分からない。「アイドル」というよりも「プロアイドル」。第28回Jr.大賞の恋人部門の順位を受けて、きっと悔しさもあっただろうに、誌面とブログでまっすぐにお礼を伝えてくれて「感謝を仕事で返していきたい」「みんなの気持ちは俺にしっかりと届いているよ」と伝えてくれたこと。渡米発表後に「淋しいときには淋しいと言っていい」「不安な気持ちを無視したりしない」と言ってくれたこと。渡米後もブログの更新頻度は落とさず、日常の話、食べたもの、メンバーとのエピソード、自分のお写真、毎日私たちを楽しませたり和ませたりしてくれたこと。自分の誕生日のインスタライブで、閲覧層をきちんと理解した上で主役兼ホストとして振る舞い、しめ担のみならず他メンバーの担当さんにも心を寄せ、自分絡みのコンビには須らくスポットライトを当てたこと。そもそも自身の誕生日近辺はおそらくグループ全体としてかなり苦しい思いを抱いていた期間だったと見受けられるけれど、そんな中で主役自ら誕生日インスタライブの空気を引っ張っていたこと。定期更新の質問コーナーでは必ず質問者の挨拶と同じ挨拶を返すこと、少し寂しくなってきたな、というタイミングで、ちょっとした動画をIslandTVに上げてくれること。日本の動向を気に掛けてそれに言及してくれたこと、日本時間を計算しながらブログを書いてくれていたであろうこと。デビューコンの裏側、多忙を極める中でカメラを回し自身で編集をしたvlogを見せてくれること。そして、いつだって明るく優しく揺るぎなく、ブレることなく「アイドル・七五三掛龍也」「しめちゃん」で在り続けたこと。

特に、渡米期間中、決して「待っている」ことも楽ではなかった中で、彼の一つ一つの言葉や行動に、何度も何度も救われていた。心が揺らぐことはあったとしても、折れてしまわずに待つことができたのは、彼の細やかな心遣いがあったからだ。いつも心を寄せてくれている、私たちの心に寄り添ってくれていることを肌で感じていたから、自分の心を見失わずにいられた。

彼らが帰国してから、様々な媒体で当時の本人たちの思いを知る機会があった。そもそも、価値観も生活リズムも大切なこともこだわりも、何もかもが違う大人同士が共同生活を営むこと自体が、間違いなく大変なことで。目の前を切り拓きたい、デビューしたい。その一心で無期限の武者修行に出る選択をしたからこそ、苦しくても後戻りも逃げ出すこともできない中で、メンバーとぶつかり、時には泣きながらスーツケースに荷物を詰めて家出したこともあったという。

2022年12月のしめまる定期更新で綴られた、自身が渡米期間中に振付を担当した「+81 dance studio」の「HONEY BEAT」を見て、渡米してファンになかなか会えなくなってしまった状況や先が見えない状況に対して抱いていた不安な思いを思い出して涙が溢れてしまった、という話。当時、そんな心境の中でも私たちに対して明るく楽しい姿だけを見せ続けてくれていたことを改めて実感し、胸がぐっと詰まった。どう考えても不安が全く無いなんてわけがない中で、自身のあらゆる感情をきちんと整理し、常に努めてフラットな状態で私たちに向き合い続けてくれていたこと、分かっていたつもりだったけれど、それが実感としてダイレクトに心に流れ込んできたから。彼が見せるつもりがない以上、その奥に踏み込むつもりも裏の感情を勘ぐるつもりも一切無かった。それでも、改めて素直な気持ちを彼の口から聞くと、当時のことを思い出して涙が出てしまうほどの大きな不安を抱えながらも、毎日アイドル然とした振る舞いを貫き通していた、その強さに畏敬の念すら覚えた。当時の本人の気持ちと、立ち居振る舞い。照らし合わせてもただただ「凄い」という言葉しか出てこなくなる。こういうところを目にするたびに「プロアイドルだ……」と思うのだけれど、デビューしてから更に磨きがかかっている印象がある。アイドルとして生きる覚悟が見える。

アイドルとして生きる覚悟。アイドルらしい振る舞いをしなくちゃ、ではなく、そもそも魂からアイドルとして生きている。改めて、ここ1年のしめちゃんの姿を振り返ると、あらゆる事象を一つ一つ受け止め、それを覚悟に変えて立っているような印象を受ける。揺るぎなくまっすぐな強さを感じる。

偶像で在り続けること、明るく美しい夢を見せ続けること、ファンの心を柔らかく包み込み、寄り添い続けること。自身を「アイドル」として見せ続けること、「アイドル」で在り続けること、「アイドル」として生きること。何もかも、並大抵の気持ちでできることでもなければ、一朝一夕に身につくものでもなく、小手先の技術や計算でできることでもない。自身の心を砕き続けることと同義でもあり、決して簡単なことではないと思う。アイドルは「アイドル」という生き物ではなくあくまで職業で、彼らはみんな意思も感情もある人間だということもきちんと理解している。しめちゃんの佇まいや振る舞いを見て「プロアイドル」だと感じるということは、彼が自身の職業に真摯に向き合い、プロの魂でそれを全うしようとしているからに他ならないからだ、と思っている。いつも楽しい夢を見せて心を明るく照らしてくれる、愛で柔らかく包んでくれる。彼のその佇まいや振る舞いについて、「天性のアイドルだから」「適性があるから」という言葉だけで片付けてしまいたくはない。もちろん、向き不向きというものが存在することは理解している。ただ、その中で、彼の「プロアイドル」としての生き様は、彼の努力の賜物であり、敬意を持って受け止めたい、という気持ちでいる。

「アイドルとして」の長所と「人として」の長所は、少し異なるものだと思っている。一般社会に生きる上ではウィークポイントになってしまうかもしれないことだって、アイドルとしてははなまる満点のチャームポイントになる。しめちゃんの「超天然」も「超マイペース」も、最強にキャッチーなアイドルとしてのチャームポイント。磨き上げられたプロアイドルとしての振る舞いやファンの心に寄り添い柔らかく包み込めることに加えて、爆発力があって愛しさが芽生える類のチャームポイントを持っていること。彼のアイドルとしての強みそのものだと思う。

とりわけ「マイペース」に関して言うと、メンバーから「人と違う時間軸を生きてる」「しめと普通の人が住む世界はちょっと違う」と言われるほどのしめちゃんのマイペースっぷりやそれに関するエピソードを見聞きするごとに、「アイドル」と「ファン」の距離感で考えると、その突き抜けたマイペースさは適度に心地良い距離感に変わるのかもしれない、と思うなどしている。しめちゃんのくれる柔らかくあたたかな愛に包まれると、穏やかな気持ちになり、楽に息ができる。そして、しめちゃんが我が道を進んでいるからこそ、お互いがそれぞれの足で立ち「自分は自分」だという心持ちでいられる。物凄く不思議で、物凄く心地良い感覚。彼がこちら側のことを想い見つめてくれていることと、彼が超フラットかつ超マイペースなところが両立しているからなんだな、と思う。これは、しめ担になった頃からずっとずっと感じていること。しめちゃんがフラットだからこそ安心する。しめちゃんのくれるたくさんの愛に包まれて、自由になれる心地がする。

しめちゃんは「愛の人」だと常々思う。そして、近年のしめちゃんの愛を行き届かせる範囲は、本当に大きく広がったように感じている。その持ち前のアイドルとしての勘の鋭さややアンテナの高さで、ファンにとっての「嬉しい」ことや「ときめく」ことを掴むことが得意なしめちゃん。しめ担やトラジャ担が喜ぶであろうこと、他グループのファンの方や広くアイドルのファンの方の琴線に触れるであろうことを考え、それを自らの手で実現し提供していくしめちゃん。丁寧でまめな仕事ぶりに愛を感じる。そして、その大きく行き届かせる彼の「愛」の中心には自分を含むしめ担がいる、そんな心地がしている。

ここ1年間のしめちゃんのことを思い返すと、彼が彼自身の「理想のアイドル像」をまっすぐに追求し、それに向かって研鑽を重ねてきた、その確かな歩みを感じる。個人的な感覚として、特に2021年はしめちゃんとしめ担にとってのターニングポイントだったように感じている。発端は髪型のことだったけれど、しめちゃんはそれについてまっすぐに意思表示をした上で、自分の意思とファンの思いについて丁寧に落としどころを探ろうとしていた。それに対して、しめ担界隈も、それぞれがそれぞれの形でしめちゃんの意思を受け止めていたように思う。お互いにお互いの思いを汲みつつ、それらをじっくりと擦り合わせていきながら今に至っている感覚。たとえば「可愛い」の概念についても然りで、担当になってから今まで、彼がその概念とどのように付き合っていくか、向き合い続ける過程を見つめてきた。自分の持ち味をどのように活かし、どのように見せることが有効か、無理なく自然体の美しさが映える見せ方はどのようなものか、一つずつ考え、実践し、修正してはまた実践する、そうして磨きをかけていき、今の彼の姿があるのだと思う。

アイドルが「ファンのことを想う」ということは、「ファンの言うことを聞く」「ファンの思い通りになる」ということと同義ではないと思っている。しめちゃんのアイドルとしての振る舞いには目を見張るものがあるし、たくさんの人の心に柔らかく寄り添うその心に何度救われたか分からないほどに救われているけれど、だからといって、彼の見せる姿や言動に自分の理想を押し付けたり、型に嵌めるようなことはしたくない。あくまで、しめちゃん自身が思う「理想の姿」を、心のままに貫いてね、何よりも自分の意思を大切にしてね、と、ずっとずっと思っている。本当にたくさんこちらに心を砕いてくれていることを日々肌で感じているからこそ、その精神性や在り方に敬意を表して「プロアイドル」と呼びたい。

先日2/4に更新されたとらちゅーぶで語られた、しめちゃんのアイドルとしてのスタンスからも、芯の強さやプロアイドルとしての矜持をひしひしと感じた。外から見たときの印象を考えて「お前」呼びを止めたい、とメンバーに伝えていたこと。メンバー同士何でも言える関係でいたい、自分たちはパフォーマンスを売りにしている以上、そうでないとパフォーマンスが上手くいかなくなってくる、という考え。自身がアイドルとしてどうありたいか、グループのことを含めて物凄く考えていて、自身の持つ理想やアイドル美学に基づいて生きている。それはきっと、この「アイドル」として生きてきた14年間で確立してきたもの。うみちゃんの「等身大でありたい」「嘘はつきたくない」という思いをまっすぐな瞳で聴き、「素直でいるっていうのは俺も大切だと思うのね」と柔らかく受け止める。その上で「一つの物事に対してどう捉えるかは自分次第、だから自分は楽しむ方を取っている」と話すしめちゃん。しめまるの質問コーナーで何度か「楽しむことを大切にしている」と語っていたことや、渡米後の楽しみを見つけて新生活に向け心のエンジンをかけていく様子を綴ったしめまるを見て、同じように時間を過ごすなら楽しんだもの勝ちだ、というマインドになれて前を向くことができたことを思い出した。

どのような状況も自身のマインドの在り方を考えて楽しむ姿勢を取ること。メンタルがネガに振れたとしても、その上で心の中を整理してフラットでいること。POTATO2月号で、如恵留くんから「メンタルとか精神のバランスがいい」と褒められ、しめちゃんは「そんな仙人みたいな(笑)」と返していたけれど、私はその表現にもしっかりと感銘を受けた。雲の上にぽわんと浮かび、自分の世界で生きているような、いつ何時でも「自分」でいる芯の強さ、何もかもを見透かすような漆黒の瞳。あまりにも言い得て妙だ、と思った。仙人は修行や功徳を積んだ末になることができるものだというけれど、それにしめちゃんの「プロアイドル」としての姿を重ねていた。たくさんのことを考え、努力を積み重ね、あらゆる葛藤や悩みを乗り越えた末に確立したであろう、その姿を。

さて、去る2月3日、Travis Japanのデビューコンサートの福岡公演でのこと。しめちゃんの挨拶が深く心に響いたので、結びに添えてこの話をしたいと思う。

昼公演での挨拶は、デビューに当たりイヤモニを新調した話から始まった。きらきらのピンクラメ、片耳に「Shime」「しめちゃん」、片耳に「of Travis Japan」の刻印。両方を繋げて、「Shime of Travis Japan」「しめちゃん of Travis Japan」、「Travis JapanのShime/しめちゃん」。メンバーとファンが自分の側にいてくれたからステージに立てている、という思いを込めてデザインしたという。グループ、メンバー、ファン、その中にいる自分、全てを大切にイヤモニに彫り込んでくれる、その思いがひたすらに愛しくて嬉しかった。

夜公演の挨拶では、「デビューできてよかった」「入所して14年、諦めなくてよかった」と口にしたしめちゃん。ああ、そうだ、14年、と思った。人生の半分近くをアイドルとして生きているしめちゃん。こうしてお祝いのnoteを書いている真っ只中に入った福岡公演、ずっとしめちゃんのアイドルとしての歩みに思いを馳せていたから、何だか心が通じ合ったような感覚を覚えた。

昼公演、ペンライトで一面ピンクに染まった会場を見ながら、「ペンライト振ってみて?こんなに綺麗なんだよ?俺この景色ずっと見てたいし、守っていきたいと思っています」と言っていたしめちゃん。夜公演では、噛み締めるように「俺皆のこと自慢だよ、自慢のファンだよ」と言ってくれたしめちゃん。その表情は、あまりにも穏やかで、慈しむような表情だった。ずっとずっとブログや雑誌で「会いたかった」と言ってくれていたその言葉を思い出しては、彼が私たちに向けてくれる思いを肌で感じていた。

今のしめちゃんの姿に対して「アイドルとして隙が無い」と感じることが多々あるけれど、少なくとも、私が好きになった頃のしめちゃんには、もう少し隙があったような気もしている。「アイドル」から「プロアイドル」へ、「天使」から「大天使」へ。基本的には日々の歩みの中で徐々に変化していったのだとは思いつつも、2021年前半に天使から大天使に羽が生え変わり始め、2022年には大天使として覚醒した、というような印象がある。私がしめ担になってから今までの期間は、彼が「アイドル」から「プロアイドル」になっていく過程でもあったんだろうな、と思う。

今のしめちゃんの姿は、しめちゃんが積み重ねた14年間の歩みそのものだ。自らの在り方、グループの立ち位置、ファンの思い、日々あらゆることが移り変わる状況の中、絶えず考え続けて確立したもの。きっとこれからも、日々変化を続けながら、進化を遂げていくことだと思う。まだまだ短い期間ではあるものの、そんなしめちゃんの歩みを見続けることができて、とても嬉しい。しめちゃんに出逢えて、よかった。

これほどまでにアイドル然とした振る舞いを貫き通すしめちゃんは、凛と気高くて美しい。ただ、全方位に意識を張り巡らせることが精神的にかなりハードであることは紛れもない事実で。そんなときに、ファンの存在が、しめ担の存在が、彼の心に安らぎをもたらすことができたらいい、と思う。しめ担として、彼の一番の味方でありたい。彼がくれる愛や信頼に報いたい。まっすぐに「大好き」だと伝えたい。直接彼に何かをできることはそんなに多くはなくても、せめて。

ペンライトの海を眺めて嬉しそうに微笑むしめちゃんの姿が、心に焼き付いて離れない。私はしめちゃんのあの笑顔をずっとずっと守っていきたい。そして、しめちゃんの瞳に映る美しい景色の一員であり続けたい。彼の受け取る喜びや幸せを、これからも共に感じていきたい。彼の掲げる夢が叶う瞬間を共に歩み、喜びを分かち合いたい。これまでも、しめちゃんとしめ担はお互いの愛でお互いを包み合う、柔らかな愛の応酬を続けてきた自負はある。でも、今、改めてそんな気持ちでいる。