世界石巡礼ブログ トルコ
🔴2009/06/13
イスタンブール、地下宮殿のメデューサに釘づけ
6月10日
10年ぶりにイスタンブールの街を歩くと、街はかなり洗練されていて心地よい感じがした。 いや、それはインドからやってきた者の過分な評価なのかもしれない・・・。 ブルーモスクの近くの地下宮殿は、イエレバタン・サルヌジュと呼ばれるローマ時代に作られた地下の大貯水池だ。 階段を降りると、ひんやりとした空気に心地よさを感じる。 下に降りきると、大きなスペースがありライトアップされていた。光を浴びた大理石の柱が整然と立ち並び、何とも幻想的な雰囲気を醸しだしていた。
池には水が貯まっていて、中を覗くと太った鯉がたくさん泳いでいた。 通路をさらに進むと、二つの柱に観光客の一団が取り囲んでいた。そう、そこにはメデューサの首があった。
メデューサとは、ギリシャ神話に出てくる女の魔物で、頭の髪は毒蛇で、猪の牙、青銅の手、黄金の翼を持ち、 見たものを石に変える魔力があるとされている。 メデューサの首は、横向きで柱の土台にされていて痛ましい。まるで、メデューサの魔力を封印するかのように建築資材として使われたかのように見える。 それにしても、観光客の多くはこのメデューサに釘づけである。その周りから人がいなくなることは無かった。 また、隣にもう一つの首があった。こちらは真っ逆さまに据えられている。
人柱ならぬ首柱は、ローマ時代の魔よけのような意味があったのだろう。
カッパドキア・ギョレメにて 郡司 拝
🔴2009/06/13
こんな岩に住みたい!カッパドキアの巨石群
6月11日 昨夜8時半にイスタンブールを出発したバスは、ようやくカッパドキアに近付こうとしていた。 バスがギョレメの街に近付くと、起立する奇岩があちらこちらから見えてきた。岩には入口や窓の穴が空いていて、まるで「風の谷のナウシカ」に出てくる世界を思わせた。 ギョレメは奇岩に囲まれた小さな街で、まるでおとぎ話の世界に入ってしまったかのような雰囲気があった。 ある洞窟ホテルに宿を決めチェックインをすると、ドイツ在住の日本人夫妻と出会う。彼らは、今朝方、ギョレメ上空のバルーンツアーに参加されたという。久しぶりに日本の方と話ができて楽しい。 その後、ホテルでしばらく休んで午後からレンタルバイクでカッパドキアを巡ることにした。 バイクの旅は、通り雨で1時間くらい雨宿りをした他は、かなり快適に移動ができた。お陰でたくさんの巨石を見ることができた。
カッパドキアは、アナトリア高原の中央に広がる大奇岩地帯で、浸食されたキノコ状の岩が有名だ。 この地形は、数億年前に起きたエルジェス山の噴火によって造られた火山灰と凝灰岩が数百mずつ積み重なった後、凝灰岩や溶岩層になる。その後、長年に渡る風雨の浸食の結果、固い部分だけが残された。 カッパドキアは、ヒッタイト時代には主要な交易ルートの要として栄え、4世紀前後にはキリスト教の修道士達が凝灰岩に洞窟を掘って住み始めた。彼らは、外的から身を守るために地下都市を造り信仰を守ったという。
翌12日
ツアーに参加して、カイマクルの地下都市、ウフララ渓谷を巡る。 アルゼンチンのグループ、インド人家族、我々を含む日本人の2家族の計16人で回った。 岩の風景、洞窟、渓谷と巨石、岩に造られたキリスト教古代遺跡など巨石尽くしの一日だった。
カッパドキアは、自然が造った実に魅力ある奇岩の景観を見せてくれた。それと同時に、岩をくり貫いて生活していたかつての修道士達の暮らしぶりを想像すると、信仰へ揺るぎない力が伝わってくる。 いくつもの洞窟の中を見ながら、私もこんな岩の中で生活したい、とつくづく思ってしまった。 トルコ最大の観光地カッパドキアは、奇岩や石を通して地球を感じることができる場所だ。
カッパドキア・ギョレメにて 郡司 拝
追伸:今後の予定 6月17日にエチオピアへ、6月28日からエジプトを巡ります。
🔴2009/06/16
パモッカレの石灰棚と古代温泉
ヤリカワクのマサコさんとの再会
6月15日
カッパドキアから夜行バスで12時間あまり走り、早朝パモッカレに到着した。 ここは、古代遺跡ヒエラポリスと温泉プール、そして石灰棚の地形で知られている。 朝食を食べ、ゆっくり坂道を上がってゆくと白い石灰棚が見えてきた。まるで雪が積もって白銀の世界を造っているようで眩しい。水量が少ないようで、途中、空っぽの石灰棚もいくつかあり、丘上に近付くと棚田のような美しい石灰棚があった。
パモッカレ全景
石灰棚
2世紀に造られたアポロン神殿は、プルトニオン(有毒ガス)が発生する場所に造られ神託が行われた。
アポロン神殿跡
毒ガスがでる穴はプルトン(冥界)に通じる。かつて、巫女はこのガスを吸いこんでトランス状態になりアポロンの言葉を告げたとされる。ヒエラポリスとは、聖なる都市を意味する言葉だ。 また、ここには古代から治療に使われた温泉がある。今では温泉プールとして、入場料を払えば中に入る事ができる。我々は、久々の温泉に胸躍らせて温泉に向かった。入場券を購入し着替えて温泉の入口に行くと、係員は私の褌姿を見て、パンツをはけというのだ。私は、頭にきて褌は日本の伝統的なものであることを主張した。それからしばらくやりあった末、係員はしぶしぶ、褌で温泉に入る事を認めた。とにかく、入る事ができて内心ほっとした。
温泉プール 源泉
温泉
プールの中は、水着を着た人々が温泉に浸ったり、泳いだりしていた。面白いことに所々に石柱が転がっていて、温泉はまさに古代遺跡(世界遺産)の中にあるのだ。 源泉に近付くと深さが4mほど深くなっていた。そこは、下から細かい泡が吹き出していた。そう、それは重層(炭酸カルシウム)であった。泡は身体に付いて細かな気泡になって、とても心地よいのだ。 午後、パモッカレからボドルム、そしてヤリカワクへ向かった。 ヤリカワクに住む、マサコさんに会うためだ。マサコさんはトルコでヒーリングの仕事をされていて、トルコとインドネシアを拠点に暮らしている方だ。 マサコさんの家族、大久保ファミリーとは、10数年前にアフリカのマダガスカルを旅している時に出会った。彼らは日本を離れ31年間海外で生活をしていて、身近な仲間の間では伝説的なファミリーでもあった。 マサコさんとは昨年、東京の代々木公園で行われた友人のバンドにマサコさんの娘がダンサーとして参加した時に再会していた。 ヤリカワクは、トルコの南西の地中海沿いにある街で、今ではリゾート地として人気を集めているという。 マサコさんは、我々の突然の訪問を歓迎して下さった。お住まいは、海と山が見える素晴らしい環境で、心地よい風を浴びながら寛がせていただく。 その夜は、マサコさんの手料理とトルコワインをご馳走になりながら、宴に花を咲かせる。妻はマサコさんの生き方や薪を使っての料理に感動していた。
翌日、マサコさんはヤリカワクの街を案内してくれた ヤリカワクの街は、近年リゾート地として開発され海外から多くの人々が訪れているという。 コバルトブルーの海は実に美しい。
徒歩で1時間ほどした処にある、Kaya Mezarlari という紀元前200年頃の古代遺跡に行く。 そこから青い海を見ながらお弁当をいただく。何ともゆったりとした贅沢なひと時を過ごす。 半島の入り江から少し上った処にある遺跡跡は、巨大な岩を洞窟状に加工したもので、自然の浸食も進んでいた。ここは、かつてお墓として使われたといわれる。
カヤ遺跡
ヤリカワクには、この他にも山上にいくつかの古代遺跡があり石造文化が多く残っているという。 マサコさんの友人にヤリカワクの役所に勤めている方がいて、彼に来年ここで石の写真展ができないかと提案したところ、さっそく私のホームページを見てくれ興味を示してくれた。
ドーム・ギャラリー
うまくゆけば、来年の7月頃にヤリカワクで写真展ができそうだ。
イスタンブールにて 郡司 拝