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小説『共演者未満』#1


 劇場内から拍手がパラパラと聞こえる。

 前説で冗談を交えつつ場を温める役目を果たした桜木さんが舞台袖へとはけていく。その姿を見送りながら、私は再度舞台の上に視線を戻す。

簡易的なセットだ。

 ソファ、テーブル、棚。その上には仲睦まじく笑う中学生の写真が飾られている。まだ役者のいない舞台上を見るだけで、これから始まる物語の期待が高まる。

 時計とマスクを外し、物語へ没頭する準備を始める。

13:00。

 BGMが大きくなると同時に劇場内は段々暗くなっていく。音響と照明の静寂が、物語の始まりを連れてきた。


***


 「えぇ、『セントラルハウス』が再演されるの!?」

 私が2年前、初めて大学の部活以外で出演した舞台がセントラルハウスだった。だから今でも思い出せばあの舞台の緊張が思い出される。
恥ずかしいような、でもずっと覚えておきたい、そんな舞台だった。

 その舞台が、また生まれ変わって上演される。

 そんな楽しみなことはない。急いで公演日時、上演場所、キャストなどを確認していく。と、見覚えのある名前を見つけて手が止まった。

齊藤飛鳥。

えええぇ、飛鳥!?!?

 飛鳥は高校のダンス部の時の同級生だった。大学に入ってすぐの頃、新人公演の案内を送ったことをきっかけに飛鳥も大学で演劇を始めたことを聞いていた。

飛鳥もまだ演劇、続けていたんだ。

 嬉しさと安堵と、そしてこんな形で飛鳥の名前を目にした衝撃が消えない。

 とにかく事実確認をするために、飛鳥のLINEを探す。

"飛鳥!セントラルハウス出るの!?!?"

 久しぶりの挨拶もなく勢いで質問してしまった。相変わらず可愛げのないLINEだと少し後悔しながら返信が来るのを待った。


***


 その日の夜、お風呂あがりにスマホを確認すると、飛鳥から返信が来ていた。

"よー久しぶり!
そそ!出ることになった✌"

"私2年前にセントラル出たの!"

"はっ?何それ初知りなんだけど😯"

"あーごめん私案内送ってないわ"

"うわ!今回の勉強のために美香の演技見ておきたかったのに…"

”未来でこの舞台に出るなんて分からなかったから今言ってもねぇ?”


 その後もLINEで話しているうちに、近々会わないか、と誘われた。飛鳥は私が出演した時の様子や、演出家さんについてももっと知りたいらしい。私としても、飛鳥がどんな舞台に出ていたのか、どうしてセントラルハウスに出ることになったのかなど聞きたいことが沢山あったので快諾した。


***


 指定された喫茶店に時間の10分前に着いた。

ちょっと早かったか。

 そう思って到着のLINEを入れようとすると、ちょうど着いたと連絡が来た。顔をあげると、3年振りに会う少しだけ大人びた飛鳥の姿があった。

 「よっ!久しぶり…ってこの前LINEで話したからそんな感じしねぇなぁ」

 「久しぶり!そう??てか飛鳥、若干背伸びた?」

 「あ~ちょっと伸びたかも?でもゆうて高校の時とさほど変わんないよ?」

 「逆に私が縮んだのか」

 「そうかも!」

 「ちょっとそこは否定するとこなんですけど~?」


 そんな冗談を言いながら、飛鳥が開けてくれた扉から店内に入る。空白の3年間が嘘のように高校時代の記憶が蘇ってくる。最初に頼んだアイスコーヒーがいつの間にか机の上に水たまりを作っていた。そうなるまで気がつかないくらい夢中で喋り倒していた。

 飛鳥は大学に入ってから私が思っていた以上に演劇にのめりこんでいたらしい。高校のダンス部の時も、一人で残って練習する姿をよく見ていたし、もともと熱しやすいタイプみたいだ。部活だけでは飽き足らず、有名な演出家のワークショップに参加したり、少し無謀だと思いながらもオーディションを受けに行ったり、意欲的に活動していた。今回の『セントラルハウス』も受けに行ったオーディションの1つだったらしい。

 「美香の時はどういう経緯で出演したの?」

 「私は一枠空いていて募集しているんだけど、って紹介されて」

 「じゃあオーディションとかはなかったんだ?」

 「うん。考えてみれば私オーディションとか受けたことない」


 そう溢した時、飛鳥は目を丸くした。


 「え、オーデ受けたことないってそんな衝撃??」

 「そっか~美香は人脈で出演しちゃうタイプの人間なのかぁ。そっかそっかぁ...」

 「お~い、飛鳥??戻ってこーい!」

 「いやぁ~すっげーわ!」

 「たまたまだって。そうやって紹介されて出た舞台は、私の実力を買ってくれている訳じゃないんだよ。枠が空いていたから私に声がかかっただけ」

 私は運ばれてきたまま手の付けていなかったコーヒーに手を伸ばす。自分で言っておきながら、胸の奥がズキっと痛む。

たまたま。
決して実力で勝ち取ったものではない。

 自分から進んで舞台に立とうとする飛鳥が眩しい存在に思えてくる。そんな負の感情を流したくてコーヒーを喉に流し込んだ。

 「運も実力の内だろ?」

 「だといいけど。飛鳥みたいに実力が評価される、そういう役者になりたいって思っていたはずなのに」

 「ねぇ、この後空いてる?」

 「はい?」

 「空いてるなら稽古ついてこねぇ?」


 飛鳥はニヤリと笑みを浮かべ、伝票をもって立ち上がった。


***

小説『共演者未満』#2 へ続く

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白川 芽琉花
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