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小説『1日遅れのバレンタイン』


 2月14日。

 テレビの中も街並みも、揃いも揃ってピンクとチョコ色と甘々な雰囲気を醸し出している。そういう僕も気持ち的には浮かれているのだ。なんたって今年は"彼女がいる"バレンタインだからだ。

 2週間ぶりの休日デート。行きたいところがあると言われ、待ち合わせは自由が丘駅前だった。電車で通り過ぎることはあったが、降りるのは初めてだった。噂に聞くオシャレな街に僕は浮いていないだろうかと心配しながら彼女を待った。

 「おまたせしました。少し待たせちゃいましたか?」

 彼女にしては珍しい白を基調とする格好にドキッとする。いつもよりふわふわとした雰囲気に緊張がこみ上げてきた。かわいすぎる。僕はそんな心の声を彼女に悟られないように

「大丈夫です。僕も先ほど着いたところなので。」

と、いつものように返した。

***

 彼女の行きたい所は通りを一本抜けた静かな通りにある喫茶店だった。外から店内を覗くと昼時にもかかわらず、3組ほどしか姿が見えなかった。彼女はまるで自分の家にでも帰っていくような自然さで店のドアを開けて入っていく。僕もそれに続いた。

 いらっしゃいませという声の後に一際大きな声が聞こえた。会話の内容からして知り合いなのだろう。一応挨拶をしておく。席に案内されて気になっていた質問をしてみる。

 「あの店員さんとは知り合いなんですか?仲良さそうにしていましたよね」

 「はい。美波、あさっきの店員、私の大学の同期だったんです。この間たまたまここで働いていることを聞いて、悠さんを誘いました。」

 どうやら美波と紹介された店員さんは、都内のアパレル会社に就職したが、今年の夏に急にやめてここで働き出したらしい。

 「服の仕事もやりたいことの1つだったみたいなんですけど、そのうち違うなぁーって思ったみたいです」

 「それがこの喫茶店?」

 「いいえ。お店を出したいは出したいらしいのですが、どちらかというとお店のデザインをしたいようです」

 「こういう雰囲気のお店が理想なんですかね?」

 「8月から色々なところで働き始めてこれ5軒目だそうです」

 「え、5軒???」

 「そうなんです。細かいところまで知るためにはそこに入った方がいいという風に言っていました」

 そう話す彼女の目もまた美波さんと同じような目をしている。彼女もまた同じく何か希望を持っているのかもしれない。そんな予感をしながら届いた料理に手を伸ばしていると彼女がまた話を始めた。

 「私、1年間フランスに行こうと思います」

 その言葉に食べていたパスタが喉に詰まる。

 「前々から考えていたんです。私がフランスに興味があることはお話しましたよね。ここにはない国民性も街の雰囲気も私にとってはとても魅力的です。ずっと憧れていました」

 彼女は次々と言葉を続けていく。僕は驚きはしたものの彼女らしいと思った。そして、きっと彼女の中ではこれは相談ではなく報告なのだろう。それをわかった上で僕は質問する。

 「それで僕はどうしたらいいんですか?」

 反対されるだろうと思っていたのだろうか。予想外の僕の言葉に一瞬彼女の動きが止まる。そして少し考えてから静かに話しだした。

 「まず、私の意志をくみ取っていただきありがとうございます。いきなりこんなことを言い出してすみません。勝手なことを言っているのは重々承知です」

 そうして一息入れてからまた彼女は話し出した。

 「私には今、叶えたい願いが2つあります。1つは今お話したフランスへ行くことです。行ってそこで生活することです。そのために1年という期間を設けました。そして、2つ目は。」

 「あなたと一緒にい続けることです」

 彼女の眼はまっすぐに僕を見ていた。真剣すぎるほどまっすぐで僕はそらしたくなったが、その衝動を抑えて続きを聞いた。

 「一緒についてきて欲しいとは思っていません。仕事もありますし、1年間私のやりたいことに付き合わせる訳にはいかないと思います。ただ、私が帰ってくるまで、待っていては、もらえない、でしょうか。」

 どんどんゆっくりに、自信のなさそうに言葉を紡いでいく。テーブルの上に置いていた彼女の手は小さく握られていた。そんな彼女のことをじっと見つめながら僕は彼女の頭に手を伸ばす。触れた瞬間、彼女がそっと顔をあげた。

 僕が笑顔で答えれば、彼女は静かに涙をこぼしていく。


 止まるまで二人は一言も話さずに向かい合っていた。

***

 彼女のフランス行きを宣告されてから1年後。2月のうちなら安く行けると言った彼女はバレンタイン前に旅立った。

 フランス行きを宣言した後、日本にいるうちにホームステイ先を見つけ、フランスへ行ってからしばらくの間、そこでお世話になることにしたようだった。時々送られてくる写真は笑顔の写真ばかりで、楽しそうでなによりだと思う。

 その後もお気に入りの場所を見つけては、一人暮らしをしてみたり、仲良くなった人のところにお邪魔したりと転々としながらも生活しているらしい。

 そして、今年2月15日。飛び立って1年が経ち、僕は空港に来ていた。そろそろかと思って到着口の方に移動する。

「ただいま!」

 僕が着くと同時に彼女は到着ゲートから満面の笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。

「おかえり。待ってた」

 そう言って僕は君を抱きしめた。

 彼女の手には、恋人に送るチョコレートが握られていた。

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白川 芽琉花
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