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小説『君がいるところへ今日も帰る』


「ただいま」

 そう言いながら鍵のかかった扉を開ける。いつもだったらその先には美味しそうな匂いと、暖かな明るい光が待っているはずだ。けれども今日はそのどちらの気配も感じない。玄関の電気をつけ、恐る恐る廊下を進んでいった。

 このアパートに住み始めて8ヶ月。付き合って1年がたったある日、同棲話を持ち掛けたら彼女も同じことを考えていたらしい。すぐに二人で住む手配に取り掛かった。一つ下の彼女は今年就職したばかりの新社会人。そういう僕は高卒で働きに出ているから社会人5年目。残業も多く、彼女より帰りはいつも遅かった。負担にはなっているだろうが彼女は喜んで家事を引き受けてくれている。そこに甘えすぎていよいよ愛想をつかされたのか。

 よりによってこんな日に。

 そんな暗い思考のまま部屋の中へ進んでいく。沈んだ気持ちを抱えたままリビングへのドアを開けると、いきなり目の前でパーンと火花が散った。ような気がした。

 実際には彼女が用意していたクラッカーが勢いよく飛んできたのだった。

 状況が呑み込めず、呆然とする僕に彼女が近づいてきた。

「おかえりなさい。それからお誕生日おめでとう」

 後ろに隠していた小さな箱を僕の前へと差し出す。それを見てもまだ動けずにいた僕のことを覗きこんで彼女は言葉を続ける。

「お~~~い!?今日は君の誕生日でしょ??忘れちゃった???」

「あ、いや、ただいま。」

 ワンテンポ遅れた返事を返す。ようやく状況が分かり今度は驚きが迫ってくる。

「これは??どうしたの?」

「サプライズしようと思って待ってたの!」

 さっきまで彼女が出ていったかもなんて考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。僕のためにこんなことをして待っててくれたのだ。

「・・・嬉しい」

 知らぬ間に出ていた言葉に彼女が目を丸くする。僕も驚いて慌てて口をふさいだ。そして二人同時にこらえきれずに笑い出す。

 ひとしきり笑って、先程受け取りそびれたプレゼントをもらう。開けるのは夕飯を食べてからにしよう、という彼女の提案でテーブルに向かうためソファから立ち上がる。

 僕は彼女の首に手を回し、後ろからぎゅっと抱きしめた。それから大好きな君にキスをする。ちょっと照れたように下を向くのが可愛すぎて我慢できなくなる。大好きだ。思わずもう一度彼女を抱き寄せた。


お誕生日おめでとう。

後ろのテーブルで、まだ湯気が立っている僕の大好物たちが、僕たちを見守っているような気がした。

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白川 芽琉花
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