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読んで癒される、話して癒される

森川すいめい著「感じるオープンダイアローグ」

森川さんが自身のクリニックで実践している「オープンダイアローグ」。
この本は、オープンダイアローグとは何かを伝えるため、
著者の過去について、そしてどのようにオープンダイアローグを習得し、実践しているのかが記された本である。

オープンダイアローグを通じて癒されていく

第三章「対話が、なぜこころを癒やすのか」では、著者がオープンダイアローグ対話実践者プログラムの受講を通じて、どのような変化があったのか時系列で書かれている。

自分のこと・家族のことを話すセッションで、著者が実際に話した内容を読んでいるとき、実際におーぷんダイアローグに参加して直接話を聞いている感覚だった。
私の中に「自分」や「家族」のことにまつわる傷があり、その傷が著者の話に反応したんだと思う。

著者が癒されている過程で、メモした言葉たちを紹介したい。

このトレーニングでは、自分が鎧を着ていることを知り、鎧を脱ぎ、その下の傷を露わにして、自分が傷ついていることを話す。
傷はとても痛むものだ。
そこに触れられたら、感情は大きく揺さぶられる。
涙を流すかもしれないし、怒ってしまうかもしれない。だからその傷は癒やされなければならない。傷ついたまま鎧を脱いだら、話を聞くうちに感情が大きく揺さぶられて、自分がひどく傷つくか、反対に話した人を深く傷つけてしまうかもしれない。
 価値や、大切にしているものを話す体験は、私にとって自分の傷を癒す最初の作業になった。

101ページ

トレーニングでは、一人ひとりの話すじかんがたっぷり用意されていた。ゆっくりと長いじかん話す。沈黙の時間もあるが、それも大切にされる。何か情報を話すのではなく、自分の気持ちを話す。自分の気持ちを話すためには、ゆったりとした時間が必要だった。それはじぶんのためのじかんであり、私のための時間を作ってもらえることに、心の底から感謝の気持ちが湧いた。

99ページ

私は、それまで、人の痛みに向き合うことができていなかったように思う。目の前の人が自分の過去を話し、蓋が開いてその傷が露わになると、私はひどく動揺し、じぶんでは同意にもできない、トラウマケアの訓練を受けたような専門家でないと話を聞くことはできないと思い、話を深めないようにしていた。
 しかし、私は蓋が開いても大丈夫なことを知った。安全な場所で蓋を開いて、話をすることにって祝福してもらえた。だから同じように、話を聞くことができる。もちろん、閉じてある蓋を、無理やり開けることはできない。その人が蓋を開けて話してもいい、話たいと思ったときに、私はその場合に留まることができるようになった。

121-122ページ

「私は私を許します」
小さな声で言った。母を孤独にさせたことを許すことがなどできないのだが、許すことができない自分を許さないままにに許す。そのままでいい。自分のままでいい。だめなままでいい。力が抜けた。それは3年間のトレニーングの3分の2が終わった、2019年2月のことだった。

125ページ

涙、傷、癒やされていない部分

このnoteをまとめているとき、なぜか涙が溢れて止まらなった。
何か過去の感情がリンクして、涙スイッチが押されてしまったようだ。
私も、対話を通じて自分の傷を癒したいなと思った。
自分の傷を癒やすことで、きっともっと話を聞くことができるし、話すことができるようになるんだと確信している。


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