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シスターとパン(旅行の備忘録#2)
イタリア旅行からの帰りの飛行機で隣の席に座ったのはシスターだった。
シスターは、席に着くなりスカートのしわを丁寧に伸ばし、背筋もピンと伸ばすとバッグから本を取り出して読み始めた。
そのまま読み続けるのかと思いきや、5分と経たないうちに彼女はソワソワし始めた。ソワソワというよりもこの飛行機の旅が始まることが嬉しくて、本なんて読んでいられないわというワクワク感が全身から溢れ出ているようだった。
飛行機が飛び立ち、安定飛行に入ると機内では映画の上映が始まった。
私は映画に全く集中できなかった。なぜなら視界の横に入ってくるシスターの反応が楽しすぎたからだ。
アクションシーンでは、ハラハラドキドキしながら手を胸の前で組み、画面から何かが飛んできそうなときは、彼女もいっしょに身をかわす。ラブシーンでは、両手を顔の前で広げ、覆い隠しながらも指の隙間からスクリーンを見てため息を漏らしている。
なんて純粋な反応なんだ!
こんなに全身全霊で映画を楽しんだら疲れないだろうかと思うほど、シスターは映画を満喫していた。おかげで私は何の映画を観たのか、さっぱり覚えていない。
やがて食事の時間になった。相変わらず姿勢を少しも崩さないシスターは、いつもそうしているであろう食前の祈りをささげてから食べ始めた。
この時のメニューで選択肢の中に「やきそば」というのがあった。
イタリア滞在中どんな料理もおいしく、食事に関しては何の不満はなかったが、確かにそろそろ日本のジャンクな味の食べ物も悪くないということで私は「焼きそば」を選んだ。
運ばれてきた「焼きそば」のふたを開けて非常に驚いた。
文字通り焼いた日本そば(中華麺ではなくて)が入っていたのだ。黒ゴマがトッピングされていたのもなぜか忘れられない。
口はソース味の焼きそばを受け入れる準備万端になっていたので、やり場のない怒りというか、もどかしさというか、コレジャナイ感を抱えながらその焼いた日本そばを口に運んだ。う~ん。違う。
どのメニューにも小さなパンが添えられていた。一口サイズにちぎろうかと思いパンを手に取って、これまた驚いた。信じられないくらい固いのだ。なんなら釘でも打てるのでは?という位に。私は食べるのをあきらめた。
そのとき、また、視界の端にシスターの動きが目に入った。
食事を終えたシスターが紙ナプキンにその固いパンを丁寧に包み、大事にバッグに入れたのだ。
その姿を見て、私は自分の気持ちの持ち方や行動を恥じた。
イタリア旅行はいろいろな思い出を残してくれた。もう何年、いや何十年も経っているのに記憶が鮮やかによみがえる。街の喧騒や、美味しかった料理の味、美しい景色、ファッション、芸術、耳に心地よいイタリア語、ゴンドリエの歌声。
そして、シスター。
もし、隣の席に座ったのが違う人だったら旅の記憶はこんなにも残らなかったに違いない。
いろいろな意味で彼女に感謝している。
ずーーーっと熟成下書きになっていたこの話。
年が変わる前に書けました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
また、次のnoteでお会いしましょう。