
彼の右手の指は1本多かった。
親指と人差し指の間に第ニ関節くらいまでの短い指があった。
自由に動かせる指というよりは、ただついているだけのようで、彼が字を書いている間その指は小刻みに揺れているだけだった。
ベトナムから来た学生だった。
私は、何も言えなかった。
そして、何も聞けなかった。
ただ何か黒くて重いものが私の底に沈んでいって、いつまでも上がってくることはなかった。
彼の手から目をそらすことも、
かと言って
見続けることもできない。
どうすればいいのか
いつもわからなかった。
彼はいつも穏やかで真面目に勉強していた。
自動車整備士になるために日本で専門学校へ進学したいと言っていた。
彼の手が私に残したものは、何だろうか。
私にできることは何だろうか。今でも問い続けている。
くりすたるるさんの 「#手」の記事を拝読してから、ずっと書きたいなと思っておりました。
自分の手を含め、いろんな人の手が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していました。
彼の手が忘れられないのでやはり書くことにしました。
歴史の教科書やニュースで知ったことを日本語学校の現場で目の当たりにすることがあります。「国と地域」という言葉が含んでいる意味なども、学生の発する言葉や考えに触れることで、はっとなることがあります。
一方で、過去や現在の世界情勢に関係なく様々なバックグラウンドの国と地域の学生同士が交流をしているのを目にすることももちろんあります。
彼らが日本語を使って交流しているのを見ると、争いをやめて握手を交わせる世界になってほしいと切に願わずにはいられないです。