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Návy Nights

" Alf Layla wa Layla "


「アルフ・ライラ・ワ・ライラは千夜一夜物語のことよ。アルフ・ライラは千夜、ライラは夜。でも、アラビアン・ナイト って言った方が分かるかしら?」

「アラビアン・ナイト? 僕だってアルフ・ランラで分かるよ」

「ふふ、無理しちゃって。発音、間違えてるわよ」

彼女の瞳は、黒曜石のような輝きと比喩すればいいのかもしれない。しかし迷いのないこの漆黒色は、僕にブラック・オニキスの方を連想させた。しっかり心肝を括っていないと、この黒より黒い瞳の中に吸い込まれてしまいそうだ。

「あたし、千夜一夜物語が大好きなの。やっぱり同じ嗜好の人と、同じ方角を見ていたいわ。だからあの物語にネガティブな人とは付き合えない」

「あ、奇遇だね、僕もあれ大好き。なんかさ、魔法のランプとか ‥ あはは」

「ふふ、無理しちゃって。そういう時はね、『僕もこれから好きになります』って言えばいいのよ」

彼女は僕が働くカフェの常連客で、僕より2つ年上の27歳らしい。店は狭く寂れていて、お客はいつも少ない。今もお客は彼女1人で、スタッフも僕1人。その彼女に、カウンター越しに「僕と付き合ってよ」と鈍いストレートを投げた。途端、彼女はなぜか千夜一夜物語に話をスライドさせた。逃がすものか、という思いが募って、つい無理をしてしまった。無理は彼女に見透かされた。

「千夜一夜物語は、今から千年以上も前のイスラム諸国の説話集よ。アラビア語での原型は、8世紀後半あたりにできたのよ。日本の古事記の編纂が8世紀前半だから、時代のロケーションは、あのあたりね」

「はい、勉強になります!」

「ふふ、素直でよろしい」

僕は千夜一夜物語なんてどうでもいいから、早く鈍いストレートの返事が聞きたかった。でも彼女の千夜一夜物語の話は、まだ続きそうだ。

「ごめんなさいね、退屈させてしまって。もうすぐこの話は終わるから、もう少しだけ聞いてくれるかしら?」

「う、うん。―― 僕はどうして、見透かされてばかりなんだ?」

「ふふ、これで最後よ。千夜一夜物語は、端的に言うとシャフリヤールというちょっと心の狭い王様が、何人目かの妻にあたるシェヘラザードという女性から、物語を千と一の夜に分けて毎晩話を聞くという形式なの。あたしね、そのシェヘラザードになりたいのよ」

僕には話の中身がまったく見えなかった。―― シェヘラザードになりたいって、彼女は何を言っているんだ?

「あたしの語る千夜一夜物語、週に1夜(1話)ペースで聞きに来て。場所はあたしの家。全部聞いてくれたら付き合ってあげる。どう?」

「あの、つかぬことを伺いますが。僕の計算ですと、週1ペースだと全部聞き終えるのは、20年後になりますが? 1年間で約50夜( 50話 )ですから、1,001夜÷50夜 ≒20年です」

「ふふ、嫌なら別にいいわよ。あなたがあたしを好きなほど、あたしはあなたを好きではないわ。あなたの淹れるエスプレッソは好きだけどね。あたしにシェヘラザード気分を享楽させてくれる人は、他を探せばいいだけのことよ」

口元は笑っていても、彼女のブラック・オニキスな瞳は笑っていない。彼女自身は戯言を抜かしているわけではなさそうだ。だったらこんな協定案に合意できるわけがない ‥ と思いながらも、僕は彼女の漆黒色の瞳に吸い込まれていく。僕の中にいる2人の僕が議論を始めた。

今から45歳までの20年間、彼女の家に通っておとぎ話を聞くか?

そんなこと、できるわけないだろう。考えるなよ、そんなこと。

でも、そうしなきゃ、彼女と付き合えないよ。

女のスペアなんて、他にいくらでもいるだろうよ!

女のスペアはいるよ、でも彼女のスペアはいないよ。

おい、本当に通うのか?‥20年だぞ!

まぁ、暫定協定案くらいに思っておけばいいと思うんだ。どうせ20年間の途中で彼女も考えるよ、特に29歳あたりにはね。語りを聞くシチュエーションも密室で一対一らしいから、20年が崩れる隙はいくらでもある。

なるほど! よし、合意だ。焦らずいこうぜ!

とりあえず第1夜目。夜遅くに僕は初めて彼女の家に行った。
洋館風の小さな一戸建てだったが、1人住まいらしい。彼女の仕事や経歴など一切干渉しない約束だったが、どこか退廃的な住まいの雰囲気から、いろいろ気になって仕方がなかった。
広い玄関には、いくつかのランプが灯されていて、それだけで異国情緒と不穏な空気を感じさせた。通された部屋は極端に照明が落とされている。床一面にペルシャ絨毯が敷き詰められているが、暗くて柄の細部までは見えない。

ペルシャ猫が無愛想に僕を出迎える。ペルシャ猫の目には、生まれつきアイラインのような縁どりがある。長年この猫が、猫の貴族と言われる所以はこれか。
僕は大きなリクライニングチェアに腰掛けた。僕のすぐ横で、ただ宙を見つめながら語る彼女がいる。彼女の細い唇から放たれる、千夜一夜物語を聞く日々はもう始まった。僕はこの Navy Night= 暗碧の夜が、悦びの色に化するのを、闇々のうちに目論んでいた。

5年後、僕は30歳になった。
淡々としたこの5年間は何の進展もなく、当初の目論見に反して250もの物語が僕の耳を通過した。( ~「ほくろ」の物語 )
考えてみれば、彼女の名前をまだ聞いていない。干渉をしてはいけない約束だったが、これはそれには当たらないだろうと思い、聞いてみた。

「名前、聞いていなかったよ。家にも表札ないし、下の名前だけでも教えてよ。呼ぶ時にさ、いつまでも『ねえ』とか『あの』じゃ、なんだかさぁ ‥」

「あたしは、アミリ」

「アミリか。僕はね、出夢と書いてイズム。カタカナで呼んでいいよ、あはは ‥ でも5年も経ってて、なんか変だね」

10年後、僕は35歳になった。
千夜一夜物語は、折り返しの第500夜を終えた。( ~アブー・キールとアブー・シールの物語 )
僕にはいつも無愛想だったペルシャ猫はもういない。
痺れを切らすという言い回しがあるが、ここまでくると痺れに痺れが上乗せされて、感覚が麻痺してきた感がある。しかしこの方が我慢しやすいので、この麻痺を利用することにした。
我慢と言ってしまったが、考えてみれば付き合ってもいないのに、週1回は必ずアミリと会える保証枠が僕にはある。少なくともこの現状は、そう悲観しなくてもいいと思えるようになってきた。

僕の仕事面では変化が1つあった。勤めていたカフェが赤字続きで、とうとう閉店することになった。エスプレッソ好きのアミリは、カフェにはよく来店してくれていた。だから店がなくなって、アミリと会う頻度が週1回の保証枠だけになることに、今度は歯痒さが滲み出てくる、何とも収まりのつかない僕だった。

最近はアミリの注文で、元々薄暗かった店の照明をさらに薄暗くした。これだけダークな空間も他にはない。住まいからしても、アミリはダークが好きみたいだ。考えてみればアミリがこの店に来て、初めてサングラスを外してくれたのは、最初に店の照明を落とした時だった。

店が自分のものになれば、もっとアミリ仕様な空間にできるかと思い、オーナーに相談した。閉店後に改装して別の商いを考えていたオーナーだったが、何とか話はまとまった。
僕は思い切って借金をして、カフェを買い取ることにした。アミリもそれを強く望んでいたようだったから ‥。

「僕さぁ、自分で思っていたよりも気が長い男だったよ。褒めてくれる? 10年だよ、もう10年君の家に通い続けてる」

「でも、まだあと10年あるわよ。それより店の照明、もっと落としてくれるかしら。まだ明るいわ」

「OK、ちょっと待ってて」

20年後、僕は45歳になった。
千夜一夜物語は、とうとう第1,000夜を終えた。( ~ジャスミン王子とアーモンド姫の優しい物語 )
10年の時とは違い、20年はさすがに重かったが、思えば真綿に包まれたような20年でもあった。その真綿の感触が時を忘れさせた。でも残りはあと1夜。もう駆け引きなど関係ない。あとは最後の一歩を踏み出すだけなのだから。

「じゃ、来週。アミリ、いや、シェヘラザード」

「ふふ、待ってるわ。シャフリヤール」

「‥‥‥‥。―― もう、余計な言葉は言わないぞ! 安全運転、安全運転」

そして第1,001夜目。—— いよいよだ。
僕は目一杯奮発して、目一杯借金して、派手なフォーマルスーツを買った。いささか興奮していたせいか、訳もなく花束も買い、それを携えてアミリの家へ向かった。前頭部の髪が、すっかり寂しくなっているのは仕方ない。20年越しの恋人関係開始になってしまうのにも、苦笑いで自分を許すことにする。仕方がなかった。彼女のスペアは本当にいなかったのだから ‥。

アミリ宅へ到着。しかし、今晩に限って玄関の扉が半開きになっている。僕は首を傾げながら扉を指で弾いて中へ。すると、玄関に所狭しと靴がたくさん脱ぎ捨てられている。自分の靴のスペースを足先で作って、そこに靴を脱いで、僕はいつもの部屋へ歩いた。その部屋では、約20人くらいの人が慌しく動き回っている。そのうちの1人が、僕を見て尋ねてきた。

「あの、お名前をお聞かせいただけますでしょうか?」

「あ、僕はイズム。アミリの‥友人だけど」

「そうですか。残念ですが、アミリは今日他界しました。死因は不明です」

絶句するまでに、どのくらい時間がかかっただろうか。僕は、すぐには驚けなかった。

「今、何て言った? ちょっと、え?」

「とりあえず今日は家族葬です。親族以外の方はお引き取り頂いています」

僕は部屋の隅に目を移した。確かにアミリの遺影写真が飾られている。

「あの、僕は ‥ 今日から身内同然になる筈だったんだよ」

「おっしゃっている意味が分かりかねますが」

「あんた誰だよ」

「もちろんアミリの身内の者です」

「おい、なぜこうなったか、ちゃんと分かるように説明しろよ」

押し問答しているうちに、後ろからイカツイ男2人に腕を掴まれ、僕はそのまま家の外へ放り出された。閉められた玄関扉を何度も叩き、泣き叫ぶしかなかった。

「開けろー、ちくしょー、僕の20年返せー。こらぁー、20年返せよー」

~ 夜明け前・イズム ~

自分のことを "僕" と言うのが、気恥ずかしい風貌になってしまった "俺" は、すっかり灰色の苔と化して、新聞紙を毛布代わりに都心の路上で仰向けに寝腐っていた。
あの悔しい千一夜目の夜から3年の時を流離った。もう何日も食事をしていない。カフェはなくなって借金が膨らみ、取り立てから逃げるため、とりあえずのつもりだったホームレスも、結局これが俺の成れの果て。

少し前は、都心から離れた郊外の路上を住みかにしていた。しかし都心から離れれば離れるほど、いつも幸せそうな親子連れの姿が目に入ってくる。孫をあやすお爺さんもいる。

俺にだって、あのアミリという女に関わりさえ持たなければ、そんな日常が当たり前にあった筈だ。
俺にだって、あのアミリという女に関わりさえ持たなければ、今頃こんな ‥‥ ちくしょう。

郊外の家族連れの光景が、俺の目には眩しすぎて受け止め切れなかった。でも都心に来ればそんな光景はなく、無機質な能面のような顔がいつも横行闊歩している。そんな都心の方が、今の俺の気色には馴染んでしまう。うるさい騒音も、むしろ心地良かった。

『俺、死ぬのは今日だろうな』

‥ 理由のない体感が、俺にそう思わせた。

『夢よりも退屈の方が人に優しい。それをもう少し早く知っていればな』

‥ 理由のある後悔が、俺の頭を支配した。

体が灰色から濃い青鈍色に変わっていく錯覚を覚えた。今の俺のベッドは少しの温もりもなく、少しの柔らかみもない濡れたアスファルト。容赦のない冷たさと痛さで、背中はずっと泣きっぱなしだ。
真夏は背骨まで溶けるような灼熱に耐え、真冬はその背骨が凍りつくような酷寒に虐げられてきた。この死屍寸前の体の色も、アスファルト色へ急速に馴染んでゆく。

わずかに明るくなり始めの空に、飢えたカラスが勢いよく飛んでいる。黒い大群の輪が徐々に巨大化していく。俺が朽ち果てるのを今か今かと待ちながら、輪を描いて飛んでいる ―― もうすぐ、俺を喰えるぞ。
俺の口からは、もう呻き声しか出ない。伸び放題の白髭を震わせながら、呻き言ちる。

『千年前の ‥ シャフリヤールは ‥ 千一夜目まで ‥ 聞けたんだろ ‥ 俺にも ‥ 聞かせてくれよ ‥ 千一夜目をよぉ ‥ 』

死屍寸前の俺の横に、黒塗りの車が停まった。車の運転席の窓が下りた。そこから俺を冷たく刺すように見ている女 ‥ やがてその女は、細い唇の右端だけ上げてニヤリと笑い始めた。

『ア ‥ ミ ‥ リ ‥ 』

俺は意識朦朧の中、我が目を疑った。死んだ筈のアミリが、車内から俺を見ている。でも、それが幻想ではないことは認識できた。
俺にはもう目を白黒させる力は残っていないが、じっと凝視することはできる。もっとも余命あと1分もないかもしれないこの状況で、まばたきひとつも、するわけにはいかない。だからこれで不都合はない。渾身の力を振り絞ってアミリを睨みつけた。

素顔のアミリだった。考えてみれば、念入りな化粧を施したアミリしか見たことはない。今初めて素顔のアミリを見た。さすがにその顔は、俺が惹かれたアミリではない。

アミリと初めて会ったのは、俺が働いていたカフェに彼女が初来店した時と思っていた。しかし素顔のアミリを見ているうちに、それよりもずっと前にどこかで見た顔に思えてきた。

やがてアミリの素顔に日の出の陽が射してきた。考えてみれば、薄暗い中でしかアミリを見たことはない。今初めてライトアップされたアミリの顔を見た。その瞬間、俺の頭の中に微かな点が灯り、か細い記憶の糸がその点に辿り着いた。

『あ ‥ あっ ‥ あぁ ‥ 』

完全に思い出したと同時に、俺の視界は、輝白色だけになっていった ‥。


" Time Flies "


~ 夜明け後・アミリ ~

アミリは、車の中から息絶えたイズムを目で確認した。
イズムの目は開いたままだった。しばらくの間、死屍のイズムを見続けていたのは、ようやく終わった感慨、その魂の震えが思ったより大きかったからだった。やがて満足に達したアミリは、ゆっくりと目をそらしてアクセルを踏み、その場から離れた。

今から35年前、15歳のアミリには、この時まで2歳下の弟レントがいた。2人きりの姉弟で、レントは今アミリの目の前で死んだイズムの同級生だった。そのレントは13歳の時、川に飛び込み、自ら命を絶った。
遺した手紙は、姉のアミリ宛のものだけだった。以来、レントが遺した手紙を、アミリは片時も身から離したことはない。

レントは遺した手紙に、イズムにいじめられての自殺と書き遺していた。レントの遺体にはたくさんのアザや、煙草を擦り付けられた痕があった。すべてイズムの仕業だった。
それ以外にも、手紙には、毎日お昼のお弁当をイズムに取り上げられていたこと、イズムの宿題も全部レントがやらされていたことなど、目を覆いたくなる内容が所狭しと書き殴ってあった。

アミリはその頃、弟に気をかけるゆとりがないほど、受験勉強に集中していた。レントも受験中の姉に気を使って窮状をひた隠し、自殺をしたのはアミリの受験期間が終わってからだった。
そんな姉思いの優しいレントは、決してイズムに報復などはしないように、手紙でアミリに念押しもしていた。真実だけは遺すけれど、それを何かの発端にはしてほしくないと。

そして手紙の最後から三行目 " 川の水は冷たいかな、痛いかな、でも頑張ってくるよ "

最後から二行目 " 僕の大好きな千夜一夜物語、もう一回、もう何回も読みたかったな "

最後の一行 " お姉ちゃん、今まで本当にありがとう、さようなら "

レントが愛読していた千夜一夜物語は、寛容の大切さを分からせるストーリーが多い。レントもその寛容をアミリに託していたが、最後の三行の文字表情は、それとは裏腹な思いも滲ませていた。

イズムは、アミリによる4つの仕掛けには、20年の間、まったく気づかなかった。

✧ イズムがアミリの家へ通ってくる際、アミリが絶対に週1ペースを崩さなかったのは、イズムの人生から20年の目盛りを奪う為。

✧ 寂れたカフェをアミリがイズムに買い取るように仕向けたのは、イズムから一切の財を枯渇させる為。

✧ アミリはいつも念入りな化粧を施し、薄暗い空間の中だけでイズムに接した。理由は、35年前にアミリとレントの家に1度だけ来たことがあるイズムに、その時見ているアミリの顔を千夜語り20年の途中で思い出させない為。
目尻側に跳ね上げたキャット・アイラインで効かせたアラビアンメイクと、ミステリアスを醸すダークな空間は、アミリという名前を偽らなくても、その正体を完璧に隠し切った。

✧ そして、あの千一夜目のアミリの葬儀。アミリは「イズムというストーカーに付きまとわれている」と身内に嘘をつき、「あたしを死んだことにしてほしい」と懇願し、虚偽の家族葬を親族総出で実行した。

しかしイズムは、死の直前の息絶える数秒前に、この4つの真綿で自分が絞められたことに気づいたようだった。イズムの死ぬ間際の目、死んだあともアミリを睨みつけていた目が、それを如実に示していた。

アミリはレントの哀願を汲み取り、決して報復などに手を染めていない。千年前のシェヘラザードのように、ただ千夜一夜物語を淡々と語っただけ。それでもアミリはレントの表と裏、その両方の本懐を果たした。

35年前、告発をしなかったのは、仮にイズムに強要罪が成立しても3年以下の懲役。当時15歳のアミリに、これで容赦できる寛容の持ち合わせはなかった。類型的な〈 ご家族の自殺により遺された人々 〉になる気はなかった。
思い回した結果、レントがアミリに遺した手紙は、誰にも見せず、そして肌身離さずの遣り様を選んだ。これにより、アミリのイズムに対する賊心を知る者は誰もいないという静けさが手に入った。この何でもできる静けさに、響かせた旋律は、アルフ・ライラ・ワ・ライラ ‥。

暗碧の仄暗い静寂の中で、イズムを殺さずに殺すことに一生を賭けると思い定めたアミリの鋭利なジャッジメントは、ゆっくりとレントの底意に近づいていき、やがて重なり合った。

千夜一夜物語に神は出てこない。それに代わるのは魔法使いや魔人である。紺青の夜、千夜語り20年の裏で、アミリが Witch( 魔女 )と化していたかは、永遠にベールの中へ覆い隠れたまま。
レントもイズムもいない今、それを知る者はこの世にいない。

ハンドルを強く握りしめ、1人車を走らせるアミリの前方に、輝く日の出の陽が昇ってゆく。彼女にとって、35年ぶりのサンライズであった。
それを見つめる目は、古寂びてはいても、錆びついてはいない。奥底に光るブラック・オニキスな瞳は、昔よりも漆黒を極めていた。

『アルフ・ライラ・ワ・ライラ ‥』

眉ひとつ動かさずに唱えるアミリ。さらに輝きを増す巨大な朝日は、彼女を絢爛豪華に出迎える。その陽の味を漆黒色の瞳で貪りながら、輝きわたる淡黄色の中へ潜り抜けていくのは ‥50歳のアミリだった。

『アルフ・ライラ・ワ・ライラ ‥ アルフ・ライラ・ワ・ライラ ‥』


Fin

《 2018.1 / First post on g.o.a.t 》