『メイプルシロップ』

メイプルシロップ、という合唱曲がある。私はこれまで色んな場所でこの曲を話題にしてきた。

この曲を最初に聞いたのは、2015年、熊本県立劇場だった。私が小4の時か。小学生の時、合唱部に所属していた。Nコンも出場していて、その時の小学生の部が『地球をつつむ歌声』だった。

自分たちの学校の出番が終わって、そのまま同時開催の高校の部も聴けることになっていた。その時に当時の高校生たちが歌った歌がこの『メイプルシロップ』だった。
衝撃的な歌詞で、でも当時の私たちはその表層しか分からなかったから「非常口の緑の人」とか、「コンビニの棚はからっぽ」とか、そういう歌詞の断片を「おもしろいね」と言って笑いあっていたと記憶している。だけれども、あのときの異様なホール内の空気と、やはり清廉に光っていた「非常口の緑の人」のサインは、脳裏にこびりついて離れなかった。まともにインターネットを触るようになってその鮮烈な印象が蘇って、再び聴いてみると、信じられない深みを持った歌詞と巧みな作曲に、もう一度度肝を抜かれた。

「東日本大震災」の記憶は、それこそほとんど残っていない。幼稚園生だった私はピアノを習っていて、ピアノ教室から帰って、何やら物々しい雰囲気でテレビの人が喋っていたのだけ覚えている。「ドラえもん」放送中も画面の右下に津波警報発令中の日本列島地図が表示されていて、じゃまだなあ、と思ったことも、覚えている。
中学生の頃、3DSのニコニコ動画で、発災の瞬間のニュース映像を見た。停電で真っ暗になっている街なのに、沿岸はコンビナートの火災で赤赤と炎が照っている映像を見た時、咄嗟に、この曲の「夢の中の景色みたい 目覚めたいのに目覚めない」「暗黒の宇宙の彼方で 星が、星が燃えている」の歌詞が浮かんできた。
詩の力強さを実感した。聴けば聴くほど、この曲の詩の深みと、それを強調しつつも融け合う作曲に脱帽する。
この曲を、2015年の高校生たちが、全国の高校生たちが歌ったのだ。「非常口の緑の人」が逃げ出さずに見守る大ホールの中で。全国の高校生たちは、あの時の、発災当時の記憶を鮮明に残したままあのステージに立っていただろう。だからわたしがあの時小学生ながら感じたホール内の異様な空気感は、東北から遠く離れた九州の地で、なおあの海の記憶が、ホールに呼び起こされたからではないか。歌っていた高校生も、それを審査した人も、観客の保護者たちも、その歌声があの日とリンクしていたはずだ。その情動を穂村弘、松本望が望んでいたのかは分からないけれど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?