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日本の独自地方税の歴史:犬税、扇風機税、俳優税、遊興税

  • 本稿は私が2022年度に大学院の講義課題として提出したリアクションペーパーを元にしています。したがって情報が2年以上前となっていますことをご了承ください。

 現在、地方自治体が制限税率なしの任意税率を設定できる税としては、水利地益税、共同施設税、宅地開発税があります。ただし、このうち現在も課税が行われているのは水利地益税[1]のみであり、その課税団体もわずか5市町のみ[2]で、税収総額も合計で3,404万円と小規模ですから、地方自治体が任意税率を設定できる地方税は、実質的にはほぼ残っていないと言えます。

 実は、地方自治体が独自で課税を行う仕組みは、戦前から各自治体により積極的に行われていました。それは現代の地方交付税制度のような財政調整機能が十分に存在していなかったため、第一次世界大戦以降の物価高騰等による地方財政の歳出拡大によって税源を確保する必要に迫られ、附加税や雑種税の独自課税が行われたということです[3]。

 そこで、戦前にはどのような雑種税、すなわち独自の地方税が存在したのか興味を持ったため調査したところ、税務大学校が国税庁のインターネットサイト内で掲載している「税の歴史クイズ」に特徴的な税目についての記事が豊富にありましたので、その一部を次に記載します。

犬税

 明治時代から府県税として存在しており、おおよそ犬の飼育頭数が課税標準とされていましたが、郡部か都市部かという飼育場所や、「猟犬」「闘犬」「愛玩犬」などの飼育目的で課税標準や税率が区分されるケースもありました。京都府と群馬県では「猟犬と狆(ちん)」の税率が他より高く設定されており、愛玩犬を課税標準に掲げる県もあったことから、狆が愛玩犬の代表として認識されていたことがうかがわれます。

 なお、犬税はドイツでは現役の目的税であり、1頭目120ユーロ、2頭目からは180ユーロという高額な税額設定となっていますが、それにより無闇な繁殖が行われないこと、また犬札を首輪に装着する義務により迷子になってもすぐに飼い主が分かることなど、適正な飼育・管理に役立っているという面もあるようです。

 ちなみに猫税が存在する国はありません。猫は誰が飼っているのか分からないケースが多く、課税物件の帰属が確定しない傾向があるためと言われています。

扇風機税

 扇風機には国税として物品税が課されていましたが、府県税でも扇風機税が課されていました。当時は二重課税という論点がなかったのかもしれません。おおよそ扇風機の台数に応じて課税されたようです。昭和十年代においては、一般家庭では扇風機は贅沢品だったということでしょう。その他、府県によってはまだ一般には普及していなかった物品を対象として自転車税、ラジオ税、蓄音機税といった税目が存在しました。

昭和初期の扇風機

俳優税

 俳優税は俳優として営業することに課される税で、多くの府県では俳優の格を基準に税額の等級を決定し、俳優が所属する俳優組合や事務所などがまとめて納税しました。俳優税を納めると、俳優としてその府県で営業をするための免許(鑑札)が発行され、鑑札には本名、芸名の他に所属事務所が記載されました。

 なお日本で最初の俳優組合は明治22年(1889年)に市川團十郎を長として作られた「東京俳優組合」(現在の「公益社団法人日本俳優協会」の前身)であり、明治30年には総勢1248名にもなったようです[4]。

明治37年(1904年)発行の有名俳優一覧

 事務所に所属して事務所が取ってきた仕事を受けるというのは日本のアクター・タレントの商流の特徴ですが、その始まりが明治時代の俳優税創設にあったと思うと、過去と現在が繋がった感覚を受けますね。

遊興税(遊興飲食税)

 遊興税は大正8年(1923年)に石川県金沢市が創設した市税であり、芸妓を招いて飲食・遊興を行った場合に、その消費金額に対して課税するものでした。その後遊興税は他府県へ広まり、昭和14年(1939年)には全国で導入されるに至りました。

 遊興税は昭和14年(1939年)に国税へ移って遊興飲食税と名称が変わり、戦時下における税源確保の流れから、芸妓を招かない飲食代や旅館の宿泊料なども課税対象となりました。特に芸妓への花代(芸妓を呼ぶのに支払う代金)に対する税率は、導入当初は20%だったものが、昭和16年(1941年)に100%、昭和17年(1942年)に200%、昭和19年(1944年)には300%にまで跳ね上がりました

 これは日中戦争下において奢侈的消費を抑制する目的から、罰金・禁止的な税金という位置づけになったものと考えられています。なお、遊興飲食税の納付は、領収書に納税証紙を貼ることで行われたようで、現在でいう印紙税のような方法で徴税されたことがうかがえます。

 その後遊興飲食税は昭和22年(1947年)に廃止され、地方税としての遊興税が復活。飲食代や宿泊料への課税として長年愛され、地方消費税創設等の理由から平成12年(2000年)に廃止されました。

昭和19年(1944年)の遊興飲食税の納付に関する注意喚起ポスター

[1] かんがい等の水利に関する事業等により特に利益を受ける土地・家屋に課される税。課税標準は面積。

[2] 総務省『第7回 地域の自主性・自立性を高める地方税制度研究会 参考資料』(平成24年6月5日)

[3] 沼尾 波子「自治体の自主課税権活用の現状と課題」 神奈川県地方税制等研究会ワーキンググループ『地方税源の充実と地方法人課税 第2章』(平成19年6月)

[4] 公益社団法人日本俳優協会「沿革」(https://www.actors.or.jp/kyokai/enkaku.html, 2022/9/24最終閲覧)

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