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PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX考察
ここではモルカー ザ・ムービーMOLMAXの考察をします。映画の内容のネタバレを含みます。個人的な推察も入っているのでそういう考え方もあるかもね、程度で読んでいただければ幸いです。モルカーの作品自体の説明はありません。
なお、映画そのものは最高です。モルカーへの愛情しか感じません。この映画自体がこころかぷせると言っても過言ではないでしょう。上映は終わっていますが、モルカー好きの方はDVDを買って見てください。
モルカーの生態
遠い昔(作中の描写から数十万年以上前)のモルモットが進化して人間の乗り物に適した生物になった。
野菜を食べて活動のためのエネルギーを補給する。食欲旺盛。ただし個体により好き嫌いがある。休息のため寝る必要がある。
個体差はあるが基本的に怖がりで好奇心旺盛。悲しいときや怖いときによく涙を流して泣く。
モルカーには自我があり自律的に動けるが、目的地に辿り着くためにはドライバーがモルカーをハンドル操作する必要がある。馬と同様に考えればよいかもしれない。
AIモルカーの実態
モルカーにメタリックなカバーを被せて、モルカーとしての自我抑制装置、タブレットからの栄養補給装置、AIによる自動運転装置を繋げたものである。中身は生身のモルカー
モルカーは自我を抑制されているが、意思や感情はある。ただし液晶パネルに表示される表情や自動音声はAIにより操作されるので、人間に対して自己の意思や感情を表現することはできない。そのため泣いていても分からない(雫が車の下に滴る描写はあるが)。
タブレットの中身は人参の種で、美味しくない(ポテトが味見をして吐き出すシーンから。加工されているのか)。
メニメニアイズのビジョン
若き日のメニメニアイズCEOは人間に捨てられて野良化したモルカーを保護する活動(保護モル活動)をしていた。後にスネークセブンのヘッドを務める牽引モルカーが保護したモルカーを運んでいた。牽引モルカーとCEOは古いバディ。
CEOは捨てモルや野菜不足という社会問題を解決し、モルカーと人間がお互いハッピーに共存できるより良い社会を作りたいと思った。AIと自動運転が解決の糸口になると考えたCEOは、社会課題解決型テクノロジーベンチャー「メニメニアイズ」を立ち上げた。
メニメニアイズはモルカーの自由奔放さを制御すれば、人間に捨てられなくなるだろうと考えた。エネルギー補給を効率化することで野菜不足も解決できる。AIナビゲーションで交通渋滞も緩和できるかもしれない(作中では実際には渋滞緩和の効果は得られなかったようだ。これはAIモルカーには休憩が要らないので使う頻度が増えたからではないかと私は推察している)。
AIモルカーはメニメニアイズの中間地点で、最終目的地はスカイエンジェル。スカイエンジェルはクリオネ(シーエンジェル)のような見た目の、自動運転で空を飛ぶ乗り物。人だけでなくモルカーも運べる(作中のCEOによる紹介シーン)。スカイエンジェルは空を飛ぶので交通渋滞も解決できるのがポイント。
スカイエンジェルの理想
スカイエンジェルがモルカーを運んだら、モルカーには乗り物としての役割がなくなる。つまり、モルカーを人間の道具としての立場から解放させることが、メニメニアイズの描くミッションなのかもしれない。
モルカードライビングスクールの8話でドゥーフーが乗用ではなくファミリーとしてドライバー(?)に迎えられていたことを考えると、モルカーを道具ではなくファミリーとして捉える思想は突飛な考え方ではないだろう。
そのスカイエンジェルの実現に必要だったのが「こころかぷせる」だろう。こころかぷせるの中に入っていたのは人間を大切なファミリーとして認識するためのモルカーのこころであり、それはモルカーの意思や感情、価値観をデータとして吸い上げて作られたものである。
こころかぷせるをスカイエンジェルに搭載すればスカイエンジェルのAIは人間をファミリーとして認識し、モルカーに代わる乗り物として役目を果たしていくはずだった。
こころかぷせるの正体
実際には、こころかぷせるの代わりにダミーカプセルが使われたせいで、スカイエンジェルのAIは暴走し、人間を回収して天国へ連れて行こうとしてしまった。
ダミーカプセルとは何なのか。AIモルカーが普及して道路を埋め尽くした際、交通渋滞が発生してドライバーたちがいがみ合う場面があり、料理のデリバリーを頼んだがAIモルカーの到着が遅くて客が怒る場面もあった。そのシーンの続きでAIモルカーから色とりどりのデータがメニメニアイズのデータセンターに集められて、ダミーカプセルに流し込まれていた。
AIモルカーに入っているモルカーたちは自我は抑制されているけれども意思や感情はあり、基本的に臆病なので人間たちが怒っているのを見ていて恐怖を感じていたと推測できる。モルカーたちの人間は怖い、人間から逃れたいという感情や意思のデータがダミーカプセルに流し込まれた。
つまりダミーカプセルの中に入っていたのは「人間を恐れ、敵視するこころ」である。それで、ダミーカプセルを使ったスカイエンジェルは人間を排除する意思を持ってしまった。
では「こころかぷせる」はどうやって作ったのか?スカイエンジェルが自壊する前のシーンで、スカイエンジェルがこころかぷせるを読み込んで人間を家族として認識したときに、空中にCEOとドッジのドライバーが並んで投影されていたことから、こころかぷせるはこの2人と関わりが深いモルカーから吸い上げたこころが入っていたと考えられる。
その2人と関わりが深いモルカーといえばまずドッジが考えられるが、ドッジがドッジのドライバーと同じくらいCEOに対して深い愛情を持っていたかには少し疑問が残る。CEOは事故にあって動けなかったドッジの怪我を直してはくれたけれども、実際には野良ではなかったので誘拐されたようなものではあるし、AIモルカーのプロトタイプとして実験台にされたことを喜んでいたというのも疑問だ。
私個人の推察になるが、こころかぷせるの中のデータには、長い間CEOのバディを務めている牽引モルカーのこころも入っていたのではないかと思う。牽引モルカーはどちらかといえば無口で忠実な性質なので、CEOは最初牽引モルカーを実験台にしていたが、牽引モルカーだけではこころのデータが足りないと考えたのかもしれない。そこで、牽引モルカーと対照的な性質であるおっちょこちょいだけど感情表現は豊かでモルカーらしいドッジをプロトタイプに採用した。その結果やっとモルカーらしい人間への愛情に溢れたこころができたので、メニメニアイズの社員たちは「こころかぷせるが遂に完成した!」と狂喜乱舞したのではないかと思う。
メニメニアイズの誤算
当初メニメニアイズは、AIモルカーは安定したパフォーマンスの自動運転を提供するのでモルカーとドライバーの関係は良くなり、したがってAIモルカーから吸い上げるモルカーのこころのデータにも人間への愛情が多く入ってくるだろうと考えていたのではないか。
それで、社員たちは誤ってこころかぷせるを紛失してしまったけれども、ダミーをセットしてもう一度データを集めなおせば何とかなると考えていたのかもしれない。
ところが実際にAIモルカー経由で集まってきたこころデータはマイナスの感情に溢れていた。社員たちはこんな負の感情に溢れたこころカプセルをスカイエンジェルに入れたら大変なことになると内心では分かっていただろう。
この点がメニメニアイズ最大の誤算だと考えられる。個性をなくしてパフォーマンスを安定させれば、どんな人間でもモルカーを愛するはずだという仮想に溺れてしまった。全てを失ったCEOが最後にベンチで落ち込んでいた時に「どこで間違ってしまったんだろう」と言っていたあたり、まだそうした人間とモルカーの関係性の機微に気づいていない節もあるのが悲しいところだ。
メニメニアイズCEOの底力
とはいえ、メニメニアイズは卓越した技術力を持っているし、崇高なビジョンもあり、プレゼン能力や計画能力も高く、事業を加速する経営力に溢れているのは確かであろう。
(「近頃」という表現より)ドッジが失踪してから1-2年くらいしか時間は経っていないとも思われるが、AIモルカーという大事業をそのような短期間で立ち上げ、関係者を巻き込み、生産ラインを構築し、プロダクトとサービスを実現した。その手腕を見ればCEOは並大抵の経営者ではないことがわかる。
そして最後にドッジのドライバーが営む農場でその生の人参の美味しさに感動したCEOは、エンドロールで「many many mogu mogu」というフードビジネスの看板を出して食料を販売している。この立ち直りの早さも彼が優秀な経営者である証左であろう。彼は間違いなく社会を大きく動かす力を持つ現代のリーダーであり、プロセスさえ間違わなければ社会をよりよくできる力を持っていると言える。
一方でCEOと対比されたキャラクターとして登場しているのがドッジのドライバーであり、彼は社会課題を解決するということよりも、目の前の問題を対処したいというタイプだ(2人が対置されているというのは2024年12月7日まんきゅう監督が舞台挨拶でお話しされたそうだ)。
注目すべきは、最後にドッジのドライバーがベンチで落ち込むCEOに声をかけ、自分の農場へ案内したことだろう。ドッジのドライバーはCEOに対して「タブレットの中に入っていた人参の種がスカイエンジェルの爆発でばら撒かれて、人参がたくさん芽を出している。野菜不足もこれで解決するかもしれない。お前さんがしたことも無駄ではなかったんじゃないか?」という励ましの言葉を投げかけた。
ドッジのドライバーは農家であり生産を専業とするが、流通や販売には疎いだろう。急激な生産量の拡大でモルカーも多く雇って何とか現場を回してはいるが、たくさん作ってもその農作物の行先がないのでは農業も失敗に終わってしまう。大量の農作物を市場に知らしめ、流通に載せ、販路を開拓していく必要がある。ドッジのドライバーはそのビジネスセンスを持つCEOに手を借りたかったから、声をかけたのではないだろうか。
そこまで考えると、メニメニアイズは一見、地に足のついていないソーシャルベンチャーとして描かれているように思えるが、そうではなく、社会における必要不可欠な機能のひとつとして示されているのである。次回作でも何らかの形で活躍させてほしい。
(追記)エンドロールの魅力
本編はドッジのドライバーの農場の人参が美味しい!で終わるのだが、エンドロールでその後、色んな人間やモルカーが協力して、個性を活かしてモルシティを復興させていく様子が描かれている。この描写はまだまだ復興も途上にある能登を思い出させるし、はらみちゃんのピアノとリアルモルの歌唱(?)が見事に調和するエンディング曲と相まってぐっと来てしまう。エンドロールで席を立つ観客はゼロだった。