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法定外税の成功事例と難航事例:地域課題とその解決策の模索~ワンルームマンション税とミネラルウォーター税~

  • 本稿は私が2022年度に大学院の講義課題として提出したリアクションペーパーを元にしています。したがって情報が2年以上前となっていますことをご了承ください。

 地方自治体は地方税法に定める税目(法定税)以外に、条例により税目を新設することができ(但し国の同意が必要)、これを「法定外税」といいます。現在では様々な地方自治体がユニークな法定外税を導入していますが、長年検討がされているものの、納税予定者の理解が得られない等の理由から未だ導入に至っていない法定外税案もあります。そこで、法定外税について既に施行されている「成功事例」と、未だ導入が実現していない「難航事例」を挙げて、法定外税の検討にあたってのポイントを考えてみました。

【成功事例】狭小住戸集合住宅税「ワンルームマンション税」

 本税は豊島区が2004年に導入したもので、30㎡未満の狭小住戸を有する集合住宅の建設に対して、1戸当り50万円を課する法定外普通税です(但し、狭小住戸の数が8戸以下の場合は課税免除)。豊島区税制度調査検討会議報告書によると、本税の主要な考え方は以下のとおりであり、隙のない論理が敷かれていると感じられます。

目的と構想

 本税の導入はワンルームマンションから得た財源をファミリー世帯住宅の誘導策に充てることを目的としました。豊島区では2000年近辺より投資目的のワンルーム型分譲マンションが乱立しました。資料によれば、ワンルームマンションの居住者の4割は住民登録がされていないこと、所有者の居住地も95%が豊島区外であることが示されていました。また、修繕積立金も少額であり30年後の累計額が全戸で数千万円にしかならず、将来大規模改修が困難になる可能性も示唆されていました。
 豊島区としては、人の入れ替わりが激しく地域住民からも不安視されることの多いワンルームマンションよりも、長い目で地域経済の活性化に寄与するファミリー型分譲マンションを誘致したい考えでした。その考えは合理的と言えるでしょう。

税以外の規制手段に関する検討

 地区計画による住戸面積の規制、開発協力金の納付、住戸面積の行政指導等の税以外の規制手段は、有効性に疑問があると結論づけられました。課税による抑制は建築を全面的に禁止するものではないし、建築主における工夫の余地を残すものであるから、経済活動への干渉を最低限に留める点で十分な有効性があると評価されました。 

税率の決定方法と免税措置

 当時の区内の狭小集合住宅における、1戸当り平均敷地面積と床面積をもとにして、今後47年間の固定資産税・都市計画税の試算を行い、現行税率1.4%から制限税率2.1%に引き上げたとすると、その差額が53万円となりました。1戸当り50万円という税率はその試算をもとに設定されており、既存の税と比べて過重な負担とならない配慮がなされています。
 また、住宅ストックのアンバランスに対して影響の小さいごく小規模な集合住宅等は免税措置を取るのが適当であるとして、制度の内容を課税の趣旨により適合させました。

国の同意要件との関係

 国税や他の地方税との重複がないこと、また全国一律の建築法制のもとで住宅ストックのアンバランスという地域特有の課題が生じている以上、区が独自の施策をもって対処することは国の経済政策上も容認されると考えられました。

まとめ

  1. 豊島区ではワンルームマンションの急激な増加による住宅ストックのアンバランスが生じており、地域特有の課題となっていました。

  2. そこで区としては「ファミリー世帯住宅の誘導」を進めたかったけれども、土地という資源が限定されている以上、「ワンルームマンション」を抑制する必要があり、そのために有効性の高い「課税」という手段を採用しました。

 本税は2004年に国の同意を得て施行され、5年ごとに見直しされており、2022年現在でも適用されています。法定外税のモデルケースと言えるでしょう。

【難航事例】ミネラルウォーターに関する税

 本税案は山梨県がもう20年も検討を重ねているが、未だに導入のめどが立っていません。本税の概要は次のとおりです(平成18年7月10日第5回「ミネラルウォーターに関する税」検討会報告書案より引用)。

概要

  • 課税目的:水源涵養に係る施策に要する費用に充てること

  • 課税の対象行為:ミネラルウォーターとして販売すること等を目的として山梨県内で地下水を採取する行為。当該行為を行う者が納税義務者となる。

  • 課税の計算標準:山梨県内で採取した地下水を原料として生産したミネラルウォーターの生産量等に応じて税額を計算

考え方

  • 地下水資源は、山梨県民共有の財産・資源ともいうべきものであるが、これは、山梨県が行う森林整備などにより育まれたものである。

  • 採取した水そのものを販売して利益を得るような事業活動は、他の事業活動とは異なり、地下水資源や森林整備から特別の受益を得ていると考えられる。

  • この税は、森林整備に要する費用について、受益者負担の考え方から、特別の受益を得ているミネラルウォーター業界に一定の負担を求めるものである。

 この考え方に対して、ミネラルウォーターを生産する飲料メーカー側は、森林整備と地下水資源保持の関連性は不明であり、特別の受益を得ている事業者をミネラルウォーターの生産者だけに限定するのは課税の公平の原則に反する、として反対の姿勢を貫いています。納税予定者の理解を得られていないうえに、県議会内でも意見が割れ始めており、足元が揃わない状況が続いていると言えます(2025年1月現在でも導入の目途は立っていないようです)。

 反対意見として、「課税目的」を「水源涵養に係る施策に要する費用に充てること」としているにも関わらず、「森林整備に要する費用」の負担を求めるというのは、水源涵養なのか森林整備なのか論点が定まっていないという指摘もあります。また、「採取した水そのものを販売して利益を得るような事業活動」という表現がされていますが、ミネラルウォーターは
① 水を採取、濾過、加熱殺菌、検査
② ペットボトルを成形して生産
③ 無菌状態にして①を②に注水、ラベル貼り、検品、梱包
といった工程を通じて生産されるものであって、工場や機械の設備投資も必要でありますから、「ただ水を汲んだだけ」のものを売っているわけでは決してないということも言えます。納税者の事業に対する行政側の理解が不足している面もあり、この取り進めでは本税の導入実現は難しいでしょう。

 私見では、山梨県が状況を打開するためには、ワンルームマンション税の事例を参考にすると、次の過程が必要と考えます。

① 地域の課題を明示し、その解決策を課税目的と結びつける
 例えば、地下水資源の枯渇可能性をデータで示し、資源を将来にわたり守るために年間の使用量を抑制する必要があることをうたう。使用量抑制を課税という手段で行うことの有効性を説明する。

② 課税目的に適合した課税の対象行為、納税者の設計を再検討する
 ミネラルウォーター生産を目的とした地下水採取を課税の対象行為とするのは合理的でないため、一定量以上の地下水採取を行う全ての事業者に対し、採取量を課税標準として課税するよう設計を見直す必要があると思われる。

 以上のとおり2つの事例を見るに、法定外税の検討にあたってのポイントは、①「地域の課題」を原点として考えること②課税がその課題の解決策として有効であること、の2点が大きいと思われます。

 法定外税にはこの他にも熱海市の「別荘等所有税」など地域に応じた特徴のある制度が多くあります。興味を持たれたら調べてみると面白いかもしれません。地域を守るのは最終的に自治によるものと言えます。地方自治体はその自治において大きな役割を果たすべく、様々な工夫をしています。法定外税を見れば、地域特有の課題とそれに対する自治体の工夫の一端が垣間見えるかもしれません。

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