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電力会社の課税方式はなぜ変わったのか?——税制改正の背景を探る
本稿は私が2022年度に大学院の講義課題として提出したリアクションペーパーを元にしています。したがって情報が基本的に2年前となっていますことをご了承ください。
資本金1億円超の法人に課される法人事業税の課税方式には原則として所得割、付加価値割及び資本割が設けられています。ただし保険業、電気供給業、ガス供給業は他の事業とは異なり、課税方式に収入割が組み込まれています。
収入割とは、収入金額によって法人の行う事業に対して課する事業税を言います。収入割は売上に対する課税のため、利益に対する課税である所得割よりも納税者不利な制度と言えます。なぜなら、例えば業績が悪化して赤字になってしまった場合でも売上がゼロになることは基本的にありえないので収入割の税額はある程度生じますが、その一方で利益が出なければ所得割の税額はゼロになりうるからです。
本稿では、電気供給業について収入割が組み込まれている背景と電力事業者の課税方式の変遷について、考察を交えて述べます。
電気供給業への法人事業税課税方式は、令和2年度の税制改正によって現在のかたちになりました。改正の概要は以下表[1]のとおりです。
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改正前の課税方式は収入割のみでしたが、改正後は収入割、付加価値割及び資本割(資本金1億円以下の法人等は収入割及び所得割)の組み合わせとなっており、他の事業の課税方式に近づいたと言えます。
近畿ブロック知事会によれば、「電気・ガス供給業については、事業の公益的性格から料金が低く抑えられており、所得課税とすると大規模施設を有し多大な行政サービスを受益しているにもかかわらず税額が少額となり応益課税に矛盾すること、認可制料金がとられ地域的独占事業であること等を理由に、1949 年度(昭和24年度)から収入金額を課税標準とする外形標準課税が導入されて[2]」いました。
しかし2019年当時には、「国においてはエネルギーシステム改革を進め、電気・ガスの小売全面自由化に加え、2020年度(令和2年度)からは、電気事業者に対して送配電事業の法的分離が義務化される。これらを踏まえ、経済団体からは、収入金額課税を採用する根拠は失われており、一般の競争下にある普通法人と同様の課税方式に変更すべきとの要望がなされている。[3]」という事情があったようです。
ただし知事会は「経済産業省及び経済団体からの要望が仮に実現すれば、全都道府県で 1,500 億円以上の減収が見込まれ、特に我が国の電源開発に多大な貢献をしてきた電源立地都道府県を中心に大きな減収が見込まれること、等を踏まえれば、収入金額課税制度を堅持し、地方税収を安定的に確保すべきことを求める。[4]」として、税制見直しに反対の立場でした。
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最終的には政府・与党により自治体財政への影響ができる限り小さくなるよう調整され、上の表[5]のとおり、付加価値割・資本割の導入は発電事業・電力小売事業の税収のうち約2割分に留められました。この改正により約180億円の地方税減収影響が見込まれましたが、電力会社に対する軽油引取税等の減免措置を廃止することで、減収額は40億円~50億円に圧縮されました。
改正の経緯は以上のとおりですが、この経済産業省及び経済団体からの要望――すなわち減税――が果たして妥当だったのかという点については疑問が残ると考えています。
というのも前述のとおり、経済団体は電力供給業を取り巻く事業環境がエネルギーシステム改革や電力小売の自由化等により他の一般事業者と変わらないような状況になってきていると主張していたわけですが、例えば東京電力ホールディングス株式会社の連結営業収益及び経常利益は2016年の電力小売自由化以降も2019年まで伸び続けていました(以下表[6]参照)。
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2015年度から2016年度の売上高減少の主な要因は、2016年の東京電力ホールディングス株式会社による株主向け中間報告書(下の図)[7]によると、燃料費調整制度の影響などによる電気量収入単価の低下とされており、電力小売自由化の影響を大きく認めていないことが分かります。
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電力小売自由化6年目の2022年時点においても、東京電力・関西電力等の旧一般電力事業者及びそのグループ会社のシェアは電力の販売量で8割超、発電量で約7割[8]となっており、また送配電においては地域独占が継続していることを考えれば、旧一般電力事業者以外の新電力事業者などの電力供給事業者との競争が業績に及ぼす影響は限定的であると言えるでしょう。
むしろ、こうした旧一般電力事業者の業績に影響を及ぼすファクターは、国内の競争環境というよりも、海外から輸入する燃料費の相場動向であると言えます。なぜなら、次の図のとおり、電力料金は燃料費調整制度によって、原油・LNG・石炭それぞれの3か月間の貿易統計価格により毎月平均燃料価格が算定され、2か月後の電気料金に反映されるからです。
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すなわち旧一般電力事業者においては、原油価格が下がれば営業収益が減少し、原油価格が上がれば営業収益が増加するという構造になっており、国内市場の競争原理が影響を及ぼす度合いは大きくないと考えられます。旧一般電力事業者の業績と原油価格が近い推移をすることも、このことを示しています。
次のグラフ[9]は原油価格の年次推移です。原油価格は2016年に下落し、2017年~2018年にかけて上昇、2019年にやや落ち、2020年に大きく下落しています。これは、前掲の東京電力ホールディングス株式会社の営業収益の推移とほぼ同様であることが分かります。
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つまるところ、経済団体(この場合は恐らく旧一般電力事業者の関係でしょう)の本音としては、2019年当時、足元の原油価格が不安定であるがゆえ、安定した収益を見込むことが難しいから減税を要求した、ということなのではないでしょうか。
ここで正直に、原油価格の先行きが不透明だからということを理由にしたのでは、要求は通らなかった可能性があるでしょう。なぜなら、原油価格はほぼ全ての事業者の経営に影響するファクターですが、原油価格が下がれば減収・減益となる電力会社と、原油価格が下がれば燃料費や光熱費が下がり増益につながるその他の事業者(製造業、旅客業、宿泊業その他諸々)とでは利害が一致しないため、電力会社だけを特別扱いする理由にはならないからです。
したがって経済団体は電力自由化やエネルギーシステム改革を引き合いに出して、事業環境の変化により経営が厳しくなっていることを主張したのだと考えています。とはいえ、休止している原子力発電所の維持コストなど、電力会社が経営上の難題を抱えていることは事実でしょうから、遅かれ早かれ減税措置は避けられなかったかもしれません。
なお、ガス供給業の法人事業税課税方式についても、令和4年度税制改正によって収入割オンリーから収入割・付加価値割・資本割の組み合わせへと変更されました。経済産業省の令和4年度地方税制改正要望事項を見ると、電力自由化と同様、競争環境の激化という理由が述べられています。
さらに、経済産業省は令和5年度の地方税制要望事項において、ガス供給業及びガス導管事業(ガス管やタンクローリーでガスを配送する事業)の収入割廃止という、電力供給業の事例の先を行くアグレッシブな提案をしています。
ガス事業に関しては、LPガスも約4割のシェアがありますから、都市ガス事業者が地域独占の状況であるとも言い切れない部分があるでしょう。LPガスの供給事業者は全国に2万も存在すると言われており、その中で自由化による競争激化が起きているとすれば、電力事業とは事情が大きく異なるかもしれません。
いずれにしろ、特定の事業を対象にした税制の改正においては、事業と環境の特性をよく検討しつつ調整を行っていく必要があると考えられるでしょう。
[1] 東京都主税局『【法人事業税・特別法人事業税】電気供給業(小売電気事業等・発電事業等)に係る課税方式及び税率の見直しについて』(令和2年7月, https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/pdf/r02denki_minaoshi.pdf, 2022/11/27最終閲覧)
[2] 近畿ブロック知事会『電気供給業等に係る収入金額課税制度の堅持に関する提言』 2頁(令和元年11月, https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/28810/00359680/R1aki_04.pdf, 2022/11/27最終閲覧)
[3] 前掲注2 2頁
[4] 前掲注2 3頁
[5] 時事ドットコムニュース『【図解・政治】税制改正大綱・電力会社の法人事業税見直し(2019年12月)』(2019年12月12日, https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_pol_zeisei20191212j-07-w370, 2022/11/27最終閲覧)
[6] 東京電力ホールディングス株式会社「数表で見る東京電力」(https://www.tepco.co.jp/corporateinfo/illustrated/accounting/statement-income-consolidated-j.html, 2022/11/27最終閲覧)
[7] 東京電力ホールディングス株式会社「TEPCO2016 中間報告書」(https://www.tepco.co.jp/about/ir/library/business_report/pdf/161214-j.pdf, 2022/11/27最終閲覧)
[8] 一般社団法人エネルギー情報センター「新電力ネット 全国の電力会社一覧」データを用いて筆者試算(https://pps-net.org/ppscompany, 2022/11/27最終閲覧)
[9] 一般社団法人エネルギー情報センター「新電力ネット 統計情報 原油価格の推移」(https://pps-net.org/statistics/crude-oil, 2022/11/27最終閲覧)