<vol.12> GeoScoreを活用した新たなAML/KYC:マネーロンダリング防止への応用
近年、暗号資産やデジタル決済の普及に伴い、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金調達のリスクが国際的に注目を集めています。金融機関や取引所では、ユーザーの本人確認(KYC)や資金の出どころを追跡(AML/CFT)することが義務付けられ、世界各地で規制が強化されている状況です。しかし、従来の方法では「ユーザーがどこにいるか」や「本当に国内にいるのか」を精確に把握しづらいのが課題でした。
そこで浮上したのが「GeoScore」という概念です。ユーザーの“位置情報”を暗号技術で安全に扱いながら、「普段どこで行動しているか」「国内外をどのように移動しているか」といった要素を、信用評価(スコア)に反映していく。こうすることで、新たなAML(アンチマネーロンダリング)やKYCの切り口が開けてくるのではないか、という発想です。本記事では、GeoScoreを使ったAML/KYC強化の可能性と、具体的な仕組み・課題を解説します。
1. 従来のAML/KYCとその限界
■ KYC(Know Your Customer)の基本
金融機関や取引所は、口座開設時に氏名・住所・本人確認書類などを取得し、反社会勢力や制裁対象リストに該当しないかチェックします。これをKYCと呼び、マネーロンダリングを防ぐ初歩的なステップと位置付けています。
限界:
紙やオンラインフォームでの申請が多く、虚偽情報のすり抜け可能性
“実際にどこで活動しているか”までは把握しにくい(証明書類は一度取得すれば変更や再確認が少ない)
■ AML/CFT(Anti-Money Laundering/Countering the Financing of Terrorism)
取引モニタリング: 送金先や送金額が「通常パターン」と異なるか、制裁対象国に向かっていないかをシステムで監視
限界: IPアドレス偽装や海外のVPN利用などで、送金が実際にどこから行われているかを正確に把握できないケースが多い
このように、従来のAML/KYCだけでは「ユーザーが本当にどこにいるのか」を精確にチェックする仕組みが弱く、マネーロンダリング防止の取りこぼしが起きてしまう可能性があるのです。
2. なぜGeoScoreがAML/KYCの鍵になるのか
■ 位置情報を使った不正抑止
たとえば、あるユーザーが“国内居住者”を名乗っているのに、実際には海外から頻繁にアクセスしているとしたら、マネーロンダリングの懸念が高まります。しかし、通常のKYCではそうしたアクセスの実態を精確に把握できません。
GeoScoreは、ユーザーの普段の行動範囲や滞在地域を暗号化しながら解析し、以下のような情報を信用スコアとして示す概念です。
国内外移動の頻度
短期で海外を行き来している回数が極端に多い
制裁対象国やリスクの高いエリアを訪問している
位置情報の安定度
毎日同じオフィスや自宅周辺でのアクセスが主なら安定
急に遠隔地から大口送金を行うなど挙動が不安定
この“位置ベースの安定度や海外移動履歴”をGeoScoreとして可視化することで、AML/KYCの精度を高めようというのが基本的な狙いです。
■ リアルタイム監視の強化
さらに、GeoScoreが変動する(たとえば、ユーザーが海外へ移動した)タイミングでリスクフラグを自動で立てられれば、通常のAMLモニタリングと組み合わせて「即座に送金を保留」「追加の本人確認を要求」といった措置を取ることができます。
3. GeoScoreの仕組み:位置情報と暗号技術
■ 秘密分散やMPCでプライバシーを保護
問題は「ユーザーの行動履歴を集めすぎるとプライバシー侵害になる」という点です。ここで**GeoMPC(位置情報を多パーティで分散管理・計算する技術)**が鍵を握ります。
ユーザーのGPS履歴を複数ノードに秘密分散
国境を越えた回数や滞在エリアなどを暗号計算
結果だけをGeoScoreという形で取得する
この方法なら、誰もユーザーの生の位置履歴を丸ごと知ることなく、不正リスクが高いユーザーか否かを評価可能になります。
■ ZK(ゼロ知識証明)との連携
制裁対象国に該当しない証明: 国境をまたがずに一定期間滞在している事実を証明するだけで、“どの町に住んでいるのか”までは伏せておける
海外アクセス有無の通知: AMLシステムが「最近海外へ移動した」フラグをZK経由で受け取るだけで、座標自体は知らずに済む
こうした暗号技術の組み合わせにより、「国境を越えているか」「高リスク地域に滞在していたか」といった情報が、ユーザーのプライバシー侵害最小限で扱われるわけです。
4. 具体的な活用シナリオ
(1) 取引所でのリスクベースアプローチ
口座開設時: KYCフォームに加え、GeoScoreの初期値を取得。日本国内に安定して滞在している実績があればリスクは低め、海外移動が多ければ追加審査など
日々の送金時: 大きな送金が発生した際に「このユーザーのGeoScoreが急落していないか(=挙動が不安定化していないか)」をチェックし、リスクフラグが高いときは送金を一時停止
(2) 銀行やカード発行会社の継続KYC
長期利用者の信用更新: 従来は初回KYCだけで終わるが、GeoScoreを導入すれば「海外転居の可能性」「制裁対象地域の滞在履歴」などを定期的に反映した継続的評価が可能
不審アクセスの防止: 海外からのアクセスが多発し、かつGeoScoreで“海外渡航が確認されていない”ユーザーはなりすましリスクが高いと自動判定
(3) 新興国のモバイル送金サービス
銀行口座がないユーザーにもモバイル送金が普及しているが、AML対策が脆弱になりがち
GeoScoreで“国内居住者”であることを確認し、特定地域外からの不審送金を抑止
少額送金へのハードルを下げる一方、反社会的利用には早期アラートを出す設計が可能
5. 導入メリット
不正検知精度の向上
国境越えやリスクエリアへの渡航をリアルタイムに捉えられれば、マネーロンダリングのトレイルをより早く察知。IP偽装ではごまかせないため、外部攻撃やソーシャルエンジニアリングの成功率を下げられる。ユーザーエクスペリエンスの向上
ユーザーにとっては、いちいち追加書類を出す必要が減る。**「GeoScoreが一定以上であれば、送金限度額の引き上げなど優遇措置を自動的に受けられる」**といった新しいサービスを提案できる。規制当局からの信頼獲得
位置情報を使ったリスクベースアプローチ(RBA)は、FATFなど国際機関が推奨する方法の一つになり得る。自社がGeoScoreを整備し、ユーザーの行動監視を高度化しているとアピールできれば、ライセンス審査や監査時に有利に働くかもしれない。
6. 課題や懸念点
GPS偽装・不正端末対策
ユーザーがVPNやGPSシミュレーターを用いて位置情報を偽造する可能性は常にある。端末署名やGNSS認証を含めた対策が必須になる。位置情報の監視社会化
AMLの名目であっても、ユーザーの居場所を過度に追跡するのはプライバシーリスクが大きい。GeoMPCやZKを適切に導入し、サービス提供者がnナマ座標を取得しない設計を守ることが不可欠。評価バイアスや誤差
GeoScoreをどう算出するかは設計次第で結果が大きく変わる。滞在地域の属性、国内移動の多さといった要素を公平に評価しないと、ただ移動が多いだけのユーザーを不当に低評価してしまう恐れがある。コストとパフォーマンス
AMLでリアルタイム監視を行う場合、MPCや暗号演算による通信負荷や計算量が大きくなる可能性。どう高速化・効率化するかが運用の鍵となる。
7. TRUSTAUTHYのアプローチ(例)
私たちが手がける「TRUSTAUTHY」では、GeoScoreやGeoMPCの仕組みをAML/KYCで活用するためのSDK・APIを開発中です。
GeoScoreエンジン
ユーザーの位置情報(暗号化)を分析し、海外/制裁対象地域訪問履歴や生活圏安定度などをスコアリング
AML/CFTシステムと連携し、不審な送金時にはスコアを参照してフラグを自動付与
GeoMPCによるプライバシー保護
システム管理者や取引所がユーザーの生座標を取得することはなく、複数ノードが分散してデータを保持
送金実行時に、ユーザーが“海外にいる”か“制裁対象地域に滞在中”かをMPC演算で判定し、リスクを即座に報告
ZK Proofとの連携
ユーザーが「一定期間国内に居住していた」という事実だけを、ゼロ知識証明で金融機関へ提出可能
具体的にどの市区町村かは明かさず「国内居住スコアが閾値以上」を証明し、追加のKYC書類なしでも制限を緩和できる
この仕組みによって、“AMLの厳格化”と“ユーザーの負担・プライバシー保護”を両立させる方策を提供しようとしています。
8. まとめ:GeoScore×AML/KYCの展望
マネーロンダリング防止は金融・暗号資産業界における重要課題ですが、従来のKYCやIPベースの監視だけでは取りこぼすケースが多く、規制当局からの要求も一段と厳しさを増しています。そんな状況で、「位置情報」を巧みに活かし、ユーザーの行動パターンや安定度を反映するGeoScoreは、有力な補完手段になるでしょう。
不正送金や制裁対象国との取引をより確実に抑止
ユーザーにとってもプライバシーが守られ、場合によっては審査プロセスがスムーズに
銀行・取引所・Web3サービスが国際規制を満たしやすくなり、事業展開の足かせが減る
もちろん、GPS偽装や評価バイアス、計算コストなど課題は残ります。しかし、暗号技術(GeoMPC、ZK Proof)を活用した実装が進めば、プライバシーを侵害しないままユーザーの実際の行動リスクを分析する道が開けるはずです。今後、GeoScoreとAML/KYCを結びつける取り組みはさらに活発化し、利用者・事業者・規制当局の三者にとってウィンウィンとなる可能性が高いでしょう。
もしご興味があれば、TRUSTAUTHYのような位置情報認証プラットフォームを検討し、AML/KYCフローに“地理的信用評価” を導入してみてはいかがでしょうか。マネーロンダリングをより確実に防ぎながら、ユーザー体験も向上する新たな時代の一歩になりそうです。
Vlightup(ブライトアップ)株式会社
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Webサイト https://trustauthy.jp/