ヴァーチャル・キャラクターとリアリティの境目(その2)
モーションキャプチャの現場を20年前から経験している友人から聞いた話である。CGの威力を一般に知らしめた「マトリックス」のキアヌ・リーブスや、全編CGで制作されトム・ハンクスが一人5役を演じて話題になった「ポーラー・エクスプレス」の撮影にまつわる話も提供してくれた人物なので、この話にはそれなりの信ぴょう性があると思っている。
まだモーションキャプチャが一般に知られ始めて間もない、そう20年以上前には「モーションキャプチャでセレブリティの動きを撮影して、アニメーションあるいはゲーム作品で使用する」ということが作品の売りになった。例えばバスケットボールの選手の動きを、バスケットボールのゲームで使用する時は文字通り「スターが出演」しているというのが宣伝文句になった。
今でこそ、プロのスポーツ選手がゲームで遊ぶことはごく普通の身近に見られる風景であり、その一方でeスポーツというゲーマーの「プロのスポーツ選手」も世間に認知されるようになってきた。当時はまだゲームのグラフィックスが「本物ソックリ」というレベルにはなかった。しかし(クドいようだが)モーションキャプチャなら「プロの出演」と呼べるのだ。
リアリティ
さて、NBA(National Basketball Association)公認のゲームで、ドラフト一位指名の選手がキャプチャ収録のためスタジオにやって来た。まだモーションキャプチャの技術者として駆け出しの頃の友人は、その選手にマーカーをつけるために作業していた。彼がその将来有望な選手の口から聞いたセリフは「なんで俺がこんなことしなきゃならないんだ」だけだったらしい。それが何回も何回も口から漏れていたらしい。
無理もない。全身タイツの身体中に丸印やらバツ印つけて、演技をすることを好む役者がいるとは未だかつて聞いたことがない。今でこそ、身につけるスーツもサイズがいろいろあり、それなりにファッショナブルなグローブとシューズが用意されているのを見たことがある。しかしその当時はあまり選択肢はなかったはずだ。
あの「指輪物語」でゴラムのモーションキャプチャを担当し、今では「モキャップの第一人者」と呼ばれているコメディ俳優アンディ・サーキスがいる。しかし彼も、最初の「指輪物語」の撮影で他の役者たち(おそらく、先日ケイティ・ペリーとの結婚延期を発表したオーランド・ブルームも含まれていただろう)の後を、四つん這いでマーカーをつけてついて行った日のことを「穴があったら入りたい」と表現していた。(彼のヴァーチャル・キャラクターとも言うべきゴラムは、洞窟に住んでいたと記憶しているけれども。)
なお彼のコメディ俳優としての達者さは「サーティーン・ラブ・サーティ」(ジェニファー・ガーナー主演)で披露されたムーン・ウォークによく現れている。あれをキャプチャして何かに使えないかと彼自身は考えたことがあるだろうか。(私はある。)
話が思いっきりソレた。
そう、そのNBA選手に監督が撮影前に呼びかけたそうだ。
「いいかい?試合の最後にここでシュートを決めれば勝てるって状況なんだ。君はヒーローなんだ。いや、このシュートを決めてこそヒーローなんだ。君はヒーローになりたいだろ?さあ、その気持ちでシュートのモーションを決めてくれないか?」
その選手は両手から退屈そうにひょいっとボールをただ放り投げた。
再び監督が笑顔で呼びかける。
「そう、今のとっても良かったね。でも、もう一回やってみようよ。君ならできるよね。」
まったく同じ調子で彼は両手からひょいっとボールを放り投げた。まったくの無表情だったそうだ。
その後、「あの選手のシュートがゲーム中で再現される!」との宣伝文句でゲームは発売された。実際にキャプチャーされたシュートは、無名の高校生によるものだった、とか何とか。
あれから20年以上の月日が流れた。それ以来NBAで複数回の優勝を経験し、輝かしい成績を残し、多くの一流選手からも「常に基本に忠実な選手」との称賛を得て、今ではコーチ職についている彼を見るたびに、この「幻のモーションキャプチャ」の話を思い出す。
前回同様「キャラクターは役者次第」という結論がこの話にもふさわしい(とか何とか)。
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