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霧とリボン|潮風に誘われて〜川野芽生・高田怜央『黎明通信』の造本・デザイン

 今春、「菫色の小部屋(閉廊した吉祥寺の拙ギャラリー)」で見る最後のクレマチス・アーマンディが運んできた福音——
 小説家・歌人・文学研究者の川野芽生さまと詩人・翻訳者の高田怜央さまから、光栄にも、お二人初となるコラボZINE『黎明通信』のデザインをご依頼頂きました。

川野芽生・高田怜央
詩と短編小説『黎明通信』

 そうして夏を運んできたのは、潮風——
 お二人から届いた「海」をテーマにした詩篇と短編小説。寄せては返す珠玉の一篇一篇、その霊妙なる響きに耳を寄せながら、「黎明」と「海」の詩情を写す造本を目指してデザイン作業をスタートしました。

 時を同じくして、ふたつの贈り物が届きました。

 ひとつは川野さまから、時の諧調まばゆいたくさんの海の写真。日常の中に海のある日々を、川野さまの目になって追体験しているかのよう。

写真|川野芽生

 刻々と表情をかえてゆく波打ち際、時にあいまいな、時にきっぱりとした水平線。遠くを見ることを忘れていた日々にあって、身体に遥けき清涼が注ぎ込まれたようでした。
 かように美しき海の一枚を、ZINEのページに広げたい、と思いました。

写真|川野芽生

 もうひとつは高田さまから。『黎明通信』のためのプレイリスト「SIGNALS: At the Break of Dawn」(高田怜央さまのnote記事より引用)が届きました。なんて素敵な計らいでしょう。

 そこには、十代の頃、12インチシングルレコード(現在も所蔵)で聞いていたNew Order「Blue Monday」が! ピーター・サヴィルによるフロッピーディスク(っておわかりになりますか?)を模したクールなジャケットからレコードを取り出し、針を落とす——胸に迫った内向きな感覚、当時の「私ひとりの部屋」を今でも鮮やかに思い出します。
 国内外でライヴを体験していたPale WavesやAURORA、はじめて触れる邦楽曲を新鮮に楽しみながら、夏至を迎えた頃、最初の表紙デザイン案が完成しました。

 本記事では、詩情を羅針盤にお二人の世界を航海した日誌、『黎明通信』の造本デザイン・ノートをお届け致します。少々マニアックな箇所もございますが、お楽しみ頂けましたら嬉しいです。


 テーマの「黎明」「海」から、ピンク〜ブルーの色彩、予兆や光を表す流れるライン、波や砂浜のテクスチャー、光・砂浜・貝殻など風景の図案化を検討。

 お二人の装丁イメージは「リセエンヌの私物」「フランス老舗出版社の文庫本」。
 2022年に惜しまれつつ閉店したフランス語書籍専門店「欧明社」にて、瀟洒な装丁の書籍(薄アブサン色×菫色などの)やClairefontaineのノートを購入した記憶がよみがえりました。 
 端正でクラシックな佇まいを湛えつつフレッシュでモダン、ポーチに入れて持ち歩くcozyな愛着感など、造本設計の核となるキーワードやイメージを共有しました。

 川野さまのロマンティック、高田さまのモダニティ。おふたりの世界が交差するデザインの場所を目指し、スケッチの日々。
 「屋根裏のリセエンヌ」「夜と黎明」「夜明けの砂浜」「黎明の波間」と名付けた4種の表紙デザイン案を色違い・パターン違いで合計7案提出。
 実寸見本を作り、実際に手に取って頂きながら選ばれたのが「夜明けの砂浜」案でした。

「夜明けの砂浜」をイメージした表紙デザイン

 光、波を模したシルバー(特色印刷)のラインに、砂浜の貝殻、波打ち際の光をイメージしたドット質感(砂目)のある図案を黎明色(ピンクとブルー)で印刷。

角度により光沢の風合いが変化する特色シルバー印刷

 グラフィカルな図案化と白地ベースの配色により、モダンでフレッシュな印象を与えます。ラベルはクラシックな構成で端正に。

和文タイトルは帯に

 確定した表紙デザインのテイストを踏襲しながら、同時に進めていた造本設計を固めていきます。

 エフェメラ類は少女たちが特に愛着を持つアイテムです。
 そこで、詩作品を収録する「ZINE本体」に加えて、「蛇腹状の小冊子(短編小説)」と短歌を掲載する「蔵書票」の3アイテムのセット構成をご提案しました。

『黎明通信』セット内容
蛇腹状の小冊子(短編小説収録)
蔵書票(短歌収録)
表紙と同じく特色シルバー印刷

 川野さまの海の写真が夏の間ずっとこころに在り続け、遠くを眺めること、海への距離感について考えを巡らせていました。
 読書する時、書物との距離は常に一定です。『黎明通信』では、その距離感にも海を写したいと思いました。

本体見開きページと蛇腹状小冊子

 本文見開き頁に網点加工を施した海の写真を配置。

黎明色(ピンク×ブルー)の網点加工

 ページを離して眺めると、海の写真だとよりはっきりわかる仕掛けです。
 遠くの海を眺めるように、海の頁を遠くから眺めてみて下さい。

 二篇の短編小説のまとまりは「漂流物」と名付けられていました。
 海から漂流物が流れてくるように、ZINEからも漂流させたいと思い、蛇腹状の小冊子として独立させる仕様をご提案しました。

短編小説を収録した「漂流物」

 海のページに挟んだ小冊子を取り出して読むことで「漂流物」がZINE本体から流れ出て、読み終えた後はふたたびZINEに流れ着く——「読者自身が漂流物を運ぶ海になる」 仕様です。

 小冊子が波のように蛇腹状に広がります。
 表裏にそれぞれ、川野さまと高田さまの短編小説が収録されています。

川野芽生「難破船」
高田怜央「TWILIGHT THEORY」

 言語芸術を届ける書物において、本文組——書体の選定や組み、余白など——にこそ美学が現れると言えます。
 今回の詩作品は、和文、欧文、縦組み、横組みが伸びやかに混在するアヴァンギャルド。その前衛をスマートに、かつ読みやすく存在させ、また、お二人の棲み分けが一見してわかるよう工夫を施しました。 

 「波打際=海と陸の境界のゆらぎ」を写したデザイン要素のある本文フォーマットを設けることで紙面に統一感・安定感を持たせ、アヴァンギャルドを封じ込めることなく着地させました。

 紙面を「海(上方・色面)」と「陸・砂浜(下方・白地)に分け、その境界線が波打ち際という設定です。

造本デザイン・ノートより
波打ち際が頁ごとに動くイメージ
寄せては返す波=時間の経過を表現

 川野さまの詩はピンク、高田さまの詩はブルーで色分け。

川野芽生|(貝)(殻)
高田怜央|Blue[ブルー]

 本文書体はゴシック体に。
 明朝体は格調高く端正ですが、欧文や視覚詩的な横組みとのバランスを考え、波間や砂浜に一文字一文字がしっかりときらめくようゴシック体を選定しました。

川野芽生|(貝)(殻)
高田怜央|Blue[ブルー]


 以上のような経緯を経て、詩と短編小説『黎明通信』が完成しました。

 本イベントより、川野さまと高田さまはモーヴ街3番地の図書館「モーヴ・アブサン・ブック・クラブ」に新入居。記念すべきタイミングにて『黎明通信』の発表にささやかながら貢献できましたこと、本当に嬉しいです。
 私にとりましても、吉祥寺の最後の夏を駆け抜けたお仕事となり、感慨深い一冊となりました。

 頁をめくって、黎明の潮風を感じて頂けましたら幸いです。

書籍情報

川野芽生|小説家・歌人・文学研究者 →Linktree 
1991年神奈川県生まれ。2018年に連作「Lilith」で第29回歌壇賞、21年に歌集『Lilith』で第65回現代歌人協会賞受賞。24年に第170回芥川賞候補作『Blue』を刊行。他の著書に、短篇小説集『無垢なる花たちのためのユートピア』、掌篇小説集『月面文字翻刻一例』、長篇小説『奇病庭園』、エッセイ集『かわいいピンクの竜になる』、評論集『幻象録』、歌集『人形歌集 羽あるいは骨』『人形歌集II 骨ならびにボネ』がある。2024年7月、第二歌集『星の嵌め殺し』刊行。

高田 怜央 Leo Elizabeth Takada|詩人・翻訳者 X
1991年横浜生まれ、英国スコットランド育ち。上智大学文学部哲学科卒業。バイリンガル詩に第一詩集『SAPERE ROMANTIKA』、対話篇 『KYOTO REMAINS』(遠藤祐輔 共著)、「FUTURE AGENDA [未来の議題]」他 二篇(『ユリイカ 』)、「AFTER YOU [あなたの跡]」(読売新聞)など。主な翻訳に、映画『PERFECT DAYS』(制作・脚本・英語字幕)がある。NY派詩の翻訳を構想中。

霧とリボン|Online Art Gallery & Shop・小間物ブランド
Tumblr 
全ての人々が自身の感性に誠実に生きることができるよう、ショップカラーの「菫色/Mauve」に願いを込めて、文学・アート・モードを横断するオリジナル作品の制作発表を中心に活動。近年はプライヴェート・ポプリはじめ、植物と香りにまつわるコフレ制作に力を入れています。
2023年12月実店舗閉廊後、オンライン上のストリート「モーヴ街」にて展覧会開催中。



著者|川野芽生・高田怜央
書籍名|【Wサイン入り】詩と短編小説『黎明通信』

3点セット仕様:
[本体冊子]
A6サイズ/中綴じ製本/32p/表紙:特色印刷/本文:二色刷り/帯付き
[蛇腹小冊子]
112mm×80mm/外五つ折/帯付き
[蔵書票 ]
名刺サイズ/表面:特色印刷

写真:川野芽生
編集:高田怜央
造本・デザイン:霧とリボン

発行日:2024年8月31日
限定 600部

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