今日もまた、拉致られ日和(その6)
正確に言えば、おそらく「ネットワーク」は生き延びていたが、それを構成する個々人たちが私たちの前から消え失せた。
今で言う「無認可こども園」の女性も、飲食店の男性も、何かを経営してる男性も、すべて、すべて、消えた。
本当に消えたのである。
名田一人が北朝鮮の専門家として表に残った。
不思議と言えば不思議だが、左翼とはそういうものだと思い込んでいるのだから、疑問もわかない。
そのころ、実は、不思議な事件があった。
公安や内調や外務省が私の身辺を探っているという情報が集まり始めたころである。
愛媛の松山市内で、突然、若い警官に声をかけられた。
自転車の盗難の件で云々と言われ、そんなの身に覚えもないし、無視して去ろうとしたら、いきなり、である。
いきなり、十数人、いや、二十人以上はいたかもしれない。
制服の警官達がいきなり出現し、まさに、出現である。
出現して、私を取り囲んだ。
取り囲んで、押しくら饅頭よろしく、交番に押し込んだ。
押し込んで、奥の部屋に連れこまれ、椅子に座れと。
なんなんだ、これは。
で、少しあって、一人の男が現れ、まるでテレビの刑事ドラマのように、私の前に座った。
もちろん、後ろには「相棒」の男がいる。
ああ、ドラマだ、と思った。
で、まさにドラマである。
男は私をにらんで、
「どうせ黙秘するんだろ。だったら、イエスかノーでいい。アンタはイサヤマだな」
分かってるんじゃないか。
「もう良い」
そう言って、男と「相棒」は消えた。
代わりに入ってきた、最初に声をかけてきた若い警官は、明らかに怯えながら、
「ごめんね、実は、君と同じ、大分県日田市の、イサヤマって男が覚醒剤の常習犯でね、間違えちゃったんだ」
何をどう間違え、何をどう誤認すれば、この私が大分県日田市出身のイサヤマだとわかり、拉致同然に交番に連れてこられるのか。
今思えば、疑問だらけだが、当時は、権力とはそういうものだし、左翼との関係もそういうものだと思い込んでいるものだから、勲章の一つくらいにしか思わない。
今推察すれば、結局は、イサヤマという人物の特定だったのだ。
公安からあがってくる左翼活動家のイサヤマ、内調からあがってくる、外務省から……
それらの名前のイサヤマが同一人物か、確認したのではないか。
そんな大物に声をかける役割を割り当てられた若い警官はビビってしまっていたが、そこはそれ、待ち構えた警官達がいる。
で、交番に拉致され、どこかの大物に面通しされたと言うわけだ。
全ては憶測に過ぎないが、これを機に、名田一派は私たちの前から消え失せた。(続く)