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帰り花【ショートストーリー】
今年は初雪もまだだ。
君のいない世界に、僕はどれくらい立ち尽くしているのだろうか。
ここから見えるものは変わりはしないのに、君だけがいないのだ。
あの忌まわしい戦争が僕らを引き裂き、想いも散り散りになってしまった。
また季節は巡ってくるのに、君だけがいないのだ。腕にチラつく花弁。否応無しに感じてしまうよ狂った時間を。
「こんにちは」その声に僕は息を飲む。自由のきかない体が熱を持ち、急に春疾風が花弁をさらっていく。
胸が燻り一気に強烈な雲が立ち込めるように感情の波が押し寄せてきた。
「まだ、こちらにいたのですね」
僕は頷きの声すら発せない。
「私、こんな、おばぁちゃんになってしまいました」 彼女の声に、あの頃の鈴が転がったような潤いは感じなかったが、声の後尾にまだ少女の名残りを感じる。
思わず泣き出してしまった彼女の手が僕の腕にそっと置かれた。
「待っていて、くださったのですね…」
鼻を軽くすする音すら、何と愛らしいのだろう。泣かせてしまった、と僕は立ち尽くしたまま。 どうすることもできないのだ。
「こんどこそ、一緒にいましょうね」彼女の体がガクンと傾き、力無く膝を折った。それでも、その手を僕から離さなかった。 彼女は僕の体に全てを任せて絶えていた。
昔の思い出が蘇る。
「ここから見える景色は格別だよ」
「では、春になったらまた来ましょう?」
「そうだな」
「春だから桜があるといいですね」
「桜かぁ…戦争が終わったらここに植えよう」「そうですね」
あの日の約束を、君は覚えていてくれたんだな。愛おしいシワの入った顔をずっと見下ろしている。
僕の腕の中で花弁に埋もれなが幹に抱かれている姿もまた…。
今年は初雪もまだだ。
なのに僕の腕には満開の花。
人はこれを「帰り花」というらしい。