医師一族に生まれた倫子が見つけた、自分の道~仮面浪人の「失敗」が導いてくれた本当の幸せ~
プロローグ
白衣が似合う家族に囲まれて育った倫子。母は美容皮膚科医として第一線で活躍し、兄は整形外科医、いとこは救急医療の最前線で命を救う毎日。K大学医学部は、彼女の一族にとってほぼ通過儀礼のような存在だった。
幼い頃から、倫子の進路は決まっていたも同然。でも、なぜか彼女だけが、その道から少しずつ外れていった。
紡がれる言葉たち
「倫子、無理して笑わなくていいのよ」
母の言葉に、倫子は涙を堪えていた。都内有名私立の女子校に通い、医学部に向けて勉強漬けの日々。でも、模試の結果は伸び悩み、周りの期待とは裏腹に、点数は目標に届かなかった。
「どうして私だけ...」と呟く倫子に、母は優しく語りかけた。
「あのね、人にはそれぞれのタイミングがあるの。今は辛いかもしれないけど、これもきっと倫子の人生に必要な時間なのよ」
現役で志望校に落ちた時、倫子はまだ諦めきれなかった。「仮面浪人なら、きっと」そう信じて、在学しながらの受験勉強を選んだ。
深まる闇と父の存在
1年目の失敗後、父は倫子の部屋を訪ねてきた。
「倫子、今日は父さんの話を聞いてくれないか」
普段は無口な父の、珍しく長い話が始まった。
「父さんもな、若い頃は随分と回り道をしたんだ。大学を出てからすぐに今の会社に入ったわけじゃない。アメリカに行ったり、起業して失敗したり...でもな、その経験が今の自分を作っているんだ」
「でも、お母さんや兄さんみたいに、まっすぐ進めない私は...」
「まっすぐな道が、必ずしも一番の道じゃない。寄り道には、寄り道にしかない景色がある。それを見られる倫子は、むしろ幸せなのかもしれないよ」
2度目の失敗と、新たな光
2度目の仮面浪人も失敗に終わった夜、倫子は自分の部屋で泣き崩れていた。そこに、また父が訪ねてきた。
「倫子、お前はな、もう十分頑張った。むしろ、よく耐えてきたと思う。父さんは、お前を誇りに思っている」
「でも、私には何もない...」
「違うんだ。お前には、お前にしかできない何かがある。それを見つける時間が、今まさに来たんじゃないかな。父さんはそう思うんだ」
翌朝、母が倫子を呼んだ。
「実はね、私も最初から医者になりたかったわけじゃないの。親に言われて、なんとなく医学部に進んだの」
その意外な告白に、倫子は目を見開いた。
「でもね、患者さんの笑顔を見るようになって、この道を選んで良かったと思えた。倫子も、自分の笑顔が見つけられる道を行けばいい。それが医療の道でも、別の道でも、母さんは応援するわ」
「どうやって、その道を見つければいいの?」
「まずは、自分の心の声に耳を傾けることね。今までは周りの期待に応えようとして、自分の声を聞く余裕がなかったでしょう?」
母の言葉に、初めて重荷から解放されたような気がした。
新たな道との出会い
仮面浪人をしながら通っていたJ大学の地球環境科学部。当初は単なる「現状維持のための場所」だと思っていた倫子だったが、ある講義との出会いが、彼女の人生を大きく変えることになる。
「気候変動が医療にもたらす影響」というテーマの特別講義。世界的なコンサルティングファームに所属する講師が、環境問題と公衆衛生の密接な関係性について語った。その講義は、倫子の中で眠っていた何かを呼び覚ました。
「倫子、最近生き生きしているわね」
講義から帰宅した娘の表情の変化に、母は気づいていた。
「実は、医療と環境って、すごく深く繋がってるの」
倫子は興奮気味に語った。気候変動による感染症の拡大、環境汚染がもたらす健康被害、これらの問題に取り組むことは、別の形で人々の健康に貢献することになるのではないか。
「その道もまた、立派な医療への貢献になるわね」
母の言葉に、倫子は目を輝かせた。
新たなキャリアへの挑戦
卒業後、倫子は大手外資系コンサルティングファームのサステナビリティ部門に入社。環境政策のスペシャリストとして、医療機関や製薬会社の環境戦略立案に携わることになった。
「まさか私の娘が、こんな形で医療に関わることになるとは」
父は誇らしげに笑った。
「環境問題に取り組むことは、未来の患者さんを守ることでもあるのよ」
母の言葉に、倫子は深くうなずいた。
現在の倫子
今、倫子は世界的なコンサルティングファームのマネージャーとして、アジア太平洋地域の環境戦略に携わっている。特に、医療機関のカーボンニュートラル化や、製薬会社の環境負荷低減戦略の立案で高い評価を受けている。
先日、母の勤める病院の環境配慮型施設への移行プロジェクトで、プロフェッショナルとして関わる機会があった。
「倫子、あなたの提案のおかげで、病院全体の意識が変わったわ」
母は、娘の活躍を誇らしげに見守っている。
「医師一族だからこそ分かる医療現場の実情と、環境の専門家としての知見。その両方を持っているのが、あなたの強みなのよ」
兄も、自身が勤める大学病院の環境戦略について、時々倫子に相談するようになった。
「君がいなかったら、僕たち医療者は環境の視点を見落としていたかもしれないよ」
新しい形の貢献
家族の集まりでは、今では違った形の医療への貢献について、活発な議論が交わされる。
「私たちは目の前の患者さんを治療する。でも倫子は、環境を守ることで、未来の患者さんを生まないようにする。どちらも大切な医療への貢献よね」
母の言葉に、家族全員が深くうなずいた。
「寄り道だと思っていた道が、実は本道だったということもある」
父の言葉は、今も倫子の心に深く刻まれている。
エピローグ
医師一族に生まれ、医師になることを期待された倫子。しかし、彼女は想定外の道を選ぶことで、むしろ医療により大きな貢献ができる立場を見出した。
環境問題に取り組むことは、未来の人々の健康を守ることでもある。その視点に立てば、倫子は立派な「医療者」の一人なのかもしれない。
「人生に正解は一つじゃない。自分にしかできない貢献の形を見つけられた倫子は、本当に幸せ者ね」
母の言葉に、倫子は静かにほほえんだ。
今日も彼女は、グローバルな環境戦略の最前線で、未来の人々の健康を守るために奮闘している。それは、医師一族の娘だからこそできる、特別な貢献の形なのだ。
※この記事は、30年にわたり、教育コンサルタントとして活動する筆者が実際に出会った実在の事例を基に、個人情報保護の観点から大幅な脚色を加えて再構成したものです。
数百の事例に向き合うことで、筆者自身は、仮面浪人の意味合いを決めるのは、本人でありその家族であるとの確信を得るに至っています。
このテーマに関する記事が、同様のケースに向き合っている読者の方々にとって、少しでもお役に立てれば嬉しく思います。
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