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フライトレーダーで「領空侵犯を見つけた」「危険な場所に飛行機を見つけた」と思った時にチェックするべき事

Flightradar24(フライトレーダー)を見ていると、時々「あれ、この飛行機はこの国の領空を侵犯しているのでは?」「飛行禁止区域に侵入した飛行機があるぞ」「紛争地帯の真ん中に民間機が突入した」――などと思わせてしまう航跡を見かけることがあります。また、それを指摘している投稿をSNSで見かけることもあるでしょう。

しかし、それらの多くは誤表示によるものです。この記事では、それらの誤表示が発生する背景や理由を確認していきましょう。


誤表示の理由1: Estimations(予測表示)

Flightradar24は航空機の位置を複数の情報源から取得します。代表的なものとしてADS-B(航空機が自律的に発信した座標)、MLAT(三角測量によって計算された座標)が挙げられます。(参考記事

その中にEstimations(予測表示)があります。
これはFlightradar24の基地局がカバーしている範囲外を飛行している飛行機に対して、目的地が判明している場合には基本的に「基地局で捕捉できた最後の地点から、目的地を最短経路で結んだ場合の経路」を飛行すると仮定し、時間経過に応じて位置を予測しているものです。

実例を見てみましょう。例えば成田~ホノルルのフライトでは、海上にFlightradar24の基地局がないことから、予測表示が発生することがあります。拡大してみると、基地局で捕捉できた際の航跡は色付きになっていますが、陸地から遠く離れると黒い点線になっていることがわかります。この点線部分は予測表示です。

2024年7月22日のANA182便(成田~ホノルル)の例
拡大すると、情報源は「Estimations(予測)」と表示されている
レーダーで取得できなかった部分の航跡は点線になっている

成田~ホノルルの例では、海上をほぼ最短ルート(大圏コース)で飛行するため、予測と実際の航路に大きな差は生じないでしょう。

しかし、すべての航空機が最短経路を飛行するわけではありません。例えば戦争・紛争が発生している地域や、対立している国家を避けるなどの理由で迂回した航空路が取られるケースがあります。

最近であれば、ロシアによるウクライナ侵攻に伴って、ウクライナ近辺の空域を民間機が避けていることなどが代表例と言えるでしょう。

以下は台湾のチャイナエアライン(CAL)が運航するフランクフルト~台北のフライトですが、フライトの途中で示される点線はウクライナを突っ切るように描かれています。

2024年7月22日のCAL5522便の例
2024年7月22日のCAL5522便(拡大)

これはあくまで「表示している時点で最後に基地局が捕捉した地点からの最短経路」であり、実際の航路を反映しているわけではありません。エリア内にいる限りは正確な位置が表示されますが、もしFlightradar24エリア外に到達すると、予測表示に切り替わり、再び捕捉されるまではこの点線上を飛行しているように表示されてしまいます。

ほかの例として、イスタンブールとモスクワを結ぶフライトもご紹介します。
この区間のフライトはロシアによる侵攻の影響を受けて、以下のように東へ大きく迂回する経路を取るようになっています。

2024年7月22日のJTC9796便(イスタンブール~モスクワ)の例

上のスクリーンショットは、JTC9796便というフライトがモスクワに到着する直前に取得したものです。途中、実線で色が付いている部分と、点線になっている部分があるのが分かると思います。黒海上空やロシア国内において、Flightradar24のエリア外になったことを示しています。しかし、途中で何度か基地局に捕捉されることにより、それらをつなぎ合せることで、全体として最終的には概ね正しい経路が表示されています

しかし、捕捉されていない間はどういう表示になるのでしょうか?似たような同じ経路を飛行する別のフライトを見てみましょう。
こちらはAFL2131便というフライトが、黒海上空でFlightradar24のエリア外になった時点で取得したスクリーンショットです。

まるでウクライナへ向かって一直線に飛んでいるように表示されていますが、よく見ると航跡は点線、Data sourceはEstimationsになっています。つまり、この表示は予測に基づく誤表示であると判断できます。

実際、上記のスクリーンショットから10分後には、Flightradar24のエリア内に再び入ったことにより、正しい位置へ補正され、先ほどの表示が無かったことになります。

2024年7月22日のAFL2131便(イスタンブール~モスクワ)の例 前述のスクショから10分後

なお、本来は点線表示であるべき部分が実線表示になってしまうバグが時折見られます。その際はData sourceの表示をきちんと確認するようにしてください。

要するに?

  • 点線表示は最短経路(大圏コース)の表示。

  • Flightradar24は飛行機がエリア外に出ると、最短経路を飛行していると仮定して表示する。

  • 「既に通ってきた航跡」が点線表示・Estimations表示になっている場合、実際には飛行機はそこに居ないと考えるべき。

  • しばらく時間をおいてみると、再びエリア内に入って正しい表示になることもある。

  • 実線でも怪しいところを飛んでいたら、Data sourceの欄を確認。Estimationsであればバグで実線になっている可能性もあるため、リロードして再確認。

誤表示の理由2: MLATによる誤差

先ほども述べた通り、Flightradar24の主要な情報ソースとしてMLAT(マルチラテレーション)があります。これは緯度経度の情報を自ら発信しない航空機の座標を、複数の基地局が受信した時間の差から計算するものです。

筆者作成

Flightradar24の基地局ネットワークはボランティアに依存しています。インターネットを介して、ボランティアが自主的に設置した基地局から集約した情報を基に計算を行うわけですから、MLATでは精度に限界があります。

もちろん先ほどの予測表示に比べると、実データに基づいているだけあって信頼性は高いのですが、それでも誤差は無視できないレベルになります。
以下は韓国軍のRQ-4無人機と推測される航空機の航跡ですが、非常にギザギザ・カクカクした線になっていることがわかります。

2024年7月22日の推定韓国軍機(RQ-4無人偵察機)の例

いくら機動力が高い軍用機だったとしても、このように直線的に曲がることは物理的に不可能です。いくら鋭角に旋回したとしても、曲線的な動きが発生します。
そのため、これはMLATによって発生した誤差によるものだと判断できます。

上記の例では「領空侵犯」は発生していないものの、国境付近を飛行するようなフライトなどでは誤差によって領空侵犯したように見えることもあると思います。
そのようなケースでは、現在位置だけでなく全体的な航跡を見ましょう。そしてData sourceがMLATとなっており、なおかつカクカクした線になっている場合は誤差が大きくなっている可能性を考慮し、厳密にその位置を飛行していたのかを疑う必要があります。

なお、これはFlightradar24に限った話ではありません。ADS-B Exchangeなどでも、MLATによって位置を推定した機体では同じような問題が発生します。

2024年7月22日のサウジアラビア空軍機(機体記号:3208)の例。
カクカクしたり、不自然に行ったり来たりしている航跡になっている

要するに?

  • Flightradar24はMLATという手段で位置を推定することがある。この場合はData Source欄にMLATと表示される。

  • MLATには仕組み上、誤差が生じる。その誤差が大きい場合、誤った位置や航跡が表示されてしまう。

  • 特にカクカク・ギザギザした航跡を見つけたときは、MLATの誤差を疑う必要がある。

誤表示の理由3: GPSジャミング(妨害電波)

紛争地帯の付近などでは、GPS(GNSS、衛星測位システム)に対して妨害電波が発信されることがあります。妨害された信号の影響を受けた航空機は、ADS-B経由で誤った位置情報を発信してしまうことがあります。

以下のページから、GPS (GNSS) ジャミングが行われている地域が確認できます。これらの地域付近で不審な航跡が見られた場合、ジャミングの影響を考慮する必要があります。


もちろん、誤表示でない可能性もあるが……

言うまでもなく、民間機が飛行してはならないエリアに誤って進入することや、軍事的な意図を持って領空あるいは極めて領空に近い場所に偵察機などを飛行させるケースはあり得ます。そして、それらがFlightradar24の航跡から明らかになることもあるでしょう。

しかし、それら以上に、ここまで述べた3つの可能性による誤表示の可能性が極めて高く、SNSで見かける誤情報の多くもこれらを誤解したものです。そのため、「領空侵犯だ」「誤進入だ」と誤解して騒いでしまう前に、まずはこれらの可能性(予測表示・誤差・GPSジャミング)を確認するのが大事だと筆者は考えています。

Flightradar24のデータは視覚的なインパクトがあるため、誤情報が拡散しやすい傾向にあります。センシティブな内容については、発信する際も、受け取る際も、注意深く確認する必要があります。

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