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【ファクトチェック】「北朝鮮・平壌と横田基地を結ぶ定期便」と主張される画像は何なのか?

先日のようにニュースで横田基地が話題になると、毎回と言って良いほどSNSではある画像を見かけます。北朝鮮・平壌の空港にYOKOTAという行先が表示されている画像です。
一部では、この画像をもとにして「北朝鮮と米軍基地の間で定期便が運航されている」という都市伝説が出回っているようです。今回はこの画像について検証・ファクトチェックしてみましょう。

結論:
実際には横田基地と平壌を結ぶ定期便・直行便は存在しない。カナダ軍のフライトに対して誤った説明をされた画像が出回ったものである。


背景:カナダ人牧師の拘束事件

この画像の背景として、カナダ人牧師ヒョンス・リム氏が2015年に北朝鮮で拘束・無期懲役を言い渡され、2017年8月9日に釈放されたという事件が存在します。

この解放にあたってはカナダ政府代表団が2017年8月8日から北朝鮮に赴いて交渉を行ったことが報じられています

カナダの当局者らは8日、国家安全保障顧問を含む政府代表団が北朝鮮を訪れ、ヒョンス氏の解放を協議したと明らかにしている。

https://jp.reuters.com/article/north-korea-canada-idJPKBN1AQ086

この際、カナダ政府代表団は北朝鮮まで定期便ではなく、カナダ軍の軍用機を利用して北朝鮮入りしています。

画像の出典はNK News

例の画像の出典は独立系ニュースサイトのNK Newsです。
この画像は前述の牧師の解放に関連するものです。

出典はNK News

上記スクリーンショットに含まれている記事ヘッダー部分を訳すと以下の通りです。

平壌空港が日本の横田基地へ珍しいフライトを運航(2017年8月10日)
関係者によれば、このフライトにはカナダ人牧師のヒョンス・リムが搭乗していた可能性がある

珍しい」と報じられている時点で定期便でもなんでもないと思うのですが、画像だけ切り抜かれてしまうと正しい情報が伝わらないものです。

原文に関しては記事を参照してほしいのですが、要約すると以下のような内容になります。

  • 8月10日に「YOKOTA」行の便名なしのフライトが平壌の空港に表示された

  • 北朝鮮から日本への直行便は極めて稀である

  • 情報提供者は「空港には日系コリアン(原文:Japanese-Koreans、在北の日本人を指している?)のグループがおり、彼らのためにチャーターされたと思っていた。しかし彼らは北京行きの定期便に搭乗したので、この便がカナダ人牧師やカナダ政府代表団のためのチャーター便であると判断した」

  • 北朝鮮政府系メディアも8月10日にカナダ政府代表団が出国したと報じた

  • 8月9日にカナダ政府専用機が横田基地を出発することが目撃された

また、同時に日本側のメディアでも「平壌から横田基地にカナダ軍の軍用機が飛来した」というニュースが出ています。

つまり、いずれのソースからも、この画像が「定期便」であると読み取ることはできません。カナダ政府代表団のチャーター便が表示されたというだけでしょう。

チャーター便や軍用機がフライトインフォメーションに表示されるの?

あまり目にする機会はないですが、一般客が乗れないチャーター便が空港に表示されること自体は全く変ではありません。
たとえば最近の国内を見ても、日本政府がチャーターしたジブチ行きの航空機(ジブチ基地の自衛隊員交代や、2023年南スーダンからの日本国民退避ミッションなど)が表示された例があります。
また、海外を見ると、医療用チャーター便やプライベートジェットなどが表示される例もあります。

筆者が仁川国際空港にて撮影。MEDIC89は医療用チャーター便。
筆者が仁川国際空港にて撮影。VJT570はビスタジェット社が運航するプライベートジェット。

また、民間チャーターではない軍用機に関しても、フライト情報が民間機と同様に管理される場合があります。
以下はブラジル空軍の専用機の例ですが、民間フライト情報を記録する「FlightAware」に便名・発着地が記録されています。
各国政府専用機のフライト追跡を行っていると、到着地が既に表示されていることも多々あり、事前に何らかの民間のデータベースに登録した・されたと思われるケースもあります。

BRA02

北朝鮮の航空は政治・軍事と密接に関係しています。それを考慮すると、軍用チャーター機が出発案内に表示されていても不思議ではないと言えます。

実際のフライト記録からも証明できる

報道だけでなく、実データも確認してみましょう。
Flightradar24では一部の軍用機が表示されないほか、遡れるのが過去3年までなので、おなじみのADS-B Exchangeで確認します。
ただ、こちらもフィーダー(受信局)数が少ないというデメリットがあり、全フライトを追えている訳ではない点は留意が必要です。

2017年8月9日頃まで遡ると、横田基地を出発して西に向かい、その後戻ってきているカナダ軍の機材(CC-144C、機体記号:144618)が確認できます。コールサインはCFC3875です。

この便名や機体番号で検索し、当時の横田基地での姿を捉えている航空ファンの方のツイートを見つけました。

また、この方の投稿によれば、このCFC3875は横田の管制に対してZKPY(ズールー・キロ・パパ・ヤンキー)、すなわち平壌国際空港へ出発するクリアランス(許可)を求めていたことが確認できます。

これらの情報により、NK Newsで報じられていた「横田行きの便」はカナダ政府代表団が搭乗した特別便だったことが分かります。

横田基地で秘密のフライトは運航できない

ここまで示した調査により、例の画像が「定期便があると示した証拠だ」というのは都市伝説であり、実際には1回しか運航されなかったカナダ軍の特別フライトを示したものであると判明しました。
しかし、「例の画像は違ったかもしれないが、実際には定期便があるのでは?」と疑いたくなる人もいるかもしれませんので、この点も明確にしておきましょう。

米軍基地と聞くと「機密が厳重で、秘密裏に様々なことが可能」という印象を受けるかもしれませんが、それは幻想と言わざるを得ません。特に横田は重点的にウォッチングされています。

住民、航空ファン、マスコミに発着機が筒抜けの横田基地

ストリートビューなどを見ても分かるのですが、横田基地は周囲の道路や建物から滑走路・駐機場の様子を容易に目視できます。

そのため、基地に反対する住民、航空ファン、マスコミなど、様々な立場の人々から常にウォッチングされている状態にあります。

例えば、横田・基地被害をなくす会の会報でも引用されている羽村平和委員会のブログでは、横田基地を発着する航空機の動向を監視した結果がほぼ毎日投稿されています。

ほかにも横田基地の発着機が筒抜けになっている実例を見てみましょう。

筒抜け事例1:無線でトラブルが事前に察知され、航空ファンから撮影されたから緊急着陸

2023年7月、太平洋を飛行していたB-52爆撃機が横田基地に緊急着陸しました。この時、着陸する数時間前の時点で、HF(短波無線)を監視していた海外の軍事ウォッチャーから機種無線呼出符号トラブルが起きたエンジンの番号が無線の録音付きでX(Twitter)に公開されました。

その後、複数の航空ファンによって着陸時の姿が撮影されました。

筒抜け事例2:上空からマスコミに度々空撮される横田基地

上記の緊急着陸の直後、日テレの報道ヘリコプターが横田基地の上空に向かい、その姿を鮮明に撮影しています。

また、オスプレイが飛来した際や、基地への爆破予告があった際など、横田基地は度々空撮されています。

このような例を考えると、万が一「北朝鮮からの直行便」といった特ダネがあった場合には、その姿が住民・航空ファン・マスコミなどから必ず捉えられると考えて差し支えありません。

もし本当に直行便があるなら、世界中の誰かが"詳細に"を指摘している

先ほど、海外のウォッチャーが無線を監視していた例を挙げましたが、軍用機の運航は世界中の様々な人がウォッチングしています。もし、直行便が実際に存在するなら、日本以外でも誰かがの姿を捉えています。

そのようなウォッチャー・専門家たちから「○月○日に、この機種の飛行機が北朝鮮に行っていますね」という指摘が出てこない限り、直行便なるものは存在しないと言って差し支えありません。

航空分野においてOSINT(Open Source Intelligence)を行う人々は、Flightradar24に表示されないような世界各地のフライトもあらゆる手段で追跡して動向を捉えています。また、北朝鮮情勢に関しては衛星写真を分析するOSINTアナリストも数多く存在します。

OSINTアナリストが使用する衛星写真はほぼ数日おきに撮影されており、北朝鮮の軍用機と形が大きく異なる米軍機が映っていれば、解像度が低くてもすぐに判明します。もし「定期便」と呼ばれるほど高頻度で長期間飛んでいるのであれば、必ずどこかのタイミングで映りこみます。

また、レーダーや無線を使った追跡方法もあります。このような追跡では、専門家は「フライトがある」の一言で片付けず、コールサイン・機種・機体番号・所属部隊などの情報を示します。
そして、それはフライト追跡手段の証拠(レーダーのスクリーンショット、無線の音声)などを以て第三者からも検証可能な状態で共有されます。
それらが無い情報はデマ・フェイクである可能性が極めて高いのです。

「そういった検証はOSINT勢の政治思想に左右されてしまうのでは?」「都合が悪いことは書きたがらないのでは?」という疑問もあると思いますが、その懸念はあまり必要ないでしょう。というのも、「OSINTアナリスト」という特定の集団があるわけではなく、世界中であらゆる思想の人々がOSINT活動を行っているからです。
実際、日本でも比較的親米的な航空ファンが軍用機撮影のために米軍機をウォッチしていることもあれば、反米的な方が騒音や飛行高度などを監視する目的でウォッチしていることもあります(OHアラート)。
また、ロシアによるウクライナ侵攻に際しても双方にOSINT集団が存在しており、それらの情報を俯瞰することで全体の戦況が見えてくるということも起きています。

それゆえ、世界中の誰からも詳細な情報が指摘されておらず、単に「横田基地と北朝鮮には直行便がある」という曖昧な言説しか見受けられない以上、「定期便」は都市伝説に過ぎないと断言できるのです。

まとめ

  • 平壌の空港に「YOKOTA」と表示された画像は、2017年8月10日に撮影されたもの。

  • カナダ軍が、拘束されたカナダ人を北朝鮮から帰国させる際の1回きりのフライトであり、「定期便」を示すものではない。

  • 横田基地は様々な人々からウォッチングされており、フライトを隠匿することは困難である。そのため、もし直行便が存在するなら、具体的なフライトが既に撮影・記録されているはずだが、そのようなものが存在しない以上、直行便は都市伝説であると断言できる。

(2024/10/03 加筆修正)

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