ちょっと変だ、いつもと違うと思ったら
うちのクリニックでは、毎朝の朝礼の締めくくりに、スタッフ全員で方針を唱和するのが習わしになっている。その中に「いつもと違う、ちょっと変だと思ったらみんなに相談、院長に報告」という一節がある。これ、何を隠そう、自分が考えたものだ。「ヒヤリ・ハット」ってやつを防ぐためだ。けれどもだな、これがなかなかうまくいかない。気づく感性を養えって簡単に言うけど、そんなもん、そうそう身につくもんじゃない。
自分も勤務医のころは、こんなこと気にもしなかった。トイレットペーパーが切れそうだとか、床に髪の毛が落ちてるとか、下駄箱に上履きが置いてあるとか、そんなの見て見ぬふりだ。けれども、いざクリニックを経営するようになると、こういう些細なことが妙に気になるんだ。こういう「小さな出来事」、これが後々の大きな問題の兆しになるってことを、経営者になって初めて実感した。
大きな病院には「医療事故対策委員会」なんてのがあって、「ヒヤリ・ハット事例」を集めて対策を練るのが仕事だそうだ。聞いた話じゃ、ハインリッヒの法則ってやつがあってな。「重大な事故」「小さな事故」「ヒヤリ・ハット事例(未遂事故や異常)」が1:29:300の割合で起こるらしい。事故はミスと置き換えられることも多い。これは医療に限った話じゃない。企業経営でも同じだと、『E-Myth 再考』って本に書いてあった。要するに、こういう些細な未遂や異常を見逃さず、仕組みで防ぐことが大事なんだってさ。
けれども、現場を見ていると「なぜこんなことに気づかないんだ」と思うことが多い。トイレットペーパーに気づかない奴が、在庫管理をきちんとできるか?床の髪の毛をそのままにしている奴、下駄箱に上履きが置いてあることに気づかない奴がオペ室で衛生管理を徹底できるか?自分はつい口うるさく言ってしまうんだが、これは自分の性分というより、クリニックを良くしたい一心からだ。こんなことをヒヤリハットとして捉えている病院はあまりないんじゃないかな。だからヒヤリハットとは「未遂事故や異常」ではなく「些細な出来事」と捉えるべきだ。みんなが気付く出来事というのはすでに小さな事故、29個のうちの1個なんだ。だから30個くらいのヒヤリ・ハットがすでに起きていると考えるべきだ。 あと28個で大事故発生となる。1桁ずれてるよって言いたい。
ただ、現場の気づく感性に頼るのは限界がある。だからこそ、『「超」入門 失敗の本質』に書いてあるように、仕組み化が必要なんだ。仕組み化ってのは、感性がない奴でも結果を出せるようにすることだ。たとえば、トイレットペーパーが切れそうになったら補充するルールを作るとか、定時清掃を義務づけるとか、そういう仕掛けを作るわけだ。自分の得意分野だよ。まあ、得意ってのは冗談半分だけどな。
自分がどうしても伝えておきたいのは、みんながつい見逃しがちな「小さな出来事」に気づくことの大事さだ。これを「ミス」として大袈裟に捉えるのではなく、あくまで「出来事」として扱うのが肝心だ。それに気づいて、「おや、これを改善できるんじゃないか」と思えたら、話が随分変わってくる。
もし、自分のこの考えにピンときたなら、『E-Myth 再考』や『「超」入門 失敗の本質』を手に取ってみてほしい。どちらも、仕組み化や改善の考え方を学ぶのに役立つ本だ。自分自身、この本から多くのヒントをもらった。これからも仕組み化を進めて、患者さんにとってもスタッフにとっても、より良いクリニックを目指していきたいと思っている。
参考文献
1. Michael E. Gerber 『The E-Myth Revisited: Why Most Small Businesses Don't Work and What to Do About It (English Edition)』
2. 鈴木博毅 『「超」入門 失敗の本質 』